序章
この世界には、人間と魔族が存在している。
魔族はその強大な力で徐々に勢力を増し、人間の国をどんどん呑み込んでいった。
大陸のほとんどが、魔族の国《カルネリアン帝国》の支配下に落ち、なんとか侵略を防いでいた大陸南端の人間の国《ルベウス王国》は、藁にもすがる思いで聖女を召喚した。
聖女は、その国の勇者と力を合わせてカルネリアン帝国の皇帝である魔王に挑む―――――。
というのが、この世界の大まかな筋書き。
私は残念ながらヒロインの聖女ではなく、悪役令嬢として登場するエレストリア・プラテアードという名前の公爵令嬢だ。
そんな私の前世は平凡な日本人の女の子―――――ではなかった。
小さい頃から体格に恵まれ、ちょっと格闘技を齧れば大会を総なめにし、小学生の頃から男子と喧嘩しては圧勝し、ついたあだ名は『メスゴリラ』だった。
そして高校で空手部に入り、更なる高みを目指していたのだけど、不慮の事故により、生涯を終えた。
メスゴリラと呼ばれた剛腕女子も、流石に大型トラックには勝てなかったのだ。
そして、エレストリアとして生を受けた私が、この世界が前世で密かにプレイしていた恋愛シミュレーションRPGゲーム《セイントクエスト〜魔王討伐と聖女の恋〜》の中だと気づいたのは、つい先日の十七歳の誕生日だった。
唐突に前世の記憶が頭の中に流れ込み、全てを理解した。
同時に、私の宿命、悪役令嬢の末路も思い出した。
悪役令嬢エレストリアは、五人の攻略対象のうちのある人物とヒロインがハッピーエンドを迎えると処刑されてしまうのだ。
その人物とは、そもそもエレストリアの婚約者である、ルベウス王国の第一王子ギャレスだ。
ヒロインがそれ以外のルートに進めば、ヒロインのエンディングがどうなろうと、悪役令嬢が処刑されることはないので、私はその可能性に賭けていた。
しかし私の願い虚しく、つい十日前に召喚された聖女セリナは、ギャレスルートに突入してしまった。
ヒロインが攻略ルートに入ると、そのキャラは次代勇者として魔王討伐に出る事になる。
ギャレス殿下も例に漏れず、つい昨日、次代勇者として国王陛下から聖剣を授けられてしまったのだ。
正直、親が決めた婚約者であるだけなので、ギャレス殿下には情はあっても、愛はない。
そもそも、前世の記憶が戻ってから、好みのタイプも前世の人格に引っ張られたため、今の私は無類の筋肉フェチだ。
そんな私にとって、細身のギャレス殿下は好みじゃない。
なので、ヒロインがギャレス殿下をもらってくれるならそれで良い。ただ、処刑だけは勘弁してほしい。
しかし、何故かセリナは私を最初から目の敵にしていて、私が何もしていないのに勝手に転んで私に足を掛けられたとギャレス殿下に訴えた。
ギャレス殿下はまさか私がそんな事をする訳ないだろう、という顔をしていたが、最終的にはセリナの言う事を信じてしまった。
このままでは、やっていない事まででっち上げられて、ゲームのエンディングのように、私は処刑されてしまう。私はそう直感した。
どうすれば処刑を回避できるか熟考の末、閃いた。
勇者になれば処刑されないのではないか、と。
魔王を倒し、魔族の侵略を阻止すれば、誰でも勇者として認められる。そうなれば処刑されないどころか、国王陛下からは褒美ももらえる。
先代の勇者は数十年前に魔王軍に敗れたと聞く。
次代勇者としてギャレス殿下が国王陛下から魔王討伐を命じられてはいるが、実際にはまだ何も功績を挙げていない状態なので、今ならまだ私が付け入る余地はある。
うん、それしかない。
我ながら短絡的だが、自ら行動して幸せを掴みどるという発想は、前世から変わらない。
ただ大人しく死を待つくらいなら、自分から魔物に挑む方が百倍マシだ。
それに何より、魔王は前世の私の最推しキャラクターだ。とりあえず直接この目で見てみたい。
万が一討伐に失敗しても、魔王様に殺されるのならば本望ですらある。
そうと決まれば、私は自分に変化の魔術を掛けた。
エレストリアは、ゲームの中では魔術は使えない設定だったはずだが、どういう訳か私が前世の記憶を思い出してから急激に魔力量が増え、ある程度の魔術も使えるようになっていた。
とはいえ、魔術師としての修行は積んでいないので、高度すぎる魔術は残念ながら使えない。
だが初級レベルである変化魔術で見た目の性別を変えることくらいは造作もない。
私は魔術で髪を短くし、同年代の少年の姿に化けた。
別に男に変装する必要はないが、万が一私が公爵令嬢のエレストリアだと露見すると旅もしづらくなるのと、武術をやっていた前世で筋力の限界から男に生まれたかったと思っていた反動である。
変化魔術はあくまでも自分の体を変化させる術なので、服装までは魔術で変えられない。
男物の服は持っていないが、体格が大きく変わるわけではないので、乗馬の時に着用していたシンプルなズボンとシャツに着替えた。
「なかなかイケてるじゃん」
鏡の前に立ち、にやりと笑う。
今の私はどこからどう見ても少年だ。
そうして私は、しばらく家を空けるが心配しないでくれと置き手紙を残して、家を出たのだった。
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