死神
死神が言った。
「あらゆる情報に触れられる力をやろう。その代わり寿命を半分いただくぞ」
おそろしげな顔をゆがめ、にいぃっと笑う。
「ほ、ほんとうか」
取りつかれた男は、藁にもすがる思いで言った。かれには、一生かけても払えない莫大な借金がある。
「ほんとうだとも。その情報には未来のことも含まれる。うまく賭けごとでもして、きれいな体にもどるといい」
なみの人間なら、すぐに飛びつくところ。しかし、この男は違う。
「半分はどうやって決めるんだ?人の寿命など死ぬまで分からないだろう」
死神はばかにして笑った。
「未来のことも含むと言ったな。おまえがいつ死ぬか分かるから、半分残してやれるのだ」
男は苦々しくうなずいた。
「…後払いなのだな?」
「そういうことになる。さあ、やるのかやらないのか」
とりあえず今すぐ死ぬことはなさそうだ。金を払えなければ、明日にも殺される。
「分かった。お前の言うとおりにしよう」
財布の中身を確かめながら頼む。
「このコインが表と裏、どちらになるかを教えてくれ」
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それから毎日、男はギャンブルに明け暮れた。
次々勝負に出て、まとまった金があるのを知られる前に返済、余りある額を手に入れた。相手は悪徳業者だったが、法律で決められた以上の利子を払われては何も言えない。担保に取られた屋敷さえ、簡単に取りもどすことができた。
「あんたは救い主だ。死神なんてとんでもない」
最後は恨まれることの多い死神だが、感謝されて悪い気はしない。
ぜいたく三昧の相伴にもあずかれる。優秀なやつを選んだからこそ、こうして役得を味わえるのだ――死神は、いつになく上機嫌だった。
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「おまえは何をしているのだ?」
男が何かしている。ある日、死神はそのことに気がついた。
「仕事さ。働かないと人間はだめになってしまうからな」
死神は腹を抱えて笑った。
「ばかなことを。おまえは一生遊んで暮らせるのだ。だめになっても、かまうものか」
宝くじや馬券を買う必要もない。じゅうぶんな額を稼いだうえ、小分けの金融資産に変えたから大丈夫。他人に譲ったりしなければ、何があっても安泰だ。
「でもこの仕事は、あんたの得にもなるんじゃないか」
若く元気でいられる研究。老いることなく健康なまま長生き。男がそうなれば、死神が最後に取り立てる寿命も増えるという仕組み。
「悪くない。悪くないぞ」
「ああ。そうだろうさ」
二人とも興奮していた。
すべての情報を見られるのだから、失敗するはずがない。昔いたという神さまのことを調べ、それを基にどんな病気も治せる仕組みを作ってしまった。
もう病気で死ぬ金持ちはいない。男の資産も増えてゆく。その金で寿命を延ばすための研究をさせ、ますます長生きするようになる。
これには死神も大喜び。
「ゆかいだ。ああ、ゆかいだ」
「そうだなあ。おまえを選んだおれの目に、くるいはなかったということだ」
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「先生、大変です」
ある日、男の助手が血相を変えてやってきた。
「落ち着いて聞いてください。とんでもないものが見つかったのです」
莫大な富と築き上げた名声。それらがあれば大抵のことは何とかなる。
だからもう、この世におどろくことなんてない。
助手の話を聞き終えると、男は素っ頓狂な声をあげた。
「ほ、ほ、ほんとうか」
「はい。わが研究所の優秀なスタッフが、不老不死となる方法を見つけたのです」
そんなまさか。レポートを読んでも欠点は見あたらない。
男はさっそく、自分の体で試すことにした。
「さあ、はじめてくれ」
論文にしたがって、一つずつ順番に書き換えてゆく。
どこにも違和感はない。未来の記録を調べてみると、たしかに寿命がなくなっている。不老不死の術は成功したらしい。男は飛びあがって喜んだ。
「これで死神を怖がらずにすむ。おれは一生、面白おかしく暮らすのだ」
「そうはゆくものか。この嘘つきめ」
死神が男につめよった。
「おまえは寿命の半分をやると言った。さあ、早く半分をよこせ」
「いいだろう。だが∞の半分は∞だ。∞から∞を引く解は存在しない。正しく計算できないものを、どうやって持ち帰るつもりなのだ?」
死神はうなった。
「いや、いいことを思いついたぞ。宇宙の寿命は限りがある。おれたちは宇宙の中でしか生きられない。長くても宇宙の寿命といっしょだ。それならば計算できるだろう」
得意げに言われて、男はついに降参した。
「わかったよ。好きなだけ持ってゆくがいい。ただし後払いの契約だ。支払いは、おれの寿命が半分になるまで待ってくれ」
死神は仰天した。
「なんだと。そんなに待っていては、おれの寿命がなくなるではないか」
すっかり弱ってしまった。ほかの人間から奪おうにも、全部合わせたところで宇宙の半分には足りない。不老不死にしようものなら、そもそも奪えなくなってしまう。
「むむ。なんというやつだ」
くやしがっても始まらない。
死神が老いてゆくのをたのしみながら、若返った男は毎日あそび暮らしている。はらわたが煮えくり返るのを我慢して、とにかく頭をさげるしかない。
「お願いです。お金ならいくらでも払います。わたしを不老不死にしてくれませんか?」