1話
1話 分岐
数多のモノに神が宿る、八百万の神信仰。
その最高神に君臨するのは
太陽の女神「天照大御神」
八百万の神々は天照の傘下に敷かれ、その護衛と保安、そして監視に番人と呼ばれる物ノ怪達が組織していた。
リクニス
それは花の名だ。
物ノ怪は生まれた土地の氏神に植物の名を与えられる。
植物は太陽がないと生きてはいけない。
天照の絶対的支配の印と引き換えに物ノ怪達は個としての自我を認められるのだ。
リクニスは欠伸を殺して立っていた。在り来りな話に集中力を切らし早く終わる事を切実に願い始めていたのだった。
そして番人の集会で壇上に立って朗々と挨拶を述べる眉目秀麗な首席様をぼんやりと眺めていられるのも今日までだと知る由もなかった。
「番人生命終了のお知らせだな」
リクニスは眉間をシワッシワの引きつった笑みで独りごちる。
落胆の理由は成績が芳しくないからだ。
「妖術がネックだなぁ…」
リクニスは選抜試験に来ていた。
「なんで、使えねぇんだろうなぁ…」
リクニスは妖術が使えないのは後天的だ。
幼少期は使えていたのだ。
ある日、その力は無くなった。
色々な事を試した。
初めは楽観していてきっと時が来れば力は戻ってくるものだと思っていた。
だから出来る事はしておこうと先生から習った武術を大事に励んでいた。
きっと、
空いた穴から風が抜けて塞がらない。
きっと、
空いた穴は風化しやがてビキリとヒビが入った。
きっと、
空いた穴のヒビが乾いて拡がり少しづつ剥がれ落ちていくのを感じた。
きっと、
きっときっと、
きっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっときっと
しかし妖術が出来る他の同期の成長に痛みが無いはずもなく。
置いて行かれる劣等感や嫉妬、自分ではどうしようもない状況に僻みや怒りで己を焼く方が先だった。
だからこそ一際煌めくその灯火に目を奪われた。
「すげぇなぁ、それ。どうやって練り上げたんだ?」
ビクッと声をかけられた方は手が止まった。
「悪ぃ邪魔したな……って、あッ!!!!!!?」
リクニスは指差して見覚えのある顔に感嘆の声をあげた。
今朝壇上で挨拶を読み上げていたあの首席様だったのだ。
「あんた今朝壇上にいたやつっ」
限りなく女性的な造形美を称えた顔にメガネをした首席はその言葉に苦笑していた。
「ミヤマカイドウといいます」
「そ、そうかっ俺はリクニスだッよろしくな!」
リクニスは内心動揺していた、妖術の方しか見ていなかった自分の適当加減に既に後悔していた。
「いやぁいいもの見たぜッすっげぇ努力の結晶だな!声かけて悪かったなっじゃ」
「まってください」
カイドウはリクニスを引き止めた。
「なんで努力の結晶ってわかるんですか」
リクニスは質問の意図がよく分からなかった。
「?あ、いや。努力だろ?練り慣れているという動作も使い古された筆も何より研ぎ澄まされた緊張感……」
リクニスは汗だらだらになって語尾が小さくなっていく。もしかして凡人と一緒にされたくない的な感じだろうか。
「リクニスさん」
「は、い」
「また、お話してくださいね」
「……また、な」
リクニスは妙な緊張をしながら踵を返した。
「あれ、俺名乗ったか?」
胸騒ぎがした。絶対にこれだけじゃ終わらない予感がした。そしてたった今大きな分岐点を通過した感覚が身をよぎったのだった。
──────────
以降リクニスはカイドウと絡むようになった。
「リクニスさんっおはようございます!」
「おはよう」
にっこにこのカイドウは朝食をとるリクニスの隣に座った。
「朝は納豆ご飯ですよね!僕納豆大好きですっ」
今日の大発見は首席はお喋り好きという事だった。菩薩のような笑みで聞き役に徹しているイメージだったがどうやら違うらしい。
専門家並に納豆について語りだした。それを上の空で聞いていると何度もちゃんと聞いてますか?と確認が入る。話してるときに少しでも意識が逸れると拗ねるめんどくさい彼女みたいな性格なのだ。
カイドウは本当に「面倒臭い」の言葉に尽きる。
万人受けする優等生の笑顔の裏に穏やかとは程遠い爆発させんばかりの感情を秘めていた。
まずプライドは高い。だが自己肯定感は激低。血の気は多く好戦的でありながら臆病。
首席様などと立場で持ち上げられるのは好きでは無く、あくまでカイドウ本人の人格や実力を認めて貰う事を是としている。
あとお肉が大好きで野菜が嫌い。野菜単体が嫌い
聞くところによると女には好かれるが男にはまるで好かれ無いらしい。だから男友達は出来なかったという。本人は妬まれるからと分析していた。
半分はそうだがもう半分は面倒臭い性格が祟っているとリクニスは読んでいる。
カイドウは自分の事は全肯定して欲しいというオーラの割に自分の事を聞かれるとしどろもどろして教えてくれない。
察してちゃんの極みだ。これが厄介で非常に面倒臭い。この点をリクニスは諦めてガンスルーを決め込むようにしていた。
それが良かったのか、何も聞いて来ないリクニスに安心して懐くようになった。
時間が経てば嫌でも打ち解ける。
選抜が終わる頃にはリクニスはカイドウの扱いに慣れてきた感さえあった。
本人の口から正体を打ち明けられるまではリクニスも扱いが難いトモダチだなと思っていた。
今まで以上に神喰いが他方で見受けられるようになった。
災いも頻発し常世では天照大御神の巫女を担うオオカミという立場にスポットが当てられる。
代々女に継承権があったその立場は男が引き継いでいるらしい。そうなってから天災や神喰い、神殺しが多発しているとの事だった。
その天災で語られるのが邪龍だ。八百万の神々を屠る化身と呼ばれ、出現時にはその場に居た数百体の神々を一瞬で消し炭にした。
今は封じられ結界内で眠っているのだという。
リクニスの師を葬ったのもまさに邪龍だった。
神々や物ノ怪の間で天照の祟りだと口を揃えて元凶は現在の男のオオカミだと語られた。
お前の師に会いたければオオカミを消せ
ガキの頃先生に決して返事をしてはいけないよと言われていた悪夢の龍はそういった。
そんな昔の悪夢を思いだしたのはたった今
そのオオカミが
目の前に、
───────居るからだ。
続