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1.合縁奇縁のデジャヴ

 『運命というのは、人々の選択によってもたらさたれる結果である。

 その選択は偶然によるものだが、運命というものはやはり、必然であるべきなのだ。

   そうでなきゃ、やってられない。      

                   レーネ・フォン・シューベルト』




レーネは窓の内側から遅々として移動する雲を頬杖をつきながら眺めていた。

時折、思い出した様にティーカップの取手を摘み、紅茶で唇を潤わせる。

その動作は穏やかな小川の水流の様に美しく、見るものの目を気付かぬうちに奪うような、そんな所作であった。もっとも、その場に人が居ればの話である。

そしてティーカップをソーサーに音もなく戻し、また雲の移動を眺めるのであった。

彼女は今晩シューベルト邸、つまりレーネの自宅で行われる舞踏会を心待ちにしていた。

本来、舞踏会は彼女にとって厭う、とまでは言わないものの、乗り気になれるものでは無かった。少なくとも、秒針の針もゆっくりと進む様な昼前から、ドレスについて考える程では無かっただろう。


「レーネ嬢。お稽古のお時間です。」

その声の主は色素の抜けた銀の髪と髭を立派に生やし、執事服を丁寧に着こなす老人に姿であった。

「わかってます。シュターデン。」

そのレーネの声にはどこか、美しい音楽的な響きがあった。

「そうですか、レーネ嬢。ですがすでに一時間程遅刻ですが。」

いじわるな声でシュターデンは言った。

「細かいことはいいの。」

レーネはそう言いながら椅子から立ち上がった。


「ところでレーネ嬢。今日はやけにご機嫌ですな。」

「そう、予感がするの。」

レーネは上機嫌にその場で一回転して見せた。

「ほう。どんな予感ですかな?」

「運命の出会いって奴?」

彼女は右手の人差し指を立てて、口元へ持っていった。

するとシュテーゲン愉快そうに笑いながら

「はは。そうでしたらお父上様もさぞ喜ばれる事でしょう。」そう言った。

「そうね。」

彼女は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬見せてそう言った。

そして「では、いきましょうか。」と言うシュターデンと共に長い長い廊下に消えていったのである。


その晩。

シューベルト邸のダンスホールには数々の上流貴族の姿があった。


「皆さん。今宵はお集まりいただき有難う御覚ます。現在、我々の愛すべきこの国が魔法帝国との戦争に終止符を打とうという段階にあり戦争は激化しています。我々は国家への資金提供や兵器の提供等でこの戦争の簀の下の舞として、大いなる貢献をしていると言えるでしょう。そのお陰が、この戦争の勝利は地平線より遥か近い所にあると言っても良いでしょう。今宵はそんな我々の勝利の前祝いといたしましょう。皆さん、どうか楽しんでください。」


そう挨拶したのはこのシューベルト邸の家主でありでレーネの父親である、ナーフィーリー伯シューベルトである。彼のこの挨拶の後、ダンスホールには拍手の音が響いた。

その拍手の多くは心からのものであったが、建前上の拍手である事を隠そうともしない者、またその手を衣嚢に隠したまま手すら叩かないも者もいた。


彼等は軍人であった。

毎日の様に仲間の屍を見ている彼らにとって、ナーフィリー伯の先ほどの言葉ほど癪に障ることはないだろう。それも仕方がない。何故なら貴族の殆どはこの戦争を利用して政権を含む権力争いや、国家や他の貴族に恩を売ったり、返したり、そんな茶番をしていたに過ぎなかったからだ。


「そんな奴らに限って一番安全な所から愛国心だの正義だのを語るんだ。奴らの美辞麗句のバリエーションの多さには感動するところがあるね。」


これは若干20歳の軍人のセリフだった。

この世界では珍しい黒髪、黒い眼の彼はタバコを咥えながらそう独語を呟いた。

彼の名はロイエン・フォン・ガーフィールド。男爵の階級を持つ貴族軍人であった。

しかし、彼はただの軍人では無かった。リッター自由共和国軍、特殊第0部隊の隊長。

いわゆる、諜報部隊の一員だった。

彼が若干20歳にしてなぜ、ロイエン『准将』と呼ばれ、特殊部隊長をしているか。

その経緯については長くなる為、割愛しよう。

ただ、彼は若くして優秀な貴族軍人である事だけが解ればそれでいい。


リーネは眩しい程に輝く黄金色の髪に、歴史的な彫刻家が彫ったかの様な美しい顔、そして薔薇色のドレスを身に纏いサンサドウィッチを片手に持っていた。

ちなみに、若い貴族達にとって舞踏会と言うのは名ばかりで、結婚相手探しの、いわばお見合い会であった。そして伯爵令嬢、八方美人、驚くほど美しい歌声を持つ歌姫。

そんなリーネが舞踏会に出ようもんならどうなるか、察するのは至極簡単な事であろう。


彼女の父親、ナーフィーリー伯はリーネの結婚相手について深く悩んでいた。

これ程までに完璧な嫁入り前の令嬢を、そこらの貴族と結婚させるのは些か勿体無い。

そう悩んでしまうのは仕方のない程にリーネは完璧な女性だったのだ。

その為ナーフィーリー伯はこの魔法帝国との戦争において国家に協力的な態度を見せて、政権のトップや軍のトップに媚を売り、リーネを戦略結婚させようかと勘案していたのである。


リーネはロイエンが気になる様子だった。理由は彼女自身にも分からない。

ただ、乙女の運命の予感の様なものと、少しのデジャヴを彼女は感じた。


例えば、ロイエンも結婚相手として悪い相手では無かった。20歳という若さにして准将という階級を持っているのだから。 しかし彼が諜報部員である事が彼の知名度を下げていた。無論、ロイエン自身は有名になりたい、などの欲望は一切無かったが。

彼が准尉である事を除けば、残る貴族階級は男爵。伯爵令嬢のリーネにとって結婚相手にするには少しばかりばかり勿体無い。

以上がナーフィーリ伯にとってのロイエンの評価だった。


「あの、こんばんは。」

リーネが覚悟を決めてロイエンの話しかけた。その表情は緊張で強張っていたが、その程度で彼女の美しさが揺らぐ事など無かった。

「これは、これは。はじめまして。シューベルト伯のご令嬢さん。」

リーネは彼の言葉に少しの違和感を覚えた。

「どうかしましたか?」

対して、ロイエンはリーネの事を先程の『低能なバカ貴族の娘』として見ていた。

「いえ、皆さんに挨拶をして回ってるんです。今晩はお楽しみください。」

リーネは緊張で話題が見つからず咄嗟の嘘で、その場を颯爽と立ち去った。


「美しい御令嬢ですね。」

ロイエンの隣に鎮座する赤毛のショートヘアーが軍服の襟にかかる女性が言った。

「そうだな。」

ロイエンの素っ気ない返事を気にせず彼女は続けた。

「隊長。隊長は結婚とかは考えてらっしゃるんですか?」

「結婚か。俺もいつかするのかね。」

その他人事の様なセリフに女は苦笑した。

「貴方にはきっと出来ませんね。」

「そうだな。性じゃない事は分かりきってる。大体、俺は老後は一人でタバコを吸いながらどこかの田舎で本でも読む様な生活がしたいんだ。」

「それも貴方にはきっと出来ませんね。」


今度はロイエンが苦笑した。

そして先程話しかけてきた『シューベルト伯のご令嬢』に目を向けてこう言った。

「ただ、何故だろう。あの令嬢、どこかで逢った様な・・・」


彼はふと近くにある振り子時計を見た。ロイエンは短くなったタバコを床に落とし、それを靴で踏んで火を消した。そしてその足でダンスホールの出口へと向かった。


「行くぞ、ベシュテモン。召集時間に遅れる。」

その声を聞き、彼の背中を追いかけるべシュテモンと呼ばれた女軍人。

その光景を見ているリーネの目に涙が浮かんでいた。

「なんで、なんで私泣いてるんだとろう・・・」


〜〜〜

これはただ私が『悪役令嬢』と、呼ばれるまでの話である。

ただし世界と、時空を巻き込んで。



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