第五章 魔王側近ケイロン
私は落ち着いて話し合いをしようと促し、とりあえず手頃な岩に腰を下ろした。
その両脇にガウェインとペリノールがつき、向かいにギャレスとセリナが座る。
「……第一王子ともあろう方が、どうして僕に同行するなんて仰るんです?」
逆ならわかる。
俺の魔王討伐に同行しろと、あくまで自分が主体の討伐隊に私を引き入れようとするなら、まだ理解できるが、王子自ら私の仲間になりたいなどと、正直意味がわからない。
「俺は君を気に入った。それだけでは理由にならないかい?」
キラキラした王子の顔に、私はうっと言葉に詰まる。
こういう王子様然としたギャレスは、何だか妙に癪に触る。
そもそも、私が何故魔王討伐に乗り出したかというと、セリナがギャレスルートに入り、彼がぶりっ子のセリナに呆気なく籠絡され始めていたからだ。
お前のせいで私は魔王討伐に乗り出すことになったと言うのに、それにお前がついてこようとは、一体どういう了見だ。
無性に苛々してきた私を、セリナはどういう訳かじっと見つめてくる。
「……あの、何か?」
「い、いいえ。あまりに綺麗なお顔ですから、見惚れておりましたの」
ぽっと頬を赤らめながらそんな事を言い出すセリナに、私は半眼になる。
お前はギャレスルートに入ったんだろうが。
私の婚約者はくれてやるから、他の男に手を出そうとせずに大人しくコイツで手を打て。
そんな事を脳内で叫ぶ。
「……ところで、先程山道に馬車や騎馬隊を置いて来たというようなことを仰っていましたが、それはどうするんですか?」
「うん? 俺はもう君と共に行くことを決めたから、ここへ来る前に引き返すように魔術で伝令を送ったよ」
「僕は同行を認めていないんですけどね」
「俺が君についていくと決めたんだ。君は、ルベウス王国の第一王子に逆らうのかい?」
あー、そうだった。ギャレスはちょっと面倒臭い奴だった。
根は悪い奴ではないのだが、意外と頑固で、自分が決めた事は押し通すのだ。
どうやって断ろうかと思案した、その時だった。
突如、雷のような轟音が響き渡った。
「っ!」
耳を劈く雷鳴に加えて、バリバリと肌を刺すような殺気。
セリナ以外の四人が一斉に立ち上がって身構える。
その殺気で確信する。今のは魔族が好んで使う攻撃魔術、雷撃だ。
つまり、近くに魔族がいる。
「……おやおや、こんな荒野に虫が集まっているかと思ったら……ルベウス王国の第一王子ではありませんか」
慇懃ながら皮肉めいた口調。
声がした方を振り返ると、大きな岩の上に、いつの間にか人影があった。
褐色の肌に漆黒の髪と黒曜石のような瞳。そして背中には蝙蝠のような翼。
一目でわかる特徴。コイツは魔族だ。
しかもその顔にも見覚えがある。
ゲーム中にも登場した魔王の側近、ケイロンだ。
常に敬語で、性格はいかにも魔族といえる残虐さを持っており、攻略対象のキャラではないが、そのインテリでドSな雰囲気が、一部のゲームファンの間で人気を博していた。
そんな彼は基本的に魔王の傍に控えている。単独で行動する事はほとんどないはず。
つまり、近くに魔王が来ている可能性が高い。
私は注意深く当たりの気配を探った。
「おや? 赤髪と金髪は王立騎士団長と国家魔術師団長とお見受けしますが……銀髪の少年と黒髪の少女は見覚えのない顔ですね?」
ケイロンが私とセリナを見るなり眉を寄せた。
「……少女の方は大したことなさそうですが、貴方は危険そうだ」
じっと私を見て、ケイロンは右手を突き出した。
「収監魔術」
しまった、と思う間もなく、私は体の自由を奪われ、身動きが取れなくなってしまった。
「っ!」
「エレス様!」
ガウェインとぺリノールが同時に動く。
しかし、ケイロンは斬りかかるガウェインをひらりと躱し、ぺリノールが放った攻撃魔術をあっさり握り潰した。
「この少年は預かります。魔王様に良い手土産ができました」
手土産、つまり魔王はこの近くにいないのか。
魔王の側近である彼が、魔王の傍を離れてこんな荒野で何をしていたのだろう。
身動きも声も封じられた私はそんなことを思いつつ、彼を見た。
と、彼は私は肩に担ぎ上げ、何か呪文を唱える。
その一瞬で、荒野から別の場所に移動してしまった。
妙に薄暗いが、荘厳さを感じさせる建物の中だ。
かなり広い部屋のようだが、いかんせんケイロンに担がれている状態なので見渡せる範囲が限られてしまう。
「魔王様、ただいま戻りました」
ケイロンが膝を衝いた。
私はケイロンの背中側に頭が来るように担がれているので、彼の正面に誰がいるのか見ることはできない。
しかし、気配でわかった。
そこにいるのは、魔族によるカルネリアン帝国の皇帝、ゼフィリオだ。
そして、私の尻を見つめている。
推しキャラとの初対面が尻って、どんな羞恥プレイだよ。頼むからやめてくれ。
「……それは?」
まぁ、側近が人間の少年を担いで戻って来たら、流石に疑問に思うよな。当然だ。
問われたケイロンが、私を妙に丁寧な手つきで下ろす。
私は振り返り、無意識に息を呑んだ。
圧倒的な覇気を放つ、魔族の皇帝がそこにいた。
禍々しくも豪奢な椅子に腰掛け、左膝に右踝を乗せ、肘掛けに頬杖をついている。
褐色の肌、漆黒の髪、そして血を吸ったような深紅の瞳。
なにより、筋骨隆々の身体。
間違いなく前世の私の最推しキャラクター、魔王ゼフィリオだ。
ひゃー! ホンモノのゼフィリオ様! 素敵! 顔も身体も声も全部良い! 好き!
脳内で叫びながら、前世で何度もプレイしたゼフィリオのスチルが蘇る。
顔がにやけそうになるのを気合いで我慢し、神妙な顔で視線を落としておく。
「ルベウス王国の第一王子と共にいた少年です。妙な気配を感じたので、こちらに連れてきた次第です」
「妙な気配……?」
彼はその綺麗な眉を顰めて、私をじっと見た。
「……魔力量は凄まじいな。勇者……でもなさそうだが……」
だって私はただのしがない悪役令嬢ですもの。
そう言いたくなったが、そもそもケイロンの収監魔術のせいで声も出せない。一応警戒する素振りだけ見せておく。
「お前は何者だ?」
尋ねられて、ケイロンを見る。私の視線の意図に気付いた彼は、指をパチンと鳴らした。
収監魔術が解除され、身体に自由が戻る。
「僕はエレス。訳あって、魔王討伐のために旅をしていた」
虚勢を張りつつ答えると、ゼフィリオは嘲るように鼻を鳴らした。
「魔王討伐? ケイロンに容易く捕まるようなレベルで、よく俺に挑もうと思ったものだな」
ああ、良い声。そして綺麗な顔。傲岸不遜で俺様な言動、全てが良い。好き。
もうこの人になら殺されても良い。本望。我が人生に悔いなし。
魔王を倒して勇者となって処刑回避を目論んでいた私だが、前世の最推しキャラが目の前にいて、しかも私を見ているという事実にそんな事情は吹っ飛び、内心は狂喜乱舞していた。
そんな私の心情など知る由もないゼフィリオは、私を見て何やら興味深げな目をした。
「……まぁ、俺も退屈していたところだ。お前と戦ってやっても良い。お前が勝ったら何でも一つ言う事を聞いてやろう」
「本当ですかっ! 是非お手合わせお願いしますっ!」
興奮し、つい前のめりになって食い気味に答えた私に、ゼフィリオは一瞬虚を突かれたような顔をした。
「……変な奴だな」
呟きながら、立ち上がる。
私より頭二つくらいは大きい巨躯。それもまた良い。好き。
惚れ惚れしかけたところではっとして、私は気を取り直し、最初から全力を出すために両手を掲げた。
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