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神のご加護を

 王女が到着した日の午前中には、王宮からの招待状という名の召喚状が発送されていた。


 もちろん、あいつにも。


 年齢の近い令嬢たちと懇意にしたいと、王女が謁見を希望したからだ。臣下に拒否権はない。


 あいつはローランドをパートナーにして、王女の謁見に臨んだ。


 僕には家族がいない。母も義父も義弟も、ずっと前に他界している。もちろん、婚約者もいない。


 そんな僕が謁見には招待されず、警備に配置されるのは当然の結果だった。


 ドレス姿のあいつを初めて見た。目立たない色のドレスを着ていたが、思わずため息が漏れてしまうほどに美しかった。

  むしろ地味なくらいでよかったのだろう。今日の主役は王女だ。彼女が霞んでしまっては、あいつも居心地が悪いはずだ。


 周囲の称賛の眼差しになど気づくことなく、あいつはずいぶんと緊張していたように見えた。

 場慣れしているローランドが側にいて、さぞ安心したことだと思う。


 ローランドが側にいれば、誰もあいつには近寄れない。たとえそれが、殿下であったとしても。


 だが、ローランドの牽制も魅力も、全く功を成さなかった人物がいた。


 セシル王女だ。


 彼女はあいつにすいぶんと興味を引かれたらしい。当たり前だ。自分の婚約者となる男が、自分のすぐ側で、あいつに見惚れていたのだから。


 ほんの一瞬のことだったが、それに気がついたのは、ローランドと王女、そして、僕だけだ。当の本人は全く気がついていない。


 王女が月影なら、あいつは陽光。その美貌を並び称されてもおかしくない。

 しかも、あいつには不思議なオーラがある。神の加護とでもいうのだろうか。

 僕には淡いピンクの光が、その周囲を守るように取り囲んでいるように見えることがあった。


 たぶん、王女もそういうものが見えたのだろう。


 謁見は無事に終わり、令嬢たちはパートナーと共に、身分ごとに分かれて控室に通された。

 あいつはローランドのパートナーなので、高位の令嬢たちの部屋へ振り分けられている。


 昨夜の学園のパーティーで殿下と踊ったことは、すでに貴族社会では噂になっていた。

 あいつが社交界の悪意に晒されないために、ローランドは許婚として振る舞い、殿下は王女と仲睦まじく見せている。


 あいつはみなに守られている。僕が心配しなくても大丈夫だ。愚かにも、そのとき、僕は本気でそう思っていた。


 それが間違いだったと気付いたときには、すでに運命の輪が回りはじめてしまっていたのだった。


 次の警備場所に向かう途中で、向こうから歩いてくる王女の声が聞こえた。

 僕は脇に控えて頭を下げた。それでも、王女は侍女長と話し続けている。


「私の世話はレイがするから、あなたの部下はいらないの。侍女はこれから選ぶわ」

「お言葉ですが、若い令嬢に侍女は厳しいかと」

「だから、私の世話はレイがするからいいのよ。侍女たちは愛妾候補なんだから、若い令嬢がいいの」

「王女さま」

「愛妾よ。側室。アレクだって好きな人と子を成したいでしょう?」

「そのご質問には、返答できかねます」


 侍女長はどのように反応すべきか、判断できないようだった。それは僕にとっても同じだった。


 王女は僕が聞いているのを知っている。それなのに声をひそめることなく、わざと僕にこの話を聞かせている。


「アレクの後継者は側室に産んでいただくの」


 王女は僕の前を通り過ぎるとき、「ご苦労様」と声をかけ、少しだけ立ち止まった。


「真実の愛には障害がつきものでしょう?」

「……仰せの通りです」


 僕は無難な答えを返した。実際、それ以上は何も言えなかった。

 握りしめた手が、汗ばんで震えているのを感じる。


 王女は軽やかに踵を返し、そのまま私室のほうへと去っていった。


 王女は、貴族令嬢から側室を選ぶと言った。


 それならば、今日の謁見はその布石だろう。招待客には若い令嬢が特に多い。

 そして、控室の一つは伯爵家以上とその縁続きの令嬢が集められている。殿下に釣り合う家格だ。


 あいつは男爵令嬢で、身分は低いが今日は筆頭公爵家のローランドのパートナーだ。高位扱いになる。

 王女の目に止まって、侍女に召し上げられる可能性は十分にある。


 実際、あいつは正式な婚約者もいない。いわばフリーの状態だ。しかも、殿下の想い人。強力な魔法を持つ王女が、あいつに残る殿下の魔力を見逃すはずはない。


 そして、僕の魔力も残滓にも。


 だから、王女は僕にあの話を聞かせ、そして挑戦してきたのだ。「お前に彼女を守れるのか?」と。


 僕は殿下の元へと急いだ。殿下は王女の企みを知っているのだろうか。


 殿下に王女が止められるか。止めたいと思うのか。


 愛する者を手に入れる唯一の方法だ。たとえ殿下が、人としてその選択を誤ったとしても、誰がそれを非難できるだろう。


 恋とはそういうものなのだから。


 それでも、僕は間違えるわけにはいかなかった。あいつには平凡で静かな幸せがふさわしい。苦労なんてさせたくない。

 ローランドなら、それを叶えてやれる。殿下の側室となって、多くの女と寵を争うことが、あいつの幸せだとは思えない。


 だが、あいつの気持ちはどうだろう。


 もしも殿下を愛していて、そのために人生を捧げたいと思っているのなら、僕はそれを全力で支える。

 そうでないなら、ローランドを愛せばいいと思う。幸福に至る確実な道だ。


 僕はそのまま、ローランドとクララのいる控室にまっすぐ向かうべきだったのかもしれない。


 でも、このときの僕は、王女の挑戦を真っ向から受けて立つ気だった。この話は必ず阻止する。

 まずは殿下を通して、正面から正攻法で。そして、それが無理な場合は、多少、強引な方法を使ってでも。


 殿下は執務室にいた。大層疲れた様子で、眉間を指で抑えている。


 僕は開かれているドアを、わざと大きな音を立てて、ノックをした。


「カイルか。ご苦労だった。何かあったか?」

「殿下、だいぶお疲れのようですが」

「あまり寝ていなくてな」


 王女が毎晩、殿下の寝所を訪ねてきているのは知っている。そこで愛を交わしていると。

 だが、それにしては、互いに染まる魔力が少なすぎる。あの二人が本気で愛し合ったら、互いに流れ込む魔力量は半端じゃないはずだ。

 香水どころか、誰もが魔力にあてられるくらいに。


 つまり、あの仲睦まじさは偽りだ。殿下はその演技で精神的に疲弊している。この疲労はそこから来ている。


「王女様とすれ違いました。侍女長と侍女任命について話していましたが」

「聞いたのか」


 殿下は立ち上がって、こちらに向かってきた。そして、僕の肩に手を置いて小さく言った。


「安心しろ。クララには手をださせない」


 殿下は令嬢たちではなく、クララと名指しをしてきた。それは王女の企みを知っているからか。それとも、別の意図があるのか。


 まさか、殿下は僕の気持ちに気がついているのだろうか?僕は一瞬たじろいだ。


 いや、今はあれこれと詮索している場合じゃない。とにかくあいつを守る。その目的が達せられれば、それでいい。他のことはどうでもいいんだ。


「承知しました」


 僕は素直に頭を下げた。殿下は一瞬「おやっ」という顔をしたが、そのまま目を細めて微笑んだ。


「お前もやはり、私の気持ちに気がついていたんだな」


 殿下は静かにそう言った。僕はそのまま黙っていた。何も言ってはいけない気がしたし、言う権利もないだろう。


「ローランドに忠告してやってくれ。クララをなるべく王女に近づけないように」

「御意」


 私は殿下に黙礼をすると、その場を離れた。なぜかひどく緊張して、いやな汗をかいていた。


 急ぎ控室に到着すると、まずローランドを探した。それなのに、一番先に目についたのは、やはりあいつだった。奥のほうで、ヘザーと一緒に食事をしている。


 そこに行こうとして、僕の足は止まった。


 殿下の騎士とはいえ、僕の身分は子爵。今日は招待客ではない。警備を担当しているので、パートナーもいない。何よりも、僕があいつに何を言えるというんだ。


 あいつを不安にさせたくない。余計なことは何も知らせず、災いから遠ざけたい。


 そのためには、この場であいつのために動けるローランドに頼るしかない。


 ローランドを探し当てると、いつものように令嬢たちに囲まれて、身動きがとれないようだった。

 それでも僕の合図に気づいて、令嬢たちをさりげなく避けながら、こちらのほうへ移動してきた。


「どうだ。警備のほうは」


 ローランドは僕にもシャンパンのグラスを差し出してきたが、任務遂行中だからとアルコールは断った。


「話がある。急ぎの要件だ」


 僕はすぐに本題に入った。なぜかあまり時間がないように思えた。


「殿下がどうかしたか?」

「いや、そうじゃないが。ここでは話せない。ちょっと出られないか」


 ローランドはあいつのほうをちらりと見た。相変わらずヘザーと二人でいるし、近くにはヘザーの兄らしき人物もいた。

 束の間、席を外しても、大きな問題にはならないだろう。


「分かった」


 僕とローランドは控室から少し先の回廊へと移動した。


 あいつを会場に残していくのは気がかりだが、根回しは早いほうがいい。


 周囲に誰もいないことを確認して、僕は小声で言った。


「クララから目を話すな。今日はできるだけ目立たずに、早く退出してほしい」

「どういうことだ」


 ローランドは訝しんだが、今はただ信じてもらうしかない。


「殿下からの忠告だ。王女に近づけないようにと。俺からも頼む」


 僕は必死だった。どうしてもローランドの助けが必要だった。

 殿下からと聞いたからか、ローランドは姿勢を正して答えた。


「分かった」


 ローランドの答えを聞いて、僕は安堵の息を漏らした。これで大丈夫だと思った。あいつを巻き込むことはない。


 だが、僕が甘かった。王女は目的のために手段を選ばない。そうやって、ここまで生き延びてきたんだろう。


 ローランドが控室に戻る頃には、すでに侍女出仕の話は決定済みだった。

 もう殿下の「宣下」を待つだけの状態になっていたのだった。



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