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第十章 王太子ヴァルダン

 その夜、私は荷造りもあるため実家に留まり、ゼオとケイロンは魔王城へと戻っていった。


「明日迎えに来る。おやすみ」


 そう耳元で囁いたゼオ。良い声過ぎる。好き。


 脳内でゼフィリオ祭りを開催しつつ、私は久しぶりのふかふかベッドで眠りについた。


 連日の旅と野宿に加えて魔王城と王城でのやりとりを経た私は間違いなく、疲労困憊だった。


 だから気付かなかった。


 何者かが部屋に侵入した事も、その侵入者が私を攫おうと担いだ事も。


 目が覚めた時には、既に馬車に揺られていた。


「っ! えっ! 嘘! どういうことっ?」


 目が覚めて、状況を把握できずに叫ぶと、目の前にいた人物がすまなそうに眉を下げた。


「エレストリア嬢、手荒な真似をして申し訳ない」

「……ヴァルダン殿下」


 そこにいたのは、艶やかな白い髪に緋色の瞳の青年、ルベウス王国第三王子にして王位継承権第一位の王太子である、ヴァルダン・ルベウスだった。

 

「これは、一体どういうことですか?」


 馬車は、豪華な装飾の施された王室専用のものだと知れる。

 そんなものを使って私を誘拐したとあっては、折角締結した不可侵条約が破棄されてしまう。


「兄上と貴方の婚約が解消されたと聞きました」

「ええ、その通りです。そして私はカルネリアン帝国のゼフィリオ皇帝陛下と婚約しました」

「どうして……っ! 私が生まれた時には貴方は既に兄上の婚約者だった! だから諦めていたのに! 折角婚約解消になったのに、別の男の元になんて行かせたくない!」


 思い詰めたように叫ぶヴァルダン殿下。


 ああ、思い出した。

 彼もまたゲームの攻略対象だが、彼は第三王子にして王太子という複雑な立場故か、ややメンタルが不安定になりがちで、ヒロインに心の拠り所としての役割を求めてくるのだ。


 そして、彼は登場キャラの中でぶっちぎりの『ヤンデレキャラ』だった。

 それこそ、ヴァルダンルートのバッドエンドは、彼との信頼関係を築けず、彼に囚われて一生を王城の塔の中で過ごすというものだった。


 どういう訳か、彼のその想いの対象が、ヒロインではなく私に向いている。


 まずい。これは大変まずい。


「……不可侵条約は既に締結されました。私に手を出せば、カルネリアン帝国がルベウス王国を侵略しますよ」

「そうなれば、私が全力で貴方を守ります!」

「国は? 滅んでも良いと?」


 私が鋭く聞き返すと、殿下はうっと言葉に詰まった。


 仮にも王太子が、国の危機よりも一介の公爵令嬢を優先するなど、絶対にあってはならない。


「……ヴァルダン殿下、今なら間に合います。私を家に戻してください」

「……っ! 嫌だ! 貴方を他の奴に渡したくないんだ!」


 ヴァルダン殿下の黄金の眼に、昏い光が宿る。


 ああ、ヤンデレ特有のあれだ。


 私はすんとした顔になりつつ、どうしたものかと思案した。

 このままでは私は連れ去られてしまう。明日の朝ゼオが迎えに来て私が屋敷にいなければ、彼は不可侵条約が破棄されたとして、ルベウス王国を侵略するだろう。


 それでは今までの苦労が水の泡だ。

 何より、私がゼオに心配をかけたくない。


「……じゃあ、力尽くで脱出しますね」


 笑顔で言い放つ。

 幸い、眠った状態のまま連れ去られただけで、手足は拘束されていない。


 私は思い切り殿下の顔面に拳を叩きつけてやった。


「あぶっ!」


 殿下が後ろに反り返り、馬車の壁に後頭部を打ち付ける。


「ヴァルダン殿下、申し訳ありませんが、私に言わせると、殿下は()()()()んです。ごめんなさいね」


 何が、とはあえて言わないで、私は馬車の扉を開け、走っている馬車から飛び降りた。


「えっ! エレストリア嬢!」


 驚いた様子の殿下が馬車から顔を出した瞬間には、私は飛翔魔術を用いて空に舞い上がっていた。


「……魔術が使えて助かったわ……」


 それにしても、第三王子のヴァルダン殿下が、よもやこんな暴挙に出ようとは。

 流石に予想外だ。


 今まで彼とは、ギャレス殿下の婚約者だった時に何度か話した事はある。しかし、彼が私に好意を持っているとは夢にも思わなかった。


「……この事は、ゼオには黙っていた方が良さそうね」


 呟きながら、飛翔速度を上げる。

 随分屋敷から離れてしまっていたが、飛翔魔術であれば数分で戻れるだろう。


 と、屋敷が見えてきたその時、屋敷の屋根に見知った人影を見つけて息を呑んだ。


 すらりとした肢体、月明りに輝く漆黒の髪に、その背に広がる蝙蝠の羽。


「……ケイロン?」


 ゼオの側近が、たった一人で私の実家に来ている。

 何故だ。


 嫌な予感が、ひしひしと私の胸を苛む。

 まったく、次から次へと、厄介な。


 彼の今までの態度から、私のことを認めていないのは明白。

 もしかして、ゼオの目がないところで私に危害を加え、その責任をルベウス王国側に押し付け、ゼオに王国を滅ぼさせようとしているのではないか。


 魔族は基本的に人間を嫌う。その可能性は充分ありうる。


「……エレストリア様、このような夜更けに、どちらへ?」


 低く尋ねる声色に、感情はない。

 

「……ちょっと、外の空気を吸いに」


 バレバレの嘘だと思いつつそう誤魔化すと、ケイロンは黒曜石のような瞳を剣呑に細めた。


「……私は、貴方をまだ認めてはいません」


 やはり、私を殺しに来たのか。


 ケイロンがその気なら、私も全力で相手をするまで。

 私は気合を入れて身構えた。


「しかし」


 ケイロンの語調が、僅かに和らぐ。


「ゼフィリオ様を投げ飛ばした貴方は、もしかしたら()()なのかもしれないと……」


 よくわからない事を呟いたかと思うと、彼は手の平を上に向け、人差し指をくいと曲げて私に「ここへ来い」と訴えた。


「……エレストリア様、今一度私とお手合わせくださいませんか」


 ケイロンは胸に手を当て、頭を下げる。


「手合わせ?」

「貴方が私に勝てるだけの力があるならば、私も貴方をゼフィリオ様の花嫁と認めましょう」

「……そういうことなら構わないけど……貴方が勝ったら、私はどうしたら良いの?」

「花嫁の座を、自らの意思で辞退していただきます」


 そんな事をすれば、不可侵条約は破棄されるだろう。


「……ちょっと賭けるものの重さが吊り合わないんじゃない?」

「貴方が勝てば問題無いのでは? 最初から負ける心配ですか?」


 ニヤリと笑うケイロンに、カチンときた私は思わず言い返した。


「じゃあ、私が勝ったら、貴方は私を認めた上で、私の奴隷になりなさいよ!」


 人間の私に負けた上に、その人間の奴隷になるなどと、ケイロンのプライドが許さないだろう。


 彼を挑発する意味も込めてそう言ったのだが、彼は何故か妙に高揚した様子で頷いた。


「良いでしょう! では、始めますよ……!」


 言うや、ケイロンは私に向けて右手を突き出した。

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