第三章 国家魔術師団長ぺリノール
転がり出てきたのは、オレンジに近い金髪に碧い眼の、美少年だった。
その顔は知っている。
国家魔術師団の最年少団長である、ぺリノール・オランジュだ。
「痛た……もう、乱暴だなぁ……これだから野蛮人は……っ! ガウェイン騎士団長! どうして、ここに……?」
悪態を吐いていた彼は、目の前に立っているのが見慣れた人物である事に気付いて青褪めた。
「いや、そりゃこっちのセリフだ。ぺリノール……国家魔術師団長が、何で一人でこんな僻地に? 何か任務が?」
ガウェインは素で驚き、思った疑問をそのまま口にしている。
私の目から見ても責めているような様子などないのに、ぺリノールは不自然なほど怯えた様子で震え出した。
「あ、あの、えっと……ぼ、僕が、ここにいたことは、どど、どうか、な、内緒に……」
しどろもどろになりつつそう訴えるぺリノールに、彼が王国側に無断でここに来ている事を悟る。
「プルメリアの強い魔術師って言うのは、君の事だったの?」
私が尋ねると、ぺリノールは一瞬視線を泳がせ、言い逃れはできないと判断したのか、小さく頷いた。
「……はい。このプルメリアは僕の故郷なんです……だから、守りたくて……」
「王都と行き来してたってことか? この距離を?」
ガウェインが信じられないという顔をしたので、私は自分の推測を口にした。
「転移魔術でしょう。国家魔術師団の団長なら、転移魔術くらい扱えて当然だし、王城とこの村を繋ぐだけなら、転移陣を設置すれば魔力消費も抑えられる」
転移陣とは、魔法陣に転移魔術を織り込ませ、固定の場所同士を繋ぐ魔術だ。
一度完成してしまえば、少量の魔力消費で転移できるようになるため、遠隔地との行き来が発生した際には非常に重宝する。
ただし、デメリットとしては、移動対象となる二か所共に魔法陣を描く必要があるため、魔術師本人が行ったことがない場所には設置できないという点と、設置してしまえば誰でも使用できる状態になってしまうため、意図しない他者に使用されてしまう可能性があるという点だ。
「……その通りです。王城に与えられた自室と、この村の僕の家に転移陣を設置しています」
「……王城内に転移陣を設置……その様子だと国王陛下に許可は取っていないようだね」
王城内での魔術行使は原則禁止されている。
一部の王族と国家魔術師団はそれが緩和されているが、それでも転移陣の設置は悪意の侵入者を招きかねないため、国王陛下の許可が必須な事案だ。
こんな山奥の村から王城内に侵入できる経路が繋がれていたとなっては、大問題である。
ぺリノールが唇を噛んで項垂れる。
「……まぁ、俺も事後連絡で城を飛び出している立場だから、あんまり強く言えないんだよなぁ……」
ガウェインがぼやきながら頭を掻く。
騎士である彼の一人称は、私に傅く時は『私』だが、普段は『俺』のようだ。そういえば、ゲームでもそうだった気がする、と妙に感心してしまう。
「え、ガウェイン団長が、城を飛び出した?」
「あれ? まだ知らなかったのか? 俺は昨日、運命の人に出会ってしまってね。それでエレス様をお守りすべく、同行を願い出たんだ」
「エレス……?」
ぺリノールが怪訝そうに私の顔を見る。
「……貴方、どこかでお会いした事はありませんか?」
「……さぁ、僕は国家魔術師団の団長のような方とお会いできるような人間ではないよ」
誤魔化しつつ、私は曖昧に微笑んで見せる。
「つまり、僕は国王陛下に何かを物申せる立場ではないんだ。だから、君とここで会ったことが国王陛下に知られる事はないよ」
「っ! ありがとう! この恩は決して忘れない! 僕にできる事は何でも言ってくれ!」
妙に感激した様子のぺリノールに、なんだか嫌な予感がした。
しかし、今はそれを追及している余裕はない。
「じゃあとりあえず、今日一晩泊めてほしい」
「お安い御用です!」
ぺリノールは、ぱっと笑顔になって私とガウェインを村へ招き入れた。
ぺリノールが迎え入れてくれた事で、村人たちは私とガウェインを信用して歓迎してくれた。
宿屋はないとの事なので、ぺリノールの実家に一晩お世話になる事になった。
お世辞にも豪華とは言えない家だが、前世の部活の合宿で宿泊した山小屋に比べれば十分綺麗だ。
公爵令嬢としてはいつも最高級品に囲まれていたけど、どちらかと言うと庶民の家の方が落ち着く私にとっては、居心地の良い家だった。
「……ところで、エレス様は一体どちらへ向かわれるおつもりなんですか?」
「ああ、目的を話していなかったね。僕たちは魔王討伐へ向かう途中なんだ」
「魔王討伐ですって? そんな、どうしてまた……」
驚くのは無理もない。
魔王に挑むというのは、それほど無謀なことなのだ。
それに加えて、ルベウス王国は先日聖女の召喚に成功した。
それにより第一王子のギャレスが勇者に認定され、軍備を整えたら彼らも魔王討伐へ出かける、というのは城内では周知だ。
一介の旅人であるエレスはそれを知るはずもない、と思われて当然だが、王立騎士団長のガウェインは当然それを知っているし、何なら魔王討伐隊にも名を連ねていた。
ぺリノールが、私と同行するガウェインに対して、どうしてたった二人で魔王に挑もうとしているのか、という疑問を持つのは当然である。
「世界平和のために、できる事をやりたいんだ」
「私はエレス様に受けた御恩をお返しするため、この命を捧げる所存です!」
誤魔化すためにそれっぽい事を言って拳を握った私に、ガウェインがまた陶酔した顔を向けて来る。
「……素晴らしい……!」
ぺリノールが何か呟く。
「僕は今、猛烈に感激しています! 世界平和のため、人類の未来のため、僕もできる事をやります!」
「……何でこんな陳腐なセリフに感化されちゃってんの?」
思わず本音を呟くが、誰も聞いていない。
「それに、僕が仕掛けた罠魔術を見事に破り、僕の居場所を突き止めて捕縛したあの時の手捌き、お見事でした! エレス様! どうか僕を弟子にしてください!」
「……はぁ?」
国家魔術師団の団長が何を言っているんだ。
どう考えても、彼の魔術の腕の方が私より上のはずだ。
私の魔力量自体はそこそこ増えたとはいえ、大した魔術が使えない以上、決して国家魔術師団長を凌ぐほどではない。
そう思いつつ、しかしこの状況でそんな事を言っても火に油だと直感が言っている。
「……弟子ねぇ……なら君も魔王討伐に同行すると言うのかい?」
きりっとした顔で尋ねてみる。
怖気づいて断れ、そう思いつつ返事を待つと、彼は勿論、と言いかけてハッとした。
そう、彼はこの村を守るためにここに居るのだ。
わざわざ王城に転移陣を設置してまで、この村を守りたいと思っているのだ。
転移陣は、一度設置したらそれはもう動かせない。
この村を守るために自分はここに留まる、そう言うんだ。そう念じながら彼の反応を待つ。
「そもそも、僕がこの村と王城を行き来しているのは、魔物や魔族からの攻撃を心配してのこと……その大元を叩きに行くと言うのです。何も問題ありません! ですからどうか是非僕も同行させてください!」
えええ、まさかそっちに思考をシフトするのか。
私は思わず額を押さえた。
「そ、そんな無理してついてこなくても……」
「いいえ! 僕が、自分のためについて行きたいのです! 平和のため、更にはエレス様のお傍で、エレス様の魔術をもっと学びたいのです!」
目をキラキラさせて迫って来るぺリノール。
ああ、いかん。これはいかん。
ガウェインと同じ目をしている。
「……エレス様、私はぺリノールが同行してくれるなら、こんなにも心強い事はないと思いますが……」
彼の必死の訴えに同情したのか、ガウェインが助け舟を出してきた。
そりゃあ、私だってぺリノールが一緒に来てくれれば心強い。
何しろ国家魔術師団の団長に史上最年少で就任した天才なのだ。
「……わかった。同行を許可しよう。でも、弟子にしたつもりはないからな」
一応念を押しておく。
彼に師匠呼ばわりされてしまったら、色々と面倒事に巻き込まれかねない。
「あと、僕に同行するのなら、ちゃんと王城に連絡を入れる事! 黙って王城を留守にして、僕が誘拐犯にされたら困るからね」
「勿論です! すぐにでも手紙を書いて飛ばします!」
ぺリノールはいそいそと手紙をしたため、すぐさま魔術で飛ばした。転移陣があるのですぐに王城に常駐している国家魔術師団の誰かの手に渡るだろう。
「じゃあ、出発は明日の早朝になるから、ゆっくり休んでくれ」
それだけ言って、私はぺリノールの家で用意してもらった布団に潜り込んだ。
睡眠中に変化の魔術が解けてはまずいので、眠りに入る直前に術を掛け直しておく。
ぺリノールの張った結界の中なので、安心して眠れることは正直助かった。
しかし、ここから先はルベウス王国の領土からも外れ、魔族が支配する土地に足を踏み入れる事になる。
一層気合を入れて行かねばならない。
そんな事を考えながら、私は束の間の眠りに落ちて行った。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




