4話
4話 天眼
「───共同戦線と洒落込みましょうか」
ダフニーは自室で机の上に紙を広げ資料が足りない事に気がついた。
「ヒメヒーここの資料どっか持っていった?」
「持って行っていない」
次の任務の準備をするヒメヒオウギはダフニーの方を振り返って応じた。
「おっかしいなぁ…丁度見たい資料がない」
ダフニーはヒメヒ以外に自室に入れた人物を思い出す。
回想
「君がボクの部屋を掃除とはどーゆー風の吹き回しだい?」
ダフニーは仮面越しでもわかる程ニヤついた顔でカイドウに問う。
「貴方は怪しいですが、今後はあくまで上司ですから、尊敬の意をと思いまして」
「ほほぅ…ボクの偉大さによーやく気付いてくれたのかい、いい心掛けじゃないか」
ダフニーの思考はそこで終わりガタッ!!と机を叩くように立ち上がった。
「どうした」
「ヒメヒ今カイドウくんがどこにいるか探してきて!」
ヒメヒは淡々と応える。
「今から私は神宮警備だ。間に合わない」
「ぐぅ~~っあの坊主はッッ」
壁にかけられた鏡をタブレットのように操作しカイドウの同行を探したがヒットしなかった。
一方その頃
リクニスは狼と散歩をしていた。
アホ毛の生えた狼、ミヤマカイドウは元気よく山を駆け上がる。
厳密にはリクニスがカイドウに引き摺られている構図だった。
「おッ…おい待て!共同戦線ってなんだっお前は何処に向かってるんだッッ」
カイドウは嬉しくて堪らないといった勢いでずんずんと道を突き進む。
「僕と二人で邪龍に一手をかけに行くんです!その為に要になる物の所に向かっています」
「はぁああ!?!?!」
リクニス部隊の常在所ではモミジが机にあった封筒を開封して他の面々と見つめていた。
「……首席任務命令」
「つまりミヤマくんが自分の権限でたいちょーを任務に駆り出したって事やね」
「すげぇ…」
サビアは報酬の方をみて感嘆していた。
楽観的なしゃもやサビア、モミジをよそにツバキだけは怪訝そうに窓の外を振り返った。
「……」
「僕自分の意思で権限使ったの初めてですッなんかドキドキしました!」
列車に乗り狼から人型になったカイドウはにこやかに言う。
「……話を戻すが、その要になるものがある所はどう行っても元の場所に引き戻されると」
対してリクニスは白い目をしながら任務内容を確認していた。
「そうなんです。でもリクニスさんのその方向感覚があれば辿り着けるのではと思いまして」
以前試験の時
唯一リクニスが有利に到達出来た内容のものがある。
それは迷路攻略。
内容は妖術で空間を歪められた森からゴールを目指すものだった。
自分のすぐ後にゴールにきたリクニスを見てカイドウは驚いた。
「リクニスさんっよくここが分かりましたね」
「ふふん、俺は太陽の光と体内時計を照らして正確な方角が編み出せるからな!お天道様がいる限り下手な小細工は効かねぇなぁ!!!!!」
と当時のリクニスはイキリ散らかしていた。
それを思い出したリクニスは複雑な表情でカイドウの言葉に耳を傾けながら言う。
「それでもお前の方が先に出られたじゃないか」
「そりゃ僕は下手な小細工の方は得意ですから。でも今回は空間が本当に歪んでいるんです。恐らく本来は専用の羅針盤で攻略するものかと」
ゴトンゴトンと揺れる車内と流れる景色をリクニスは眺めた。
「…どこから知ったんだ、その情報」
「企業秘密です」
カイドウの上がる口角と裏腹に翳る目を見てリクニスはため息をついた。
「…まぁいい。どっちにしろ今の俺は首席様の仰せのままに、だ」
「あの坊主~~ッッ!!!!!ご丁寧に断れない案件を全部このボクに引き継がせる手続きを済ませて行きやがってぇえええッッッ」
怒り心頭のダフニーは地団駄を踏んで自室で書類に目を通している。
戻ってきたヒメヒオウギは細い目でダフニーを見た。
ヒメヒは知っている。その仕事は秘書になったカイドウにダフニーが押し付けたものだ。元はダフニー仕事である、とはいえダフニーの部屋から重要書類を盗んで雲隠れなど流石に見過ごせない。
「ダフニー、報告だ。どうやらカイドウは列車に乗って要の場所に向かっているようだ。」
「はいはい、そうだと思ってましたよ。何回かやってまだ諦めないかなぁ」
「……同伴にリクニスがいるようだ。」
ヒメヒは声を低めて加えた。
「リクニスくん?嗚呼…あのトカゲの子?なんでまた」
ヒメヒは応えた。
「恐らく帰省本能を利用する気だ、トカゲは第三の眼と呼ばれる感覚器官がある。それを使えば太陽が登っている間道に迷わない」
ダフニーは顎を押さえて押し黙る。
「トカゲ…第三の眼…なるほどねぇ」
怪訝そうに見るヒメヒにダフニーはゆっくりと振り向いて含んだ笑みで呟いた。
「そういえば、君にも要の真名を伏せていたねぇ
─────
ヒメヒオウギはダフニーの言葉に目を見開いた。
────────────天眼の杯?」
夜になり森の中で焚火を囲みながらリクニスは首を捻る。
「なんだそりゃ?聞いた事ないな」
「はい、僕もよくは知りません」
カイドウは火に木をくべながら続ける。
「ですが、邪龍封じの要に敷かれていたのは確かです」
「それは下手に触らない方がいいんじゃねぇのか?仮にも封印維持を担ってるだろ」
細い棒で地面に杯を書きながらカイドウは言う。
「はい、ですがもう封印に穴がありその要は現在豚に真珠状態なんです」
「どうせ意味ないなら有意義に使いたいと」
「そうです」
リクニスは高い木々が鬱蒼と覆う闇夜を見上げた。
「…それをどー使うんだ」
カイドウは一度目を伏せたのをリクニスは見逃さなかった。ケロリと笑うカイドウはこれ見よがしに朗らかに言い放つ。
「ほら!僕小細工は上手い方ですから邪龍打倒の術とかに組み込めそうだなぁって」
リクニスは寝袋にくるまってカイドウに背を向けた。
「そーかよ。俺はもう寝る」
「えぇー!まだ夜はこれからですよっもっとお話しましょうよぉ…」
返事の帰ってこないリクニスの背中をカイドウは虚空を見つめる様に眺めた。
オオカミが、ニセモノが
天罰を下す光の糸に包まれた戦乙女を殺せと手を振り下ろした。
途端に快活明朗な戦乙女が八つ裂きになる惨状を目にし身に覚えのない衝撃が身体を廻った。
憎悪
嫌悪
怒り
負の感情が堰を切って溢れる中、知らない声音で自分の口はこう言った。
「オオカミヲ殺セ」
最後に赤く散っていく戦乙女を見つめながら目の端でリクニスの見知った声が叫んでいた。
「先生…!」
ガバァッと上半身を起こし飛び起きた。
「おはようございます。随分とうなされていましたね」
心配そうにカイドウはお茶を差し出した。
嫌な汗でべったりと張り付いた背中が明瞭に見せられた知らない記憶を彷彿とさせる。
「…知らん奴の記憶だ。最後に隣で先生が叫びながらこちらに飛び込んでくる瞬間にいつも終わる」
カイドウは眉を寄せた。
「先生ってリクニスさんの恩師ですよね?知り合いの記憶でしょうか」
「知らん。そいつの主観的な目線だから記憶の主自体を見ることが出来ない」
「物怪は新規作成ですから前世なんて事もないでしょうし、残留思念でしょうか」
リクニスは一気にお茶を飲み干し立ち上がる。
「さーな。お茶サンキュ日も登った事だし、さっさと行こーぜっあまり長いしたくねぇ」
カイドウも立ち上がった。
「はい!よろしくお願いします」
「ミーヤーマーカーイードー」
溜まり溜まった仕事と並行して術でカイドウの探知を行っていたダフニーは突っ伏したまま徹夜明けの目で項垂れていた。
ダフニーは仕事や義務などというの縛りが大嫌いだ。自由や解放をこよなく愛するダフニーにとって苦痛以外の何者でもない。
「ダフニー今から迎えそうだ」
壁鏡からするヒメヒの声にこほぉおと声もなくダフニーは突っ伏したまま応じた。
「…本当に辿りつけました」
カイドウは朧気な鳥居の前で立ち尽くしていた。前方で方角を示していたリクニスは嬉々として大きな鳥居に足を進めており、後ろにいるカイドウの様子を見ていない。
「なにやってんだっちゃっちゃとー」
ガクンと重圧に負けて膝を折るリクニスにカイドウは追いついた。
「…ッどういう、了見だ…!」
地面に這いつくばるリクニスは振り絞る。カイドウは自分の術が効いている事を見て表情を変えずに答えた。
「道案内助かりました。後は僕独りで先に進みます、半日もすれば術は解けますから」
「!?ッ待てッふざけんな!何を企んでやがる!!!!!」
暴れるリクニスを後にカイドウは鳥居を潜った。
ダフニーはうってかわってウキウキした足取りで現場に向かっていた。
「いや~~シャバの空気は美味いねぇっあ!たこ焼きヒメヒ買って行こー」
「あんたが外に出られる時間は限られてるだろう。道草食っていいのか」
ヒメヒは呆れたように零す。ダフニーは不満げだ。
「貴重な外出だからこそ楽しみたいんじゃないかぁ、まぁそうも言ってられないか」
ヒメヒは足を止めずに聞く。
「天眼の杯とはなんだ」
「えぇ君心当たりがあるって顔してたじゃないか。あえて言わせるのかい?それともボクの腹を探ってるのかい…?」
「……」
押し黙るヒメヒにやれやれとダフニーは続けた。
「天眼とは天眼の龍神の眼さ、厳密には加護。どーゆーわけかそれは杯という形でいまの今まで邪龍封じの要に敷かれた」
ダフニーはじっと見据え言葉ひとつひとつでヒメヒを絡めてゆっくりと縛るように言った。
「誰が、いつから、などは正確にはわかっていない」
カァァッ
甲高いカラスが何処からか警告のように鳴いた。
足が重い、頭の端で行くなと警鐘がなっている。カイドウは歯を食いしばって部外者を拒む霊圧に耐えてながら目的の杯の前に来た。
「……うぅ、」
杯に手を伸ばす。杯に手が迫る程身体が拒絶して不快な軋みを覚えた。
杯に触れた瞬間
身体に身に覚えのない残留思念が流れこむ。
身体からとめどなく流れる血と意識が混濁するなか、目の前のニセモノ越しに見える光景に自分は最期まで手を伸ばしていた。
「……い、ちる…っ…」
女の声音で口から血が溢れ、嫌な鉄の味を感じた時意識が今に引き戻された。
「─────ぁ」
見れば駆けつけたリクニスに杯を奪われていた。
「……何、故」
「気合いできんだッてめぇの術は今も効いてるよ!!!!!」
忌々しそうに吐き捨てて中身を確認しようと奪った杯の蓋を開けた。
リクニスは何故かそれを間髪入れず煽り出した。
放心していたカイドウは杯に口をつけリクニスの喉仏が上下するのを見て目を見開いた。
「なんてことしてるんですかッ!?!!!!!!」
続