二話 ギルドとラッカル、そして勇者
目を開けると、知らない場所が広がっていた。小高い山、風に揺れる草木。少なくとも自分達の知る場所ではないことはわかる。
蓮達も起こそうとしたが、穏やかに寝ているのを起こすわけにいかないと思ったから起こすのをやめた。
「異世界転生ってこと……ないよな」
立ち上がり、蓮達を見守る場所を確保しながら周りを警戒する。茂みがガサガサと動いた。一瞬の音だったため、気のせいだと思った瞬間
「プシャッ!」
クモが飛び出して来た。クモは糸を吐くと、柊人の周りを囲むようにして逃げ場を塞ぐ。あまりにも突然のことで逃げ出せなかった柊人は尻もちをついてしまう。
恐怖で動けなくなる体。死。頭をよぎるその言葉と迫るクモに対して反射的に目を閉じた。
「グエッ!」
目を開けるとクモが紫色の血を広げていた。体を揺すられ我に返る。槍を持った数人の騎士が柊人の目の前に立っており、騎士の一人が柊人に尋ねる。
「見ない格好だが、転生者か?」
「…………そうだと、思います。多分……」
ギルド本部に連れて行かれた柊人はギルド長から詳しい話を聞くことになった。他の三人はもう少ししたら起きるだろうということで、休憩室で寝かせられている。
応接室で待っていた柊人はノックの音に顔を上げる。柊人の返事も待たずにドアが開き、大量の資料を持った女性が入って来た。
「あなたが柊人くんだね」
「そうですけど……」
「私はラッカル。ハイネストのギルド長を務めてるの。よろしくね」
資料の隙間から握手を求められた柊人。倒さないようにそっと手を握った。ラッカルは満足した様子で資料を机に置くと、柊人と向かい合わせに座る。
「異世界転生ってさ、唐突なんだね。私もしちゃったんだ、異世界転生」
「じゃあ、ラッカルさんも」
「うんそう。びっくりしたよー、ほんとに」
えーと、などと言いながら資料の束を漁るラッカル。知りたいのとは違うのは床に投げ捨てているため、床が紙で埋まっていく。
「あった!」
取り出した一枚の紙を柊人に見せる。
「事件だからさ、新聞記事切り抜いてたの。終わったと思ったらこれ持ったままタイルの上で寝てたんだよ」
『犯人不明の失踪事件、これで二件目』
ラッカルは柊人に見出しをもっと近くで見せようと資料をなぎ倒す。豪快に倒された資料は窓の近くまであり、片づけに苦労しそうだった。そんなことを思っている柊人は苦笑いと共に記事を受け取る。
「二件目……。多発ってなってました」
「解決してないんだー。三件目以降も起こってるってことなんだねー……」
柊人は記事をラッカルに返すと、これからどうするべきかラッカルに聞いた。
ラッカルは散らばった資料を整理しながら言う。
「ここで生活しろってことだよね」
頼れる人だと思ったのに……。柊人のがっかりした表情を見たラッカルは頬を膨らませた。
「むー」
「なんですか……」
「そうだ」
資料を机に置き、ラッカルは柊人にある提案をする。
「冒険者になってみない?」
「はい?」
冒険者。ギルドが結成される前から存在する職業で昔は山賊のような感じだった。モンスターが出て来たことによりそのような行いをする者は減ったが、時々あるらしい。
様々な職から一つ選べと言われたが、一番辛そうなのだけはやりたくない。柊人は旅人で申請した。
「ごめんね柊人くん。勝手に勇者にしちゃった」
「…………」
勇者。モンスターと最前線で戦う職業。最初に与えられる装備は何とも言えないボロボロの防具一式。
アイテム取れば強くなれると言ってくれたが勝てる気がしない。柊人は本部を出ようとした。
「忘れ物だよー」
ラッカルに呼び止められ振り向いた柊人は、いつの間にか口に小瓶を咥えていた。
「んぐっ!?」
中身を無理矢理飲み干した柊人はラッカルの方を向いたが、既に背を向けていた。刃こぼれが激しい短剣と木の盾を持って、柊人はモンスターが出てきそうな場所を探すことにした。