第十三章 特級魔術
ゲームの中で、ヒロインが特級魔術を使えるようになる条件は、魔術レベルを九十以上に上げること、それと三種の神器と呼ばれる三つのアイテムを入手する事だった。
セリナは、特級魔術を使えるようになるのは時間の問題だと言っていた。
となると三つのアイテムは既に入手済みだと考えておいた方が良いだろう。
あとは魔術レベルを上げる事。
この世界では具体的なレベルの数値を見る事はできないが、あの異空間で戦った時の事を考えると、彼女の魔術レベルはゲームで言うところの三十くらいだったはずだ。
そこから九十まで上げるのはそう簡単な事ではない。
「……まさか」
ゲームには、魔術レベルを上げるアイテムもする。
《魔女の種》という名前のそれは、ゲームでは十個までしか手に入らない仕様だったが、それはあくまでもゲーム上において手に入れられる場所が十か所しかないというだけであって、この世界で探し回ればもっと存在していてもおかしくはない。
それで自信満々だった訳か。
だとすると時間がない。
急いでセリナを止めないと。
しかし、どうする。一人で動くには情報が少なすぎる。
一刻も早くゼオと合流すべきだろう。
そう思った矢先、部屋の扉がノックされた。
「……誰?」
警戒しながら尋ねると、扉が開き、グラントが姿を見せた。
「やぁレディ、ご機嫌麗しゅう」
わざとらしく一礼して部屋に入り、彼は眉を顰めた。
「……枷を、どうやって外したんだい?」
「貴方には教えません。私は帰ります」
「簡単に帰すと思うかい? ヴァルダン程じゃないけど、僕もそれなりに君を気に入っているから、そう簡単に帰すつもりはないよ」
グラントは右手を掲げながらにやりと笑う。
何度やっても、多分また眠らせる魔術を使われて終わりだ。
何か手立てはないか。
誰か強い魔術師がいれば。
そう考えた時、ふとある人物の特性に思い至った。
「……来い! ケイロン!」
名を呼んだ瞬間、黒髪の青年が目の前に姿を現した。
「お呼びいただき恐悦至極にございます。エレストリア様」
恍惚の表情で恭しく私に片膝を衝いたケイロンには正直ちょっと鳥肌が立ったが、強力な味方が現れてくれた事にはほっとする。
昨晩の決闘の末、ケイロンは私の奴隷になった。
この《奴隷》というのが、実は魔術による主従契約であり、奴隷は主の命令には絶対服従、呼びかけられたら速やかに応えなくてはならない、というものなのだ。
そう、主に呼ばれれば何をおいても現れなければならない。
逆に言えば、主から呼ばれれば、奴隷はその主の居場所がわかるという事。
「……魔王の側近か」
グラントが忌々し気に吐き捨てる。
彼の得意魔術が遮蔽や催眠などの特殊系である事はわかっている。戦闘になればケイロンには勝てないだろう。
「ケイロン、グラントを倒して。でも殺したらダメよ。最後は縛り上げて」
「承知いたしました」
私の命令に、ケイロンは迅速に従った。
それはもう、感嘆に値するほど鮮やかな手つきで魔術を放ち、グラントをあっという間に捕縛魔術で縛り上げてしまったのだ。
手も足も出ず、魔力封じの魔術も掛けられたグラントは諦めた風情で項垂れた。
「……何で魔王の側近が……」
ぶつぶつ文句を言っているが、彼に構っている暇はない。
「ケイロン、現状報告を。今、ゼオが把握している内容を教えて」
「今朝方、ルベウスのヴァルダン王太子の謁見申し込みに応じ、挨拶のみで引き下がった事で違和感を抱き、急いでエレストリア様のお部屋に戻られましたが、その時にはエレストリア様のお姿はなく、他の者の魔力も痕跡も一切ありませんでした」
うん、そこまでは予想通りだ。
グラントは本当に遮蔽魔術が得意なようだ。魔王の眼さえ誤魔化せるなんて。
「当然、タイミング的にヴァルダン王太子を疑いましたが、証拠もありません。魔王様は全力で探知魔術を行使しましたが、この世界のどこにもエレストリア様の気配を察知する事はできませんでした……おそらく、この屋敷全体に遮蔽魔術が掛けられているのでしょう」
それも予想の範疇内。
「私が攫われてからどれくらい経っているの?」
「およそ六時間です。日暮れまでにエレストリア様が戻らなければルベウスを総攻撃すると、先程ルベウス王国に使者を送りつけたところです」
窓の外を見る。
太陽は少し傾いているが、まだ日が沈むまでは時間がありそうだ。
「ケイロン、すぐに転移魔術でゼオの所に移動して」
「仰せのままに」
一礼したケイロンが転移魔術を使おうとした時、グラントが慌てたように口を挟んできた。
「ちょっと待ってくれ! 僕はこのままなのかっ?」
「五時間もすれば捕縛魔術は解除されますから、その間くらいは大人しくしていたらどうです?」
ケイロンが軽蔑するような目でグラントを睨む。
彼の捕縛魔術は何もしなければ五時間で効き目が切れるのか。
覚えておこう。
「その間にヴァルダンが来たらどうするんだ!」
そういえば、ヴァルダンに私の誘拐を頼まれたって言っていたっけ。
「別にどうもしないわ。貴方がしくじった事になるだけでしょう?」
「冗談じゃない! アイツ、エレストリア嬢の事になると冗談も通じなくなるんだ! 誘拐したエレストリア嬢に逃げられたなんて知られたら、僕が殺される!」
「それは身から出た錆と言うやつでしょう? 誘拐に加担なんかするからよ」
私は呆れて嘆息した。
二人の事情なんて知ったこっちゃない。
「ケイロン、転移を」
「転移魔術!」
素早く応じたケイロンが唱えた瞬間、私は禍々しくも愛おしい、あの玉座の間に移動した。
「エレス!」
私の姿を見た瞬間のゼオの表情ときたら。
魔王なのに、そんなに破顔して良いのか。ああもう、駄目、好き。
ゼオは憚ることなく私を抱き締め、深々と息を吐き出した。
「ああ、無事で良かった……! すまない、俺がついていながら……」
「良いの。私こそ不覚だった。心配かけてごめん……それより大変なの。聖女セリナが、三種の神器と魔女の種を集めてる。これが集まったら、特級魔術が使えるようになって、時間を戻されてしまう!」
「何? あの小娘、何を考えているんだ……」
ゼオが剣呑な顔で呟く。
彼も聖女の特級魔法については知っているだろう。
「多分、私とゼオが出会う前に時間を戻して、自分がゼオと出会うように未来を書き換えるつもりなのよ」
「何? 俺とお前の出会いを無かったことにされてたまるか」
ゼオは本気で不愉快そうに眉を顰め、右手を前に掲げた。
「探知魔術!」
目を閉じて唱え、その直後にゼオは忌々しげに舌打ちをしたのだった。
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