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第八章 異空間

 黒曜石のような黒く艶やかな床が、一面に広がっていて果てが見えない。

 どうやら特殊な空間に移動したらしい。


「俺が創り出した異空間だ。余程のことがない限り壊れないから好きに戦うと良い」

「ありがとう、ゼオ」


 礼を言って、私はセリナに向き直った。


「魔術ありの戦いで良いわよ。ほら、掛かってきなさいよ」


 挑発してやると、セリナは両手を前に突き出した。


水刃魔術アクアフェルム!」


 彼女の正面に魔法陣が顕現し、そこから水が噴き出した。

 その水は刃と化して私に襲い掛かる。


風刃魔術ヴァントスフェルム!」


 私が右手を振り払うと、突風が渦を巻き、水の刃を切り刻んで呑み込んだ。


「っ!」

「聖女っていうからもうちょっと強いかと思ったんだけど……この程度なの?」


 ある意味本心で問う。


 ゲームの中のヒロインは、聖女であり、魔術に関してはチート設定だったはずなのだ。

 少なくとも、聖女が放つ攻撃魔術を、私が相殺なんてできるはずがないほどには、レベルの差があるはずだった。


「煩い! 煩い!」


 彼女は頭を振り乱しながら地団駄を踏む。、


 私が知っているゲームのヒロインは、こんな暴言吐かないんだけどな。

 もしかしてセリナは、何かの間違いで召喚されてしまっただけで、本来ヒロインになるべきじゃない人間だったのかな。


 そんな事を考えつつ、私は風に紛れて間合いを詰め、彼女の懐に飛び込んだ。

 そして、彼女が私の姿を視認した瞬間目掛けて、彼女の顔にグーパンチをお見舞いする。


「へぶっ!」


 セリナは勢いよく吹っ飛び、もんどりうって黒い床に転がった。


「ぎゃっ……いったぁ……なな、殴ったのっ? 聖女である私をっ?」


 セリナは殴られた頬を押さえながら、信じられないものを見るような目で私を見る。


「え? だって決闘だもの。殴るのも投げるのもルール違反じゃないわよ?」


 何なら剣を使ったって良いのだ。

 まぁ、私は剣術は習ったことがないので使わないけど。


「さぁ、まだまだでしょう? 良いわよ、どこからでも掛かって来て」


 前世の世界での空手特有の構えをしながら挑発してやると、セリナは顔を真っ赤にして立ち会がった。


「何なのよ! アンタ! 何で悪役令嬢がそんなに強いのよ!」

「悪役令嬢が何なのか知らないけど、私が強かったらいけないの?」


 本当は悪役令嬢が何だかは充分知っている。

 しかしそれを口にするとややこしい事になるのは目に見えているので黙っておく。


 私は右手で拳を作り、思い切り振りかぶった。

 その拳に、私の全力の魔力を纏わせる。


「……今降参するならやめておくけど、続けるならこれで殴るわ。どうする?」


 魔力で強化した私の拳は、鋼鉄さえ砕く威力がある。


 渦巻く魔力を見てそれを察したらしいセリナは青褪め、がくりと項垂れた。


「……参ったわよ。降参するわ」


 彼女が敗北を宣言したので、私は拳に纏わせた魔力を解く。

 それと同時に、ゼオが異空間を解除し、ルベウス王国の玉座の間に戻った。


「……という訳だ。その無礼な小娘は、二度と俺の前に姿を見せるな。エレスへの接近も禁じる。俺からの要望はそのくらいだ。問題なければ、調印しろ」


 ゼオがケイロンに視線を送る。

 彼はいつの間に用意したのか、羊皮紙を国王陛下の前に差し出した。

 そこには既に、両国の不可侵条約に関する事が書かれていた。


 陛下はそれを熟読する。


「……両国間の不可侵。条件は、エレストリア・プラテアードを、カルネリアン帝国皇帝、ゼフィリオ・ドラド・カルネリアンの花嫁として差し出し、今後一切手出しをしないこと。また、ルベウス帝国の聖女セリナをカルネリアン帝国及びゼフィリオ皇帝の視界に入れないこと。セリナをエレストリアに近づけないこと。また、魔術による干渉も一切を禁じる」


 それを破った場合は、カルネリアン帝国が総力を上げてルベウス帝国侵略する、と付け加えてあった。


 陛下は家臣に合図を出してテーブルを運ばせると、その場で調印した。


「この瞬間を以て、エレストリア・プラテアード嬢と第一王子ギャレスとの婚約は解消とする」


 その宣言に、ゼオは満足そうに頷いた。


「異論のある者は?」


 国王が全員を順に一瞥する。


「私は、エレス様がお望みという事でしたら、心よりお祝い申し上げます」

「僕も同じ気持ちです」


 ガウェインとぺリノールが、意外にもあっさりとそう言い、私とゼオに向けて敬礼した。


「俺も、エレストリアが望んでいるのなら、婚約破棄を受け入れる……幸せになってくれ、エレストリア」


 ギャレスが、今までに見た事がないくらい優しい微笑みでそう言った。


 意外だ。元々幼馴染の情以上のものはないと思っていたし、セリナが現れてから彼女に入れ込んで私の事など見えなくなっているとばかり思っていたのに。


「……ありがとうございます。ギャレス殿下」


 私がそう答えると、国王陛下は一つ頷き、再度手元に視線を落とした。


 羊皮紙は、両国間で保存するために全く同じものが二枚ある。

 陛下が二枚目にも同じように調印すると、ゼオが指一本で羊皮紙を操り、目の前の空中に留めてそこに自らの分を調印した。


 この瞬間、魔族の帝国カルネリアンと、人間の王国ルベウスの間に、永久的不可侵条約が締結された。


 ついでに、私がゼフィリオ皇帝の花嫁として認められたので、今後私がギャレスによって断罪されて処刑されることもなくなった。


 やった! 遂にやった! 私はゲームのシナリオという名の宿命に勝った!


 脳内で全力のガッツポーズを決め込んでいると、ゼオが私の肩を抱き寄せて、ケイロンを一瞥した。


 視線一つで彼の意図を完璧に読み取ったケイロンは頷き、羊皮紙の一つを陛下に手渡し、もう一枚は魔術で圧縮して己の懐にしまい込んだ。


「では、私共はこれで。既に条約は締結されましたので、くれぐれも約定を違える事の無きよう」


 念を押すように、彼は国王とセリナを睨む。


 ぐっと言葉に詰まったセリナが何か言うより早く、ゼオが転移魔術を発動した。

 私とケイロンのみを伴って、その場から掻き消える。


「……あれ? ここ……」


 魔王城に戻るつもりなのかと思ったが、次に顕現したのは慣れ親しんだ私の実家の前だった。


「花嫁の両親には、挨拶が必要だろう? 家はここで合っているか?」


 ゼオはさも当然と言わんばかりに微笑んでいる。


 え、やだ格好いい。好き。


 おっと、惚れ惚れしている場合じゃない。

 魔王が急に家にやってきたら、私の両親は卒倒しちゃう。


「ちょ、ちょっと待って! 急にゼオが来たらお父様もお母様も驚きすぎて倒れちゃうから、先に私が入って、事情を簡単に説明してくる!」


 慌ててそう言い残して屋敷に入った私に、父の執事が血相変えて駆けて来た。

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