第十一章 裏の顔
ケイロンは無詠唱で氷の刃を顕現させ、私に向かってそれを飛ばした。
「っ!」
飛翔魔術を発動したままだった私は空中でそれを回避して、間合いを詰めようと試みるが、ゼオを投げ飛ばした瞬間を見ていた彼は私の動きを警戒していて、なかなかそれが叶わなかった。
どうしたら彼の懐に飛び込めるだろうか。
そう思案した私の脳裏に、あるアイデアが浮かぶ。
ケイロンはゲームにも登場する、中ボス的なキャラだ。
しかしゲームファンには有名な、彼の弱点があるのだ。
「砂塵魔術!」
私が唱えた瞬間、魔力が砂嵐となって彼の周りを取り巻いた。
この魔術は精々数秒間だけ視界を遮る程度で、攻撃力は皆無だ。
しかし、それでもケイロンには耐え難いはずだ。
「ひぃっ!」
案の定、ケイロンは砂嵐の中で短い悲鳴を上げた。
何せ彼は、大の潔癖症なのだ。
常に手袋をしているのも、手を汚すことが耐えられないからであり、砂埃にまみれるなど、彼にとってはあり得ない苦痛なのだ。
これはゲームを制作している会社の公式サイトに載っていたキャラの裏設定であり、ゲーム中では彼が潔癖症という描写はない。
しかし、この世界でもその裏設定は合っていたようだ。
彼が取り乱した一瞬の隙を衝いて、私は彼の懐に飛び込み、彼に内股を掛けてその場、屋根の上に押し倒した。
そのまま、彼の右腕を掴んで腕挫十字固めで押さえ込む。
「あだだだっ! くそっ! この程度……!」
ケイロンは魔術を発動させようとしたが、それは叶わなかった。
彼を抑え込みながら、私は彼に魔術封じの魔術を掛けたのだ。
平常時のケイロンに魔術封じの魔術を掛けようとしても効果は出ないだろうが、このように物理的に押さえつけていればそれも効きやすくなる。
こうなれば、術の発動中はケイロンは魔術が使えない。
「降参しないなら腕を折るわよ」
容赦なく、ぎりぎりと腕を締め上げると、彼は歯を食いしばりながら「降参だ」と負けを認めた。
「……ふぅ。これで、私をゼオの花嫁だと認めてくれるのよね?」
拘束を解いて立ち上がりながら尋ねると、彼は大の字に寝そべったまま、呆然と私を見つめ、小さく何かを呟いた。
聞き取れずに聞き返すと、彼は一瞬にして立ち上がり、かと思えば素早く片膝を衝いて私に跪いた。
「エレストリア様! 私は感服致しました!」
私を見上げて来るキラキラした目に、嫌な予感を覚える。
何これ、物凄い既視感なんだけど。
「魔術師としての力量の差を埋める体術、素晴らしい! 喜んで奴隷になりましょう! ですので是非今後も私を締め上げてください!」
おん? 何言ってんだコイツ。
意味不明な事を口走ったケイロンに私がドン引きでいると、彼は恍惚の表情で語り始めた。
「私は常々、強い女性に罵られたい、痛めつけられたいという欲望を抱いておりましたが、私より強い女性は存在せず、半ば諦めていたのです……しかし! エレストリア様が私の目の前に現れた! これはまさに神のお導き!」
「魔族が神の導きを信じて良いの?」
咄嗟にツッコミを入れると、何故かケイロンはますます惚れ惚れとした様子で嘆息する。
「ああ、打てば響くその反応速度、本当に素晴らしい! エレストリア様は私の理想です! あの荒野で、強い魔力を感知した時から、運命の歯車は回り始めていたのです!」
「荒野で魔力を感知?」
初めて会ったあの荒野のことか。
魔王の側近がたった一人で何をしているのかと思ったが、まさか私の魔力を感知して様子を見に来ていたのか。
「ええそうです! 行ってみたら、女性はあの雑魚聖女しかおらず、残念に思いましたが、エレストリア様の魔力はお強かったので魔王様の手土産としたのです。そしたらなんと! エレストリア様が女性だったと知り、私も罵られて締め上げられたいと! それでここまで馳せ参じた次第にございます!」
なんだか暑苦しいなコイツ。本当にあのケイロンなのか?
ドSで残虐な性格だと思っていただけに、動揺が隠しきれない。
「……悪いんだけど、私はゼオの花嫁だからね?」
念のためそう告げると、ケイロンはブンブンと首を縦に振った。
「勿論それは承知しております! 御身はいずれゼフィリオ様の奥方……カルネリアン帝国の皇后になるお方、それはつまり私の女王様ということです!」
「ちーがーうー!」
彼の言う女王様って、絶対意味が違うと思う。
まさかあのケイロンが、実はこんなにドMだったなんて。
前世の世界のケイロンファンに教えたら泣くだろうな。
っていうか、ケイロンがこんなドMだと知っていたら、「私が勝ったら奴隷になれ」だなんて言わなかったのに。失態だ。
そんな事を考えつつ、私は額を抑えた。
と、その時、目の前に魔法陣が顕現した。
「っ!」
驚く間もなく、一瞬にして目の前に愛しのゼフィリオが姿を現す。
ああ、月夜のゼオも格好良い。好き。、
「ゼオ!」
「ゼフィリオ様!」
ケイロンが青ざめた様子で敬礼する。
「……ケイロン、お前はここで何をしていた?」
その問いは、答えを知っていてあえて尋ねているような響きを帯びていた。
「……エレストリア様が、ゼフィリオ様の花嫁に相応しいか、確認をしておりました」
「俺が自ら認めた花嫁を、お前が認めないと言うのか?」
「いいえ! 決してそのような事は……っ!」
ケイロンが声を引き攣らせて弁明しようとするが、ゼオは冷たい眼差しを向けるだけだ。
「ゼオ、ケイロンはゼオのことを心から尊敬してるんだよ。だから、私がゼオの花嫁として相応しいか自分で確かめたかっただけなんだよ」
目の前で二人が争うのは見たくなくて、結果的にケイロンを庇ってしまった。
すると、ゼオは私に悲しそうな目を向けた。
「エレス、お前はケイロンを庇うのか?」
「違うよ。ゼオにとって、ケイロンは信頼できる部下なんでしょう? 私のせいで二人に喧嘩して欲しくないだけ」
そう言うと、私の背後でケイロンが歓喜に満ちた顔をしたのが気配でわかった。
「それに、ケイロンなら私が自力でゼオの花嫁に相応しいって認めさせたから、大丈夫だよ。私がちゃんと締めたから」
色んな意味でな。
内心で付け足すが、ゼオはまるでそれを聞き取ったかのように眉を顰めた。
「……エレス、約束してくれ。今後私のいないところで、戦わないと」
「うん?」
「エレスが強いのはよくわかっている。だが、万が一があったら俺は後悔してもしきれない」
え、ゼオ様、そんなにも私のことを想ってくれていたの? やだもう、好き。
真剣な顔をしているゼオに対して、うっかり恍惚の表情を浮かべてしまいそうになり、慌てて顔を引き締めた。
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