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嗤う幻影魔術師サイラス  作者: さば缶
エピソード3:旅芸人の華やかな舞台
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第2話 仕掛けられた演目

朝から街の中心広場は一層騒がしく、旅芸人のサーカステントに人々が吸い込まれるように集まっていた。

音楽隊が調子のよいメロディを鳴らし、客寄せの呼び声が途切れない。

テントの外には露店が並び、賑わう空気に誘われるように家族連れや旅人たちが足を運んでいる。


幕が上がると同時に、色とりどりのスポットライトが天井を走り、華やかなファンファーレが響き渡った。

そこに合わせるように、サイラスは舞台袖でさりげなく指先を動かし、幻想的な蝶の群れを客席上空に舞い踊らせる。

鱗粉のような輝きが瞬き、観客たちは「なんてきれいだ」と声を上げた。

しかし、舞台裏の演者たちは控えめな悲鳴を漏らしている。


「……音が一瞬途切れた?

さっきのタイミング、完全にずれたじゃないか。

機材が壊れたのか?」


獅子舞の役者が焦ってシルヴァーノに訴えるが、座長も原因をつかめずに戸惑っている。

照明が突然落ちたと思えば、幕が予期せず動き出し、混乱が走る。

その間もサイラスは舞台袖をうろうろし、冷ややかに様子をうかがっていた。


「いいね。

ちょっとしたトラブルが起きると、舞台も盛り上がる。

観客だって気づかないわけじゃない。

むしろハラハラする展開こそ、お金を払う価値があるだろう?」


横目で苦い顔のシルヴァーノを見やり、サイラスは肩をすくめる。


ステージでは道化師たちが軽妙なアクロバットを披露している。

拍手喝采に包まれる中、サイラスは客席の通路へ視線を送った。

まばらだった座席もすっかり埋まり、立ち見客が出るほどの盛況ぶり。

そこで彼はひそかに唇をゆがめ、空気を微妙に振動させる魔術を仕掛ける。


突然、どこかから獣の咆哮が響きわたった。


「……今の声、虎?」


通路の一部に、巨大な虎の幻影が駆け抜ける。

悲鳴を上げる数人の客。

だが、次の瞬間には猛獣などどこにもいない。

驚き半分、演出だと気づいた安心半分で、観客は戸惑いながらも拍手を送る。


「やけにリアルだったよな。

でも、これもショーの一環かな?」

「面白いじゃないか。

あんな大きな虎が走るなんて!」


観客たちはざわめくが、やがて大半は笑顔を取り戻し、次の演目に目を向ける。

シルヴァーノは冷や汗が止まらない様子で、サイラスを横目でにらむように見ていた。


続く演目では、大きなシルクの布を使った華麗な舞踊が始まる。

だが、サイラスはそこにも妙な仕掛けを施していた。

布が優雅に舞い上がるたびに、ほんの一瞬だけ舞台上に“小さな底なしの穴”の幻を作り出すのだ。

踊り手たちは気づくたびに思わずつま先を引っ込め、ひやりとした表情を浮かべる。

観客には見えない位置での幻影に、演者同士は「穴なんか無いはずだ」と混乱し、動きがぎこちなくなってしまう。


「な、なんなんだ、いま足元がふわっと……!」

「布を踏んだ拍子に何か……」


踊り手同士がヒソヒソ声で戸惑っているのを、サイラスは舞台袖から愉快そうに観察している。

それでも踊り子たちはプロ根性で舞を続け、観客からは大きな拍手が上がった。


クライマックスに差し掛かった頃、さらに別の仕掛けが客席を襲う。

サイラスは舞台正面近くの空間を歪め、そこに“巨大なハチの群れ”の幻影を飛ばせた。

薄暗い影の中、ぶんぶんという羽音が聞こえるような気がし、数人が「蜂だ!」と叫んで逃げそうになる。

しかし、これも一瞬で消え去り、「おいおい、大きなハチなんているはずないよ」と気づいた客たちは苦笑する。

それでも中にはハラハラしてしまった者も多く、悲鳴と安堵が同時に入り混じった妙な熱気に包まれた。


ショーの終盤、太鼓のリズムが最高潮に達し、華やかな音楽が鳴り響く。

そこに合わせるように、サイラスは舞台中央を指さして怪しげな印を結んだ。

次の瞬間、巨大な火柱のような幻が炸裂し、爆音が場内にとどろく。

演者たちが思わず悲鳴を上げるが、客席は逆に大歓声に包まれた。


「火が出てる!

……あれ、熱くない?」

「うわっ、でもこれは……すごい迫力だな!」


少し遅れて消えていく炎の幻が、まばたきする間に霧散するのを見て、人々は大興奮で拍手喝采。


フィナーレの幕が下りると、ステージ上の演者はへとへとになりながらも、客席に向かって深々とおじぎをする。

立ち上がった観客たちは口々に絶賛の言葉を交わし、帰り際まで「すごいショーだったな」と盛り上がっている。

シルヴァーノはようやく胸を撫でおろし、サイラスのほうを振り返る。


「……なんとか大成功、ということにしておこう。

君のおかげで派手な演出にはなったし、客も喜んでいたみたいだ。

ありがとう、サイラス……だけど、正直言うと疲れたよ。」


サイラスはそこにいないかのようにしばらく視線を外していたが、薄く笑みを浮かべ、すっと振り向く。


「皆が悲鳴と歓喜を同時に上げるのは最高だね。

見ていて飽きないし、あんたたちにとっても悪くなかっただろう?」

「……そう、かもしれないが、心臓に悪いよ。

もう二度とこんなやり方は勘弁してくれ。」


シルヴァーノは冷や汗を拭いながら笑みを見せるが、サイラスは興味を失ったようにふっと視線を逸らす。


数分後、ほかの芸人たちが「イリュージョニストはどこだ?」と探しに来たときには、彼の姿はもうなかった。

跡には場内を照らす明かりだけが残り、舞台袖には異様に静かな空気が流れている。

ボロボロになりながら喜び合う芸人たちは、口々に「あれは一体何者だったんだ?」と疑問を口にした。

誰もはっきりと答えられないまま、ショーは無事に終了した。


片づけを始めようとしたそのとき、ステージ中央にうっすらと“仮面”のような幻が浮かび上がり、すぐに消える。

道化師たちが目を丸くし、シルヴァーノも「あいつの仕業か……」と呆れたように肩を落とす。

それはまるで、サイラスからの置き土産――あるいは気まぐれな挨拶にも似た、不思議な残響だった。

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