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第十五章 精霊の宝玉

 精霊女王のヤエルは、私を見てにこっと微笑んだ。


「アタシはね、強い女の子と弱い男が好きなの」

「……なるほど?」


 変わった趣向だが、つまりゼオは嫌いだけど私は好きだという事で良いだろうか。


「だから話くらいは聞いてあげても良いわ。何か用があってわざわざここまで来たんでしょう?」

 

 彼女は手近の岩に腰掛け、足を組んだ。スリットから太腿が覗いて目のやり場に困る。


「ああ、《精霊の宝玉》は今お前の手元にあるか?」

「あるけど? それがどうしたのよ?」

「《精霊の宝玉》を狙っている人間がいる。絶対に渡さないで欲しい。必要があればこちらが預かるか、もしくはこの谷に俺の部下を派遣し護衛させても良い」


 ゼオが説明すると、ヤエルは怪訝そうに眉を寄せた。


「事情が見えないんだけど、どういう事? そもそも、何でその人間は《精霊の宝玉》を狙うの?」

「三種の神器を揃えることで、聖女の特級魔術を習得する事が狙いのようです」


 私が応えると、ヤエルは目を瞠った。


「聖女の特級魔術って、時を戻す伝説の魔術じゃない。そんな事本当にできるの?」

「彼女にそれができるかどうかはわかりませんが、できてしまっては困るから阻止しに来ているんです」

「なるほどね……」


 ふむ、と頷いて、彼女は空を見た。


「……その人間がどうして時間を戻す魔術を習得したいのかは知らないけど、私利私欲で《精霊の宝玉》を狙っているのなら、この谷には入ることさえできないわ」


 そうえいば、ゲームでもそういう設定だったな。

 その前の選択肢を誤らずに進む事で、精霊の谷に辿り着けるのだ。


 つまり、セリナが私利私欲にまみれていても、ゲームのシナリオを知っている以上ここへ到達する可能性は充分にあるという事だ。


「《精霊の宝玉》を守る術が、さっき私が見た幻影だけなら、不十分だと思います」

「……何ですって?」


 ヤエルが不愉快そうに眉を寄せる。


「セリナ……その人間は、何をしでかすかわからない怖さがあります。カルネリアン帝国とルベウス王国が不可侵条約を結んだ後、約定違反になりうることを平気でやろうとするくらいですから」

「ルベウスとカルネリアンが不可侵条約を結んだ?」


 ああ、そうか。精霊の谷にはまだ魔族の帝国と人間の王国の事情は届いていなかったか。

 私は、これまでの経緯をかいつまんで説明した。


「ああ、そういう事……やっと腑に落ちたわ。《精霊の宝玉》を狙っているのが、異世界から召喚された聖女だったのね。そりゃあ、条件さえ満たせば特級魔術が使えてもおかしくないわ。まぁ、何があっても《精霊の宝玉》を人間にくれてやることはないけどね」


 ヤエルがうーん、と唸る。


「となると、この精霊の谷に到達するのも時間の問題……」


 彼女が言いかけた、その時だった。


「っ!」


 ヤエルがハッとした様子で立ち上がった。

 直後、少し先の景色が陽炎のように揺らぎ、そこから三人の人間が姿を現した。


 セリナとヴァルダン、そしてグラントだ。

 ケイロンの捕縛魔術からもう解放されたのか。私達と入れ替わりでヴァルダンかセリナに助けられたのだろう。


 ヴァルダンは、私の肩を抱くゼオに、わかりやすい程の敵意と殺気を放っている。


「……へぇ、精霊の谷に入って来られたのね」


 ヤエルが目を細める。

 直後、セリナが私とゼオを見て忌々し気に顔を歪めた。


「……何でアンタたちがここにいるのよ?」

「俺がどこにいようと、お前には関係無いはずだ」

「今のゼフィリオ様は私が好きなゼフィリオ様じゃない。すぐに目を覚まさせて差し上げますわ」


 セリナが、妙に勝ち誇った顔で嗤う。


 その態度に、ゼオも眉を顰めた。

 セリナは後ろに控える二人を顧みることなく、口を開く。


「ヴァルダン」


 名を呼ばれたヴァルダンが応じる。

 両手を頭上に掲げ、大声で叫んだ。


究極攻撃魔術ウルティマテインペタム!」


 ゴゴゴ、と地鳴りが響く。

 彼が掲げた手の上に、物凄い量の魔力が集まり、激しく渦を巻き始めた。


 あんなもの投げられたらひと堪りもない。

 どうするのかとゼオとヤエルを見るが、二人は全く動じていない。


「……人間のくせに、なかなか強い攻撃魔術を使えるようね」


 やれやれと溜め息を吐き、ヤエルは右手を掲げた。


「精霊女王相手に、ただの攻撃魔術を繰り出すなんて、愚の骨頂よ」


 凄絶な笑みを浮かべて、彼女は何か呟いた。

 直後、ヴァルダンの頭上に集まった膨大な魔力が、一瞬にしてヤエルの右掌に吸い込まれてしまった。


「なっ!」


 絶句するヴァルダンと、驚くセリナ。


 私も何が起きたのかわからず、ゼオを振り返ると、彼は肩を竦めた。


「精霊は、そもそも魔力を主食とする生き物だからな。攻撃魔術を使ったところで、魔力を根こそぎ吸われて終わりだ……人間は意外とこの事を知らないようだな」


 そんな設定、ゲームにあっただろうか。

 少なくともそんな描写はなかったはずだが、明言されていなかっただけか。


「……人間の男にしてはそこそこの魔力。お前、嫌いだ」


 言うや、ヤエルは右手の人差し指でヴァルダンを指し、ふっと横に振った。

 刹那、彼の姿がその場に掻き消えてしまう。


「ヴァルダン! 何をしたのっ?」

「アタシは強い男が嫌いなの。だから出て行ってもらっただけ。殺してはいないから安心して」


 言いつつ、ヤエルがセリナを見る。


「……弱いわね。アタシは弱い女も嫌いなの」


 ヤエルは、ヴァルダンにしたのと同じように、セリナも指差し、その場から消してしまった。


「……呆気なく消えたわね」


 思わず呟く。

 と、残されたグラントが、見るも哀れなほどに青褪めてガタガタ震えている。

 セリナとヴァルダンに連れて来られたのだろうが、私を誘拐した事で自分が魔王から咎を受ける可能性に気付いたのだろう。


「……エレス、一応聞くが、あれは?」

「グラント・コラール公爵、ルベウス王国の王弟で、今朝私を攫った張本人です」

「エレストリア嬢! 僕はヴァルダンに脅されただけです!」


 ゼオの圧倒的な魔力を前に、グラント膝を衝いた。


「脅されていたって割には、随分楽しそうに魔王城に侵入してきてたじゃない? それでいざ目の前に魔王が現れたら跪くなんて……流石に虫が良すぎると思うんだけど」


 侮蔑を含んだ目でグラントを睨む。

 と、ヤエルが何故かグラントを見て目を輝かせた。


「……ヤエル?」


 その異様さに気付いたゼオが名を呼ぶと、ヤエルはさっとグラントに寄り添った。


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