表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
横浜北高校、電子工作部  作者: 五十嵐 仁
3/5

【第3話】ヘッドフォンの謎

翌日の放課後。

木更津は修理が終わったプレーヤーをエリカに手渡した。


「うわぁ、ありがとう!」

「さすが木更津君、昨日の今日なのに。」


「たまたま、同じ型番のコネクタの在庫がマルツに(※)あったからな。運も良かった。」

「それと・・・。」


木更津が紙袋を手渡す。

エリカが袋を開けると、中からヘッドフォンが出てきた。


「赤毛(※)の553だ。良かったら使ってみてくれ。俺が使っていた中古だが、イヤーパッドは新品と交換してある。」

「えっと・・借りていいの?」

「ああ。今使っているS社のインナー型よりは遥かに解像度が高い音が聴ける。高域の伸びもいい。」

「ありがとう!」

「あ、でも・・・。」


エリカが少し顔を曇らせた。


「これ・・密閉型だよね。」

「ああ。 ポータブルで聴くなら音漏れが少ない方がいいだろう。」

「そうなんだけど・・。」

「実はおじいちゃんがね、ヘッドフォンは必ず開放型を使いなさいって。」

「耳を覆うタイプの密閉型は、絶対に使っちゃダメだって・・。」

「そ・・そうなのか?」


ヘッドフォンのハウジング構造は、大きく分けて、密閉型と開放型の2種類がある。

密閉型は音漏れが少なく、周囲のノイズも遮断できる長所があるが、構造的に空気の逃げ場がないため振動版を空気圧で抑えてしまい、音がこもる、左右の音の広がりが狭い、などの欠点を持つ。

開放型はその逆で、音が漏れる上に周囲のノイズも聞こえてしまう。しかし振動版が空気圧で抑えられることが無く動きやすいため、音の解像度が高く、左右に音が広がる等の長所を持つ。

ただしこれらは一般論で、例えば、空気の圧力でわざと振動版を抑えて疑似的に質量を重くし、低域を伸ばすという設計手法もある。

ヘッドフォンの振動版はサイズが小さいため、設計上の工夫をしないと低域が細るため、あえて密閉型にして低域を伸ばすのだ。

スピーカーの小型密閉方式もこれと同じ理屈。

要は、密閉型も開放型も設計次第、ということなんだが・・・。


「まぁ、一般的には開放型がいいと思うんだが、553 は並みの開放型には負けない。音質は俺が補償する。」

「そもそも、今使っているS社のインナー型も、いってみれば構造上は密閉型だぞ?」

「あ、これはね。 髪型が崩れちゃうから、あとで買ったんだ。」


しまった! 髪型を気にする女性は、大型ヘッドフォンを嫌がるのか!

チーン・・・。 (まだまだ女性経験が未熟)


「でも、せっかくだから借りとくね。家で聴くときは大きいヘッドフォンも使ってるから。」

「そ、そうか・・・。」


まずい・・うっかり自分のお気に入りを押し付けて、気を使わせてしまったかも・・。


「直してくれてありがとう。本当にうれしい!」

「お礼、するからね!」


そうやって笑うと、エリカは小走りで帰っていった。

お礼・・か・・。

まぁ、挨拶と受け取っておくべきか。



「掃除、始めるわよーー。」


日直の田島が声を掛ける。

おっと、俺も今日は掃除当番だった。


ガラガラと机を移動させながら、考え事を始める木更津。


確かに、髪型を気にする女性には、フルサイズのヘッドフォンは使いにくいんだろうな。

レコーディングエンジニアには、ヘッドフォンを使う時に邪魔にならないよう、髪を短めにする人もいるが、女性はそうもいかない。

レコーディングエンジニアに女性が少ないのはそのためか?

いや、これは考えすぎだろう。

髪型が派手なアイドル歌手は、レコーディングの時はどうしているんだろうか。


バケツに水をくみ、モップで床を拭く。


そんなことより、エリカの爺さんはなぜ密閉型を嫌ったのだろう?

入手経路はいまだに謎だが、少なくても GL-TONE のプレーヤーを所有していたほどの人物なら、開放/密閉にこだわらず、それこそ音を聞いて判断するはずだ。

絶対に使うなとは、何か別の理由があるんだろうか・・・。


掃除が終わっても、木更津はブツブツと独り言を続け、そのまま部室へ向かった。



電子工作部の部室。


同級生の遠藤が、にやにやしながら木更津に近づいてくる。


「聞いたぞー。エリカにプレゼントしたんだって?」

「なにいってんだよ。ヘッドフォンを貸しただけだ。」

「ふーん・・・。」


なおもにやにやしたままの遠藤。

顔をそむけたまま答える木更津。


「インナー使ってるみたいだから、553を貸してやったんだよ。」

「553? お前のお気に入りじゃないか。ますますアヤシイな。」

「正確にはお気に入りだった・・だな。」

「今は 650 か 660 がメインだし・・。」

「ふーん・・なにか理由でもあるのか?」

「そうだな・・やはり解像度が少し高いかな。」

「没頭するには 553 も便利なんだが、母親がうるさくてな。」

「母親?」

「飯に呼んでも部屋から出てこない、ってうるさいんだよ。」

「なるほど、553じゃ聞こえないか。」

「ああ。660ならなんとか聞こえ・・。」


「!!」

まさか・・そういうことか!



エリカの言葉が、頭によみがえる。

「耳を覆うタイプの密閉型は、絶対に使っちゃダメだって・・・。」



それで爺さんはエリカに・・しまった!


木更津はあわててスマフォを取り出し、エリカに電話を掛ける。

が・・・エリカは出ない。


「ん? どうかしたのか・・?」

「すまん、急用ができた。今日は部活さぼる!」


慌てて部室を飛びだす木更津。

「お、おい! 部長がさぼってどうすんだよ!!」


なんてことだ!

普通の音楽プレーヤーならまだしも、GL-TONEで・・あの音色で・・密閉型はまずい!

問題が起こる前に、彼女に警告を!


木更津は走り出し、エリカを追った。



公園のベンチ。

木更津から受け取った袋を開けるエリカ。


やっぱり髪型がくずれるかなぁ・・・


553 のパッドは、完全に耳を覆う大きさ。

何とか髪をかきわけたものの、バンドの長さを調整するのに、さらに数回手間取った。


音楽プレーヤーに、ヘッドフォンのピンを差し込み、ボタンを押す。


本当だ・・凄い!

呼吸まではっきり聞こえる。

へぇ・・こんなタイミングで吸ってるんだ・・


バイオリンの演奏には、かなりの腕力が必要となる。

バイオリンを抑える首と肩、背筋の筋肉も使う。

演奏中は運動するのと変わらず、おのずと呼吸も激しくなる。

呼吸のタイミングは演奏の動きにも影響を与えるため、タイミングを間違えると音もずれてしまう。

名演奏者の呼吸のタイミングは、参考になる。


エリカは目を閉じ、しばらく演奏に聴き入った。


スマフォが鳴った。しかしエリカは気が付かない・・。


しばらくして、演奏に聴き入っていたエリカが、ふと我に返る。


「あ・・・いけない。」


エリカはベンチから立ち上がると、駅へ歩き始めた。


涼しくて心地よい風・・・

素晴らしい音色・・・

なんて幸せな時間・・・


エリカは歩きながら演奏に聞きいっていた。

と・・次の瞬間・・。


キィーーーッ! ドオンッ!


車のブレーキ音と共に、鈍い音がした。

ヘッドフォンとプレーヤーが高く宙を舞い、そのままアスファルトに叩きつけられた。


---------------------------------------------------------

※注釈

・マルツ:秋葉原に実在する電子部品販売店。

・赤毛:正式名称は「AKG」。オーストリアの業務用音響機器メーカー。ドイツ語圏のため、ア-カ-ゲーと読む。



続く------------

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ