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第七章 ルベウス王国

 ケイロンは本当に優秀な側近らしく、すぐに準備を整えて戻って来た。


「では行こうか」


 彼が用意したマントを羽織り、ゼフィリオ様、もといゼオは私の肩にそっと手を回した。


 ああ、さりげないエスコートまでできるなんて。素敵すぎる。好き。


 そのまま、玉座の後ろに広がるテラスへと誘導される。


「飛翔魔術で行くの?」

「ああ、転移魔術で移動しても良いんだが、道中でお前の仲間を回収する必要もあるからな」


 そうだった。

 あの状況でケイロンに攫われてしまったので、流石に皆心配しているだろう。


「あ、あの、皆は私がエレストリアだとは知らなくて……変化へんげ魔術を解いたこの状態で皆の前に行くと、余計な混乱を招いて面倒なことになりかねないんだけど……」

「そうか。ならもう一度変化へんげ魔術をかけると良い。皆の前で正体を明かすのもまた一興だろう」


 まぁ、それは確かに。

 アレスの正体が、エレストリア・プラテアード公爵令嬢だと知った時、彼らはどんな顔をするだろうか。

 特に、セリナの反応が楽しみである。


 そうと決まればすぐに変化へんげ魔術をかけ、再び少年の姿に変わる。


「正体を知っていると、その姿も悪くないな」


 ゼオはふっと微笑み、私の頬を優しく撫でた。


 やだもう。好き。


 ゼオへの愛がダダ漏れてしまいそうで、私は慌てて荒野があると思われる方角を指差した。


「仲間は荒野に……」


 言いかけて、彼らはおそらく私が攫われた事で助けに向かっているはずだと思い直す。


 あの荒野から魔王城までは、まだ幾分か距離がある。

 ぺリノールとギャレス殿下はそれなりに強い魔術師でもあるため、もしかしたら飛翔魔術ではなく転移魔術を用いるかもしれない。


 転移魔術は地図などで位置関係を把握していれば、初めて行く場所へも移動できるのだ。


 ただし、魔王城には当然結界が張られているはずなので、転移魔術で直接乗り込むことはできない。

 だとすれば、きっと魔王城のすぐ近くに来るはずだ。


 そう思ったのも束の間、ケイロンが何かを察知してテラスまで駆けて来た。


「魔王様! 侵入者です! おそらく花嫁様の仲間かと!」

「通せ。探す手間が省けたな」


 ゼオは私の肩を抱いたまま、玉座に戻った。

 少年の姿のままの私を、さっと己の左膝に乗せる。


 え、ちょっと何このシチュエーション。萌える。さっとできちゃうゼオ様格好良すぎる。好き。


 ゼオが玉座に着いたのを確認したケイロンがパチンと指を鳴らすと、玉座の前に魔法陣が顕現した。

 直後、その中心にギャレス、ガウェイン、ぺリノール、セリナが現れる。


「っ! これは一体……! エレス! 無事か!」

「エレス様! ご無事ですか! 今お助けいたします!」


 ギャレスとガウェインが同時に剣を構え、ぺリノールが両手を突き出す。

 一方のセリナは、両手を口に当ててキラキラした目でゼオを見ている。


 おん? 何だその目は。

 まるで長年恋焦がれた相手を目の前にしているかかのように見えるが。


「皆落ち着いて! 僕は大丈夫だから、話を聞いてくれ!」


 ゼオの膝の上で訴える私に、彼らは怪訝そうな顔をしつつも剣を下ろした。


「……なかなか血気盛んな連中だな。これではお前も苦労するだろう」

「ええ、それはまぁ……」


 面白いものをみるような目で彼らを見て、ゼオは私の頭をそっと撫でた。


「エレスは俺が花嫁にもらう。本人も了承済みだ」

「は、花嫁ぇっ? エレス様! それはどういう……!」


 ガウェインが素っ頓狂な声を上げる。

 ここで私は変化へんげ魔術を解いた。


「え、エレストリア……?」


 ギャレス殿下が愕然として私を見る。

 私と面識のあったガウェインとぺリノールも、顎が外れそうなほど口をあんぐりと開けて呆けている。


「黙っていてごめんなさい。エレスは私だったの」

「そんな、馬鹿な……エレストリアは、ほとんど魔術は使えないはず……」

「少し前に、急に魔力量が増えたのよ」


 そう答えると、それまで黙っていたセリナが、私に鋭い眼差しを私に向けて来た。


「あり得ない! 悪役令嬢のくせに! 私のゼフィリオ様の花嫁になるなんて!」

「私の?」


 ゼオが、不愉快そうに眉を寄せる。

 私も、その反応には思わず顔をしかめた。


「ちょっと何を言っているのかわかりかねますわ。セリナ様は、ギャレス殿下の事を慕っているご様子かと思っていたのですが?」


 それはルベウス王城内では周知の事実だ。

 召喚されてからというもの、セリナは何かと理由を付けてギャレスと一緒に居たがっていた。

 常にべったりで、彼もまんざらではなさそうにしていた。


 だから私は自身が処刑される未来を回避すべく、魔王討伐に乗り出したのだ。


 と、セリナは鬼のような形相で叫び始めた。


「私は! 隠しキャラのゼフィリオ様に会うためだけにギャレスルートに入ったのよ! 隠しステージのゼフィリオルートに行くには、ギャレスルートでイベントをクリアしないといけないんだから!」


 それは間違いなくゲームの仕様だ。


 セリナは、私が前世を過ごしていたあの世界から召喚されてきている。つまり、ゲームをプレイしていたのだろう。


 ゲームのシナリオを知っている状態でこの世界に召喚されたのだとしたら、推しキャラとのハッピーエンドを目指すのは当然だ。私がヒロインとして召喚された立場だったら間違いなくそうする。


 そしてそんな彼女の推しキャラが、私と同じゼフィリオ様だったという訳だ。

 いわゆる同担である。前世での同担は推しキャラについて語れるので嫌ではなかったが、セリナと推しが被ったのは何か嫌だな。


「……セリナ? さっきから何を言っているんだ?」


 当然だけど、この世界がゲームの世界だという事など知りもしないギャレスは、戸惑いを隠せない様子で尋ねる。

 彼は取り乱したセリナの肩に触れようと手を伸ばすが、彼女はそれを冷たく振り払った。


「煩い! エレストリアはアンタの婚約者なんでしょうっ? 早くゼフィリオ様から取り返しなさいよ!」


 そう来るか。


 確かにまだ私とギャレスの婚約は継続中だ。

 私とゼフィリオとギャレスの三人に焦点を当てると、これではゼオの立場が悪い。


 しかしながら、そもそも彼は魔王であり、人間の国の法律も何も彼には関係のない話だ。


「煩い小娘だな」


 ゼオは不快を極めたような顔で嘆息し、さっと右手を掲げた。


転移魔術メタスタージス!」


 彼が唱えた瞬間、その場にいた全員が、一瞬のうちに別の場所に丸ごと移動していた。


 見覚えのある広い空間。

 ここはルベウス王国王城の玉座の間だ。


「ギャレス? これは、一体どういう事だ……?」


 国王陛下が状況を呑み込めない様子で全員を見比べる。


「お前がルベウスの国王か。俺はカルネリアン帝国の皇帝、ゼフィリオだ」

「カルネリアン帝国……? 皇帝……?」


 国王陛下は、小さく震えながら呟く。


 無理もない。この状況では、魔王が自らこの国を滅ぼしにきたと思って当然だ。


「ああ。今日は提案をしに来た」

「提案だと?」

「ああ。このエレストリア・プラテアードを俺の花嫁にすることを認めろ。そうすれば、人間の国との不可侵条約を結んでやっても良い」

「それは本当か……!」

「俺は嘘はつかん」


 国王陛下は私を一瞥した。

 ここで私が泣いて嫌がるような事があれば、ゼフィリオを説得でもするつもりだったのかもしれないが、当の私は彼の花嫁になる気満々でいる。

 何なら「絶対に邪魔するなよ国王この野郎」と念じてさえいる。


「国王陛下、私は喜んでゼフィリオ様の花嫁になります。どうぞ、ご決断を」

「ううむ……エレストリア嬢がそこまで決意を固めているのであれば、それを尊重すべきだろう」


 それっぽい事を言っているが、体よく生贄が見つかった、と顔に書いてある。

 まぁ、国王から見て生贄だろうが何だろうが、推しの花嫁になれるのなら何でも良いんだけど。


「待ってよ! どうして何も言わないのっ? エレストリアはギャレスと結婚したかったんじゃないのっ?」


 セリナが叫ぶ。


 おいおい、いくら異世界から召喚された聖女だからって、公爵令嬢である私だけでなく、第一王子のギャレスまで呼び捨てにするのは良くないぞ。


 そう思っていると、流石の国王陛下も呆れたように嘆息した。


「聖女セリナ、魔王討伐のためにそなたを召喚したが、その魔王殿が直々に不可侵条約を結んでくださると仰っているのだ。こちらとしても、無益な戦いは避けたい。エレストリア嬢が納得しているのなら、ギャレスとの婚約は解消し、ゼフィリオ殿に嫁いでもらう」

「そんなの私が認めないわ!」

「俺が自分の花嫁を選ぶのに、お前の許可が必要か?」


 明らかに苛立った様子で、ゼオが言い放つ。


 セリナはゼオの深紅の瞳に射竦められつつ、それでもまだ食い下がる。


「だってこんなのおかしいじゃない! どうして悪役令嬢のエレストリアが……!」

「さっきから、悪役令嬢とは何の事を言っている? 俺はエレストリアが気に入った。理由なんてそれだけで充分だ」

「どうしてゼフィリオ様……こんな、こんな女なんかに……!」


 先程から物凄く失礼な物言いだな。


 私は一歩、セリナに近付いた。


「なら、私と戦う? 貴方が勝ったら、私はゼフィリオ様の花嫁を辞退しても良いわ」


 私の宣戦布告に、ゼオが眉を寄せた。


「エレス、勝手な真似は許さんぞ」

「私が誰と戦おうが、貴方の許可はいらないはずよ」


 止めようとするゼオに、ふっと笑って答える。


「それに、ゼオは私が負けると思うの?」

「……いや。そうだな。俺はお前を信じる」


 私の意図を汲んでくれたゼオは、小さく笑ってパチンと指を鳴らした。

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