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嗤う幻影魔術師サイラス  作者: さば缶
プロローグ
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プロローグ

登場人物

主人公:サイラス・ヴェイル (Cylas Veil)

・職業:幻影魔術師イリュージョニスト

・性格:

 ・サディストで、人を翻弄する陰険な罠を仕掛けるのが大好き。

 ・必ずしも“悪の組織”に属しているわけではなく、あくまで「嫌がらせ」や「恐怖の表情を見る」ことを楽しむタイプ。

・主な能力:

 ・幻影魔術(光や音、時には“質感”さえも錯覚させる)

 ・人を翻弄する罠や仕掛けの作成に異様な情熱を注ぐ

・外見:

 ・黒や紫を基調としたローブをまとい、痩せた長身。

 ・細い指先には、幻術用の刻印が刻まれている。

 ・常に冷たい笑みを浮かべているが、相手が罠にかかった瞬間だけは心底楽しそうに微笑む。



この世界には古代から「マナ」と呼ばれる魔力が満ちている。

多くの者は治癒や攻撃、あるいは生活の補助として魔術を利用するが、なかでも“幻影魔術”は希少であり、表立った評価を得にくい。

光や音を操るその力は相手の心を揺さぶり、錯覚を見せる特異な才能ゆえに、“人を欺く危険な魔術”と警戒されることも多い。

しかし一部では娯楽や特殊な任務に重宝される存在でもあり、常に“正当な魔術”の境界を揺らす存在として半ば異端視されていた。


古い遺跡の奥に差し込む薄明かりを、まだ幼かったサイラスはじっと見つめていた。

周囲には雑草が生い茂り、崩れた石柱が無数に転がっている。

彼は小柄で痩せ細っており、まともな服さえ持たなかった。

他の孤児たちと同じように食べ物を探し、雨風をしのげる隙間を求めていたに過ぎない。

それでも、この遺跡に足を踏み入れた瞬間、彼の胸には奇妙な高揚が湧き上がっていた。


「誰も来ない場所か。

なら、面白いものがあるかもしれないな。」


掠れた声でそう呟くと、彼は瓦礫の山をかき分け始めた。

すぐに古びた書物を見つけたわけではない。

壊れた壺や錆びついた金具、何の文字かもわからない石片をかき集めるうち、いつの間にか日が暮れ、夜が訪れた。

冷たい夜風が吹き込んでくる。

喉の渇きは感じても恐怖は感じなかった。

この場所に満ちる静けさと、神秘的な空気のほうが心地よかった。


その夜半、床板の隙間から覗いていた小さな箱をこじ開けると、一冊の秘術書が現れた。

何語かわからない奇妙な文字で埋め尽くされ、綺麗とは言い難い。

それでも封印のような金具を解いた瞬間、仄暗い光が書の表面をかすかに走るのを見て、サイラスは唇を震わせて笑った。


「もしかして、これが僕を退屈から救うんだな。」


そこから始まる彼の修行は、誰に見せるでもない自己流だった。

文字を解読し、載っている図や儀式を真似るだけ。

けれど、光や音を自在に歪ませ、やがては肌に触れる感覚すら他人に錯覚させる術を身につけるころには、彼は“孤児”ではなく“幻影魔術師”になっていた。


時は流れ、現在。

サイラスはある王国の街の路地裏に立っている。

黒と紫のローブが薄汚れた石畳によく映え、すらりと伸びた長身に細い指先が妙に妖しい。

その指先には一見装飾のように見える刻印があるが、実際には彼の幻術を助長する紋様。

通りを覗き込んでは、何かを企むように口元を歪めていた。


「あいつら、お互いに騙し合ってるみたいだね。

そこに、ちょっとばかり手を貸してやろうか。」


ひそひそとつぶやいた先には、小悪党風の男たちが盗品を持ち寄り、取り分の交渉に失敗していがみ合っていた。


サイラスは静かに念を送り、足元の影を微妙に揺らす。

気づく者はいない。

路地裏にいる全員が、彼が生み出した幻に飲み込まれていくからだ。

最初に気づいた男が悲鳴を上げたときには、彼らの目に映る路地はまったく違う姿に塗り替えられていた。

石壁が閉じ、行き場を失ったかのような閉塞感に包まれ、上空からは猛禽のような不気味な羽ばたきが聞こえる。

実際には鳥の影などどこにもないのに、彼らは頭を抱えて必死に逃げようとする。


さらに幻の水たまりができ、そこに足を踏み入れた男が倒れこむ。

水音すらリアルに響き、体は冷たい感覚に包まれる。

もちろん、本当は何も濡れていない。

サイラスは声を潜めながら肩を震わせて笑う。

敵同士だったはずの男たちが混乱し、一斉に助けを求めているのを見て、彼の胸は歓喜で満ちていた。


「どうせ争うなら、もっと楽しませてほしかったが。

ま、こういう怯えた顔も悪くないよ。」


闇の中でサイラスの瞳が琥珀色に光り、ふと幼いころの自分を思い出す。

この感覚は、遺跡で古い秘術書を開いたあのときに近い。

彼はその興奮を抑えきれない様子で、指先を絡ませながら次の手を考えていた。


そのまま路地の奥へ視線を向けると、まだ他にも小悪党らしき連中がうろついているのが見える。

サイラスの唇が薄く開き、その笑みはどこか子どものように純粋だった。

ただし、その純粋さは他人を痛めつけることを楽しむ歪な性質を含んでいる。

彼の作り出す幻術は、見る者すべてを翻弄し、時に限りなく現実に近い痛みや絶望を与える。

一度かかったら逃げられないと噂されるほど狡猾で、そして美しくも残酷だ。


「さあ、今度はどんな幻を見せてあげようか。

ああ、ついでにもっと悲鳴を上げてくれると嬉しいんだがね。」


男たちの叫び声が一瞬高まる。

その声を聞いたサイラスはまるで子どもが新しいおもちゃを見つけたときのような表情を浮かべ、ふわりと闇に溶けるように歩み去った。

彼の背中に刻まれた刻印が、夜のランプの光を受けてわずかに輝いている。


この瞬間、路地裏には嘆きと恐怖が渦巻いている。

サイラスは暗がりの奥で喉を鳴らすように笑った。

何をするにも制止されなかったあの幼少期と同じだと思いながら、次に仕掛ける幻術を想像している。


彼はひどく気まぐれで、けれど途方もなく執着深い。

そうして街には、新たな惨状が訪れようとしていると噂する者もいるが、サイラスが気にかけることはない。

彼にとっては、幻が生み出す歪んだ愉悦こそが全てだった。

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