第二十章 強制送還
ゼオの姿を見たセリナが、今にも泣きそうに顔を歪めた。
「……セリナ?」
「違う……違う。私が望んだ光景は……私は、ゼフィリオ様と結婚したかっただけなのに……」
どうやら、彼女は私達が危惧した通り、《精霊の宝玉》の入手に失敗して、特級魔術を習得できなくなったことで、《悪魔の鏡》に縋ったらしい。
その結果、彼女は自分が望んだ光景とは本質が異なる光景を視てしまったようだ。
「何を視た?」
ゼオに低く問われたセリナはひっと喉を鳴らし、それから視線を落とすと小さな声で絞るように答えた。
「……私が、元の世界で、ゲームをしてた……そのゲームの中で、ヒロインとゼフィリオ様が結婚していた……」
それを聞いて、思わず胸を撫で下ろす。
彼女が願ったのは『ヒロインである自分とゼフィリオの結婚』。
しかし、《悪魔の鏡》が見せてくれたのはこの世界ではなく彼女が元居た世界でのゲームの中の話。
だが、間違いなくヒロインとゼフィリオが結婚している光景だったのだろう。
そしてそれはつまり、彼女が元の世界に帰る事を意味している。
「ゲーム? それは何だ?」
元の世界の事など知るはずがないゼオが首を傾げるが、話がややこしくなるので私は適当に解釈を付けることにした。
「多分彼女が元いた世界で、作り物のゼフィリオと自分が結婚する光景を視たって事じゃないかしら?」
「ふむ。つまり、実際の俺達には何も被害は及ばないと? まぁ、当然か。《悪魔の鏡》は魔族が創り出した魔具だ。魔王である俺を操ろうとするならば、相応の魔力と生命力が対価となる……この小娘にそれが支払えるとも思えん。鏡もそれを理解した上で、視せられる実現可能な範囲の光景を視せたのだろう」
それは確かに納得だ。
たとえ私を殺したとしても、ゼオがセリナを愛する事はない。
ゼオの性格を考えたら、例え私と出会うより前にセリナと出会ったとしても、彼女を愛するとはとても思えない。
となれば、この世界でゼオと結婚するためには、ゼオの心を操る必要がある。
しかしそれをこの世界で実現させるためには、セリナの魔力と生命力では対価が払いきれない。
対価を回収できない場合は、鏡は別の望みを映し出すか、またはその望みを、額面だけを切り取ったような形で実現させようとするらしい。
「……人間の国の事情は知らんが、《神の剣》は少なくとも国宝だろう? それを勝手に持ち出して、更には《悪魔の鏡》を使用した……これは重罪ではないのか?」
ゼオがギャレスに問いかける。彼は項垂れた。
「ああ。その通りだ……セリナは、元の世界へ強制送還することになるだろう」
「えっ! そんなの嫌よ! 私はこの世界で……!」
「セリナ!」
咄嗟に拒否しようとしたセリナを、ギャレスが強い口調で遮る。
「……この世界で生きていきたかったのなら、何故こんな事をしたんだ……もう、俺でも庇いきれない」
ギャレスは、セリナの目論見が露見した後も、彼なりにセリナを想っていた。
彼は決して非情ではない。
少しアホだが、根は優しい。一度心を通わせたと信じた相手を、いくら利用されていたのだと言われようとも、そう簡単に憎むことなどできなかったはずだ。
だが、彼女はやりすぎた。
あの異空間で私に負けた時点で、ゼオとの結婚を諦め、大人しくギャレスと仲直りするか、もしくはあの時点で自分の世界に帰る選択をすべきだったのだ。
自分こそがヒロインだと過信したことで、彼女は道を踏み外してしまった。
「……連行しろ」
ギャレスはペリノールにそう命じ、立ち上がった。
「……ゼフィリオ皇帝陛下とエレストリアには、ご迷惑をお掛けしたこと、お詫び申し上げる」
私達に向き直って頭を下げるギャレス。
ゼオは僅かに目を細めた。
「不可侵条約を破棄されても文句は言えないほどの事案だぞ」
「……はい。セリナを抑えられなかった私の責任です」
ギャレスは、自分が取り返しのつかないミスをしたのだと、言外にそう滲ませている。
「……その小娘を元の世界に送還することと、エレス誘拐を企てた王太子を終身刑にすること、それを約束するなら大事にはしないでやろう」
ゼオが恩情を見せる。
きっと、本音では今すぐルベウス王国を焼き払ってやっても足りないくらいだろうに。
「……寛大な御心に感謝いたします」
ギャレスが、もう一度深々と頭を下げる。
「エレストリア、君にもすまないことをした」
「殿下のせいじゃないわ」
「今回の件は俺が責任をもって対処する。ヴァルダンについては、既にさっきケイロン殿から城に送られてきていて、ガウェインが取り調べに当たっている」
既にヴァルダンが捕らえられている事に驚く。
ケイロンが送ったという事は、おそらくヴァルダンは《精霊の宝玉》を手に入れようと再び精霊の谷に乗り込んだのだろう。
しかし、王太子であるヴァルダンが終身刑になったとして、ギャレスが王太子になれるのだろうか。
もう、深紅の双眸を持つ婚約者はいないというのに。
しかし、それはもう私が心配しても仕方のない事だ。私はもう、カルネリアン帝国皇帝の花嫁なのだから。
「……とりあえず一件落着、で良いのかしら?」
ふぅ、と息を吐きつつ、まだ手にしたままだった《神の剣》を鞘に納め、ぺリノールに差し出した。
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