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物語の社

死神

作者: 五月雨

 死神が言った。


「あらゆる情報に触れられる力をやろう。その代わり寿命を半分いただくぞ」


 おそろしげな顔をゆがめ、にいぃっと笑う。


「ほ、ほんとうか」


 取りつかれた男は、藁にもすがる思いで言った。かれには、一生かけても払えない莫大な借金がある。


「ほんとうだとも。その情報には未来のことも含まれる。うまく賭けごとでもして、きれいな体にもどるといい」


 なみの人間なら、すぐに飛びつくところ。しかし、この男は違う。


「半分はどうやって決めるんだ?人の寿命など死ぬまで分からないだろう」


 死神はばかにして笑った。


「未来のことも含むと言ったな。おまえがいつ死ぬか分かるから、半分残してやれるのだ」


 男は苦々しくうなずいた。


「…後払いなのだな?」


「そういうことになる。さあ、やるのかやらないのか」


 とりあえず今すぐ死ぬことはなさそうだ。金を払えなければ、明日にも殺される。


「分かった。お前の言うとおりにしよう」


 財布の中身を確かめながら頼む。


「このコインが表と裏、どちらになるかを教えてくれ」




 ☆★☆★☆★☆★☆




 それから毎日、男はギャンブルに明け暮れた。


 次々勝負に出て、まとまった金があるのを知られる前に返済、余りある額を手に入れた。相手は悪徳業者だったが、法律で決められた以上の利子を払われては何も言えない。担保に取られた屋敷さえ、簡単に取りもどすことができた。


「あんたは救い主だ。死神なんてとんでもない」


 最後は恨まれることの多い死神だが、感謝されて悪い気はしない。


 ぜいたく三昧の相伴にもあずかれる。優秀なやつを選んだからこそ、こうして役得を味わえるのだ――死神は、いつになく上機嫌だった。




 ★☆★☆★☆★☆★




「おまえは何をしているのだ?」


 男が何かしている。ある日、死神はそのことに気がついた。


「仕事さ。働かないと人間はだめになってしまうからな」


 死神は腹を抱えて笑った。


「ばかなことを。おまえは一生遊んで暮らせるのだ。だめになっても、かまうものか」


 宝くじや馬券を買う必要もない。じゅうぶんな額を稼いだうえ、小分けの金融資産に変えたから大丈夫。他人に譲ったりしなければ、何があっても安泰だ。


「でもこの仕事は、あんたの得にもなるんじゃないか」


 若く元気でいられる研究。老いることなく健康なまま長生き。男がそうなれば、死神が最後に取り立てる寿命も増えるという仕組み。


「悪くない。悪くないぞ」


「ああ。そうだろうさ」


 二人とも興奮していた。


 すべての情報を見られるのだから、失敗するはずがない。昔いたという神さまのことを調べ、それを基にどんな病気も治せる仕組みを作ってしまった。


 もう病気で死ぬ金持ちはいない。男の資産も増えてゆく。その金で寿命を延ばすための研究をさせ、ますます長生きするようになる。


 これには死神も大喜び。


「ゆかいだ。ああ、ゆかいだ」


「そうだなあ。おまえを選んだおれの目に、くるいはなかったということだ」




 ☆★☆★☆★☆★☆




「先生、大変です」


 ある日、男の助手が血相を変えてやってきた。


「落ち着いて聞いてください。とんでもないものが見つかったのです」


 莫大な富と築き上げた名声。それらがあれば大抵のことは何とかなる。


 だからもう、この世におどろくことなんてない。


 助手の話を聞き終えると、男は素っ頓狂な声をあげた。


「ほ、ほ、ほんとうか」


「はい。わが研究所の優秀なスタッフが、不老不死となる方法を見つけたのです」


 そんなまさか。レポートを読んでも欠点は見あたらない。


 男はさっそく、自分の体で試すことにした。


「さあ、はじめてくれ」


 論文にしたがって、一つずつ順番に書き換えてゆく。


 どこにも違和感はない。未来の記録を調べてみると、たしかに寿命がなくなっている。不老不死の術は成功したらしい。男は飛びあがって喜んだ。


「これで死神を怖がらずにすむ。おれは一生、面白おかしく暮らすのだ」


「そうはゆくものか。この嘘つきめ」


 死神が男につめよった。


「おまえは寿命の半分をやると言った。さあ、早く半分をよこせ」


「いいだろう。だが∞の半分は∞だ。∞から∞を引く解は存在しない。正しく計算できないものを、どうやって持ち帰るつもりなのだ?」


 死神はうなった。


「いや、いいことを思いついたぞ。宇宙の寿命は限りがある。おれたちは宇宙の中でしか生きられない。長くても宇宙の寿命といっしょだ。それならば計算できるだろう」


 得意げに言われて、男はついに降参した。


「わかったよ。好きなだけ持ってゆくがいい。ただし後払いの契約だ。支払いは、おれの寿命が半分になるまで待ってくれ」


 死神は仰天した。


「なんだと。そんなに待っていては、おれの寿命がなくなるではないか」


 すっかり弱ってしまった。ほかの人間から奪おうにも、全部合わせたところで宇宙の半分には足りない。不老不死にしようものなら、そもそも奪えなくなってしまう。


「むむ。なんというやつだ」


 くやしがっても始まらない。


 死神が老いてゆくのをたのしみながら、若返った男は毎日あそび暮らしている。はらわたが煮えくり返るのを我慢して、とにかく頭をさげるしかない。


「お願いです。お金ならいくらでも払います。わたしを不老不死にしてくれませんか?」

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