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嗤う幻影魔術師サイラス  作者: さば缶
エピソード2:雪山の魔女伝説
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第1話 吹雪の山荘

吹き下ろす寒風が、麓の村の屋根をことさらに軋ませていた。

霜の降りた木立の向こうには、雪山が白々とそびえ立つ。

そこに魔女が住んでいるという噂は、村人たちを震え上がらせるには十分だった。


「また遭難者が出たらしい。

やっぱり魔女の呪いだって話だよ。」

囲炉裏端で声をひそめる男の言葉に、周囲の者たちも息を呑む。

厳しい吹雪が続くこの時期、誰もが山へ近づくことを躊躇していた。


そんな中、場違いなほど落ち着いた足取りの男が、村の小さな酒場の戸を押し開ける。

黒と紫のローブをまとい、痩せた体つきに不釣り合いなほど気配は濃密。

サイラスは空席を見つけると、まるで日常を楽しむかのように腰かけた。


「魔女の呪い……か。

なるほどね、面白そうだ。」

彼は軽くつぶやき、酒場の隅で肩を寄せ合っている村人たちを横目で眺める。

低いざわめきは途切れることなく続き、視線がサイラスに集まった。

場の空気が突き刺すように冷えたのは、彼の雰囲気と雪山の話題が奇妙に重なったせいだろう。


「……あんた、見かけない顔だな。

あの山に用でもあるのか?」

ひとりの中年男が、おずおずと声をかける。

サイラスは唇を少しゆがめ、ローブの襟を撫でてから答えた。


「噂を聞いただけだよ。

魔女がいるとか、呪いがあるとか。

確かめたいんだ。

どれほど恐ろしい顔をする魔女なのか、楽しみじゃないか。」

その言葉に、男は明らかに困惑した表情を浮かべた。

雪山の魔女の話題は、人々の恐怖と結びついているはずなのに、まるでサイラスは新しい娯楽を探すかのようだった。


やがて村人たちが離れていき、サイラスはこっそり外へ出る。

風に吹かれながら、一息ついて雪山を仰ぎ見た。

暗い雲が垂れ込め、厚手のマフラーをしていないと肌が切れそうな寒さがある。

だが、その凍てつく景色さえ、彼にはどこか魅力的に映っているようだった。


翌朝、山道へと通じる標識には、奇妙な細工が施されていた。

本来であれば危険を示す赤い印が残され、遭難を防ぐための道しるべが整っているはずだったが、サイラスの幻術によって文字はすっかり書き換えられている。

村人が目にするのは「安全ルート」との表示だが、実際には谷底に続く危険な道。

あるいは「この先行き止まり」と書かれているはずの標が、いつの間にか「ここが唯一の近道」に変わっていたりする。


「魔女がやったに違いない……!」

朝早く山道に入ろうとした若者が、誤った標識に導かれて危うく谷へ足を滑らせそうになり、慌てて戻ってきた。

それを見ていたサイラスは木陰からくすくすと笑みを漏らす。

吹雪はまだ本格的ではないが、彼の仕掛ける些細な幻が人々の恐怖を増幅させるのを、興味深そうに眺めている。


「やはり魔女の呪いだ、あの山には近づくな。

大勢が遭難しているんだ……!」

村に戻ってきた若者は真っ青な顔で周囲に警鐘を鳴らす。

怯えた声を上げる人々の姿が、サイラスの目には実に滑稽に映った。


午後になると、さらなる吹雪が山肌を覆い隠し始めた。

視界が悪く、道を見失いやすい地形が雪に埋まっていく。

サイラスはローブを翻しながら、わざと吹雪の中へ踏み込んでいく。

足元を取られそうな雪道も、彼にとってはただの遊び場。


「さて、肝心の魔女に会えるだろうか。

噂ばかりじゃつまらないからね。」

そう呟いた矢先、吹雪の切れ間から木造の小さな山荘がちらりと見えた。

建物は雪に埋もれながらも、かすかな明かりを宿しているようだ。

その中で、白い毛皮のケープをまとった女性が静かに佇んでいた。


「あら……あなた、旅の人?」

か細い声が風にのって聞こえる。

一目で普通の魔女像とは違うと悟ったのか、サイラスの顔からわずかに興味深そうな色が消えた。

銀色の髪をまとめ上げたその女性――アミトリアは、寒さなど意に介さない柔らかな表情をしている。


サイラスは一歩近づいて顔を覗き込む。

「噂の魔女ってわけ?

ずいぶんと優しげな顔だね。

恐ろしい形相で呪いを振りまいてるって話だったが……拍子抜けだな。」

アミトリアは困惑するように首を傾げ、雪山の厳しい寒風を背にしながらサイラスを見つめる。


「私は治癒の技を少し知っているだけです。

病んだ人や傷ついた動物を見ると放っておけなくて、山の中でひっそりと暮らしているだけ。

村に呪いをかけるなんてことは……。

そんなつもりはありません。」

サイラスは苦笑まじりに肩をすくめる。


「それが本当なら、ますます面白い。

誰もが君を恐れ、呪いだの魔女だのと騒いでる。

本人はそのつもりがないなら、余計に不幸じゃないか。

まあ、俺は嫌いじゃないけどね。

無実なのに怖れられるのって最高だろ?」

アミトリアはサイラスの言葉にぎょっとした顔を見せる。

しかし、彼の瞳には好奇の光が宿ったまま。

悪意があるというより、まるで何か面白い玩具を発見した子どものようにも見える。


彼女が問い返そうとした瞬間、再び吹雪が強まり、雪煙が二人の間を巻き込んでいく。

サイラスは慌てる様子もなく、まるで嵐の行方を見定めるかのように目を細めた。

怯えた山荘の明かりや、慌てふためく村人たちの姿が、頭の中で楽しい光景として組み上がっていくのを感じる。


「噂通りの恐怖がないなら、作ればいいんじゃないか。

雪山はいい舞台になる。

あんたにも協力を頼もうかと思ったが……やめておく。

無実なら無実でいい。

こっちが一方的に楽しめば済む話さ。」


そう言い残して、サイラスはローブを翻し、吹雪に消えるように歩き出した。

雪にかき消される前にちらりと振り返ると、アミトリアは戸惑ったまま動けずにいる。

魔女扱いされ、誰からも理解されず、ただ静かに雪山に生きている。

彼女の困惑の表情こそが、サイラスには一番興味をそそる材料だった。

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