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第十八章 瘴気の中

 ゼオは素早く結界魔術を唱えて、聖女の部屋を囲み切った。


「……《悪魔の鏡》を叩きつけるとは、愚かな……」


 ゼオが訳知り顔で呟く。

 一体何が起きたのか尋ねようとした矢先、先程から漏れ出ていた《悪魔の鏡》の気配に気が付いた神官が、廊下の向こうから駆けてきた。

 その人は高位神官で、私もギャレスの婚約者時代に神事で話した事がある人物だ。


「エレストリア様! これは、一体どういう事ですっ? 一体何が……」


 神殿には既に、私が魔王ゼフィリオの花嫁になる代わりに不可侵条約を結んだ事は伝わっているはずだ。

 その証拠に、彼は私と共にいる、どう見ても魔王でしかない男を見て顔を引き攣らせている。


「細かい説明は後で。聖女セリナが、《悪魔の鏡》を使ったようですが、結果が気に食わなかったのか床に叩きつけて……」


 私でもわかる状況の説明だけを離すと、神官は信じ難いものを見る目で聖女の部屋を見た。

 ゼオの結界のおかげで廊下は無事だが、部屋の中は既に何も見えないくらい黒いモノが充満してしまっている。


「《悪魔の鏡》ですってっ? 三種の神器の中で最も人間が手にしてはいけない代物を、何故聖女様が……?」

「特級魔術を習得したかったんでしょう」


 私が応えると、何か思い当たる節でもあるのか、神官は押し黙った。


「とにかく、すぐに国王陛下に連絡、ぺリノールとギャレス殿下をここへ呼んでください」

「しょ、承知いたしました!」


 私の指示を受けて神官が急いで駆け出す。

 それを見送ったところで、私は再び真っ黒い部屋に視線を戻した。


「……ゼオ、あの靄は何なの?」

「《悪魔の鏡》がこれまでに取り込んだ魔力が瘴気に変わったモノだ。そもそも《悪魔の鏡》は、使用者の魔力、または生命力を吸い取る事で効力を発揮するという魔具だ。その溜め込んだ魔力が大きいほど、使用者の望んだ光景があり得ないものでも現実を捻じ曲げて叶えようとする。逆に言えば、魔力を全く溜め込んでいない状態の《悪魔の鏡》を使ったところで、叶えられる光景はたかが知れている……」


 魔具とは、文字通り魔力の籠った道具を指す。

 この世界にはたくさんの魔具が存在する。その最たるものが三種の神器という訳だ。


「生命力?」

「ああ。魔力を持たない人間が使った場合、魔力の代わりに生命力を吸い取られる。吸い取られた魔力や生命力は、《悪魔の鏡》によって長い年月を経て瘴気に変わる……そして《悪魔の鏡》は意思を持つ。自身に危害を加えた者を許さない」

「……じゃあ、あの瘴気を吸ったり、触れたりしたら?」

「魔力を持たない人間ならば数分で死ぬ。あの小娘の魔力でも、一時間ともたんだろうな」


 ゼオが自業自得だと言わんばかりに吐き捨てる。

 それは同感なんだけど、こんな死に方はあまりに彼女が可哀想だ。


「助ける方法は?」

「助ける気か?」


 ゼオが不満そうに眉を寄せる。

 私は彼の眼を見て頷いた。


「いくら何でも、放ってはおけないよ」

「……瘴気を浄化するしかない。ただし、今回《悪魔の鏡》が溜め込んでいたあの瘴気は、数百年間封印されて濃密さを増している上にかなりの量だ、そう簡単に浄化できないぞ」


 そもそも浄化魔術は聖女にしか使えない。

 その聖女がこの瘴気の中にいるのだ。


 他に瘴気を浄化する方法を考えた私の脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。


「……そうだ、《神の剣》は? セリナが手に入れてたはずでしょう?」

「ああ、それもこの部屋のどこかにあるはずだ。《悪魔の鏡》を回収することが目的だったからあまり気にしていなかったが……」

「この部屋の中……」


 真っ黒い部屋を一瞥して、息を呑む。


 《神の剣》は邪悪を絶ち切るといわれている聖剣だ。

 それならば、この瘴気を一掃することができるかもしれない。


 元々《神の剣》はルベウス国王が管理しており、代々勇者に受け継がれてきたという国宝。


 実を言うと、ゲームのシナリオ的には本来魔王退治をするのであればこの《神の剣》を持って行く必要がある。

 私が魔王退治を志した時点で、ギャレスが《神の剣》の使い手になっていたので、私がそれを持って旅に出る事はなかったが。


 何故王太子であるヴァルダンではなくギャレスなのかというと、そこはヒロインである聖女セリナがギャレスルートに入ったからだ。


 それを勝手に持ち出して神殿の自室に隠していたというセリナ。もはや重罪だ。


「……まさか、この中に入る気じゃないだろうな?」

「だって、それしか方法はないんでしょう?」

「駄目だ」

「剣を取って来るだけだもの。大丈夫よ」

「駄目だ。こればかりは譲れん。人間であるお前を、こんな瘴気の中に放り込むことは絶対にできない。それならば俺が中に入って《神の剣》を取って来る」

「それはもっと駄目! 《神の剣》は魔族に対して高い攻撃力を発揮する聖剣。魔王であるゼオが触ったら、大火傷じゃ済まないよ!」


 そもそも魔力が込められている聖剣や魔剣は、そのものが持ち主を選ぶ。

 持ち主以外が柄を握れば、鞘から引き抜けないだけで済めば可愛いもので、最悪その手が消し飛んでしまう事もあるという。


 魔族を打ち滅ぼすために作られた聖剣の頂点《神の剣》と、その魔族の頂点たる魔王とでは相性が悪すぎる。


 どうしたら、と思案した直後、その場に魔法陣が顕現し、ぺリノールとギャレスが現れた。

 神殿からの緊急事態の報告を受け、転移魔術を使用したらしい。


 そして閃く。ギャレスは《神の剣》の正当なる持ち主だ。

 聖剣は、持ち主の声に応えると言われている。彼が呼べば、《神の剣》は彼の手に来るはずだ。


「エレストリア! これは一体どういう事だ!」

「詳しい説明は後で! ギャレス殿下、今すぐ《神の剣》を呼び寄せてください!」

「《神の剣》を? 何故……」

「良いから早く!」

「……すまない、エレストリア。それは俺にはできないんだ」


 もったいぶってやらないという訳ではなさそうなギャレスに、私は言葉に詰まった。


「何で……」

「《神の剣》は確かに俺が受け継いだ。しかし、剣には認められなかった……触れることは許されたが、俺では鞘から引き抜けなかったんだ」

「そんな馬鹿な! 殿下が《神の剣》を受け継ぐ時に、鞘から引き抜けるかを確認しているはずでしょうっ?」


 流石に、国王とて剣を引き抜けなかった者を勇者とは認めないはずだ。


「それは、セリナが……」

「……結果をちょろまかしたと?」


 急に歯切れ悪くなったギャレスに、私が目を細める。

 まぁ、あのセリナなら自分がギャレスルートのハッピーエンドを迎えるためにそのくらいはやるだろうな。


 ギャレスが《神の剣》を扱えないとなると、剣を使っての正攻法で瘴気を祓う事はできない。

 ただ、《神の剣》は瘴気を祓う力を持つ聖剣だ。色々と試すだけの価値はある。

 少なくとも浄化魔術が使える者がいない時点で、瘴気を祓う方法はもう《神の剣》しかないのだ。


「……やっぱり、私が行くしか……」

「だからそれは駄目だ」

「あのー……」


 私とゼオが再び言い合いを始めそうになったところで、ぺリノールが挙手と共に口を挟んだ。


「《神の剣》があの瘴気塗れの部屋にあって、何とかして取ってこようとしている状況、ということで合っていますか?」

「ええ、その通りよ」

「それなら、僕が行きましょう」

「えっ? いくらぺリノールでもそれは……」


 彼が国家魔術師団長である事は理解しているが、それでもこれだけの瘴気の中に入っていけるのか、その心配が伝わったようで、ぺリノールは僅かに苦笑した。


「僕はこれでも国家魔術師団の団長ですから、瘴気の中に身を投じるくらい何てことありませんよ。それに、《神の剣》の手入れをするのは歴代国家魔術師団長の仕事です。僕なら《神の剣》に触れることができます」

「……じゃあ、頼むわ」

「エレス様のご命令とあらば、喜んで」


 ぺリノールは一礼すると、聖女の部屋に向き直って一度深呼吸をした。


 小さく呪文を唱え、自らを守る防御陣を展開した直後、ゼオの張った結界を擦り抜けて部屋に足を踏み入れて行った。

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