幕開け [クララの視点]
カイルのパートナーとして、堂々と腕を組んで王宮の正面玄関をくぐる。
あの雪の日、彼に支えられるようにして、こっそりと裏口から出た王宮に、こんな風に戻って来られるとは思っていなかった。
すごく自分が誇らしい気がしてくる。
国王陛下の帰国が遅れるために、殿下の婚約式は、プレス・カンファレンスが主な目的だそうだ。
そのため、婚約公示の場は、謁見の間に設けられていた。
殿下と王女様の婚約発表だけでなく、私とカイルもそこで正式な婚約者として承認される。
正直、すごく嬉しい。これが王女さまの命令で、カイルにとっては不本意なのかもしれないけれど、それでも私は嬉しい。
どんな理由であっても、好きな人と婚約できるのに、それを喜ばない女性なんていないと思う。
だから、自分勝手でも大目に見てほしいと思う。だって嬉しいんだから、しょうがない。
それでも、色仕掛けでカイルを落とそうとしたことには、さすがに良心が咎めた。
幸か不幸か、それは未遂に終わってしまったし、私の破廉恥行為は、屋敷の誰にも気が付かれなかった。
さすがカイルは難攻不落で、隅々まで確かめたけれど、どこにも一切、昨夜の痕跡を残してはいなかった。
私ですら、あれは夢だったのかなと思ったくらいに。
なので、忘れてもらうことにした。
私としては残念だけれど、カイルに逃げ道を作れたので、よかったと思う。
やっぱり、騙し討ちみたいな真似はよくない。
カイルは騎士服ではなく、今日は青灰色の礼服を着ている。護衛騎士ではなく、私の婚約者としての列席。
今までどんなイベントにも、カイルは参加していなかった。
どんなに綺麗に装っても、見せたい相手は会場にいない。それがどれだけつまらないことか。
そのカイルが、今日は隣にいるなんて。やっぱり夢かもしれない。
私は、にやけてしまいそうな顔を、なんとか引き締める。カイルに恥をかかせてはいけないから。
とにかく、ボロを出さずに頑張って、カイルに見直してもらわないといけないんだ。
昨夜の醜態を忘れてもらえるくらいに、今日は完璧な淑女でいなくては意味がない。
この素敵な大人っぽいドレスは、そのための武装といっても過言じゃない。
プチ整形メイクや胸パッドで、七割くらいは魅力を底上げできたと思う。女は好きな人のために化けるのだ。
もちろん、既にスッピンも裸も見られているから、今更加工したところで、本当に今更なんだけれど。要は、気持ちの問題だと言うこと!
いつか、王女様の命じゃなくて、カイルが本心で私を望んでくれたらいいなと。私を好きになってくれたらいいなと。
そのために、努力を惜しんではいけない。頑張らなくちゃダメ。
今までは婚約者がいなかったので、ローランドに便宜上のパートナーになってもらうことが多かった。
男爵の父と一緒だと、ほぼ末席だが、筆頭公爵家子息と一緒だと、ほぼ主席になる。
子爵であるカイルとは、やはり後ろに近い席次になった。身の丈に合った感じが心地いい。
周囲を見渡せば、学園で仲の良かった文芸部の友達がいたり、父と付き合いがあって顔見知りの方たちもいる。
みんな気楽に挨拶してくれたり、うれしそうに婚約のお祝いを言ってくれたりする。
『次は、君の隣にいられるような、普通の男に生まれるから』
彼は約束を守ってくれた。
貴族が普通なのかは分からないけれど、今の私たちに身分差はない。年齢差もないし、今まで互いに配偶者も婚約者もいなかった。
つまり、もしも両思いだったなら、それは一切の障害がないということ。
私たちの前世の約束は果たされ、また会うことができた。もうそれで十分だ。
生まれ変わっても愛し合うという誓いは立てなかった。だから、これでいい。
カイルが私を好きになってくれたら嬉しい。でも、そうじゃなくても、幸せになってくれれば、それでいい。
今度こそ、貴方の幸せな姿を見ること。それが私が、本当に望んだことだったのだから。
周囲の知り合いと歓談している最中に、黙り込んだ私に気がついたのか、カイルが心配そうな声を出した。
「クララ、どうした?」
「なんでもないわ。ちょっと目にゴミが」
その優しい声に胸を打たれ、私は潤んだ瞳を伏せた。カイルが不審に思わないといいのだけれど。
幸せすぎで涙が出たなんて、どんな風にとられても、カイルには重いはずだから。
カイルの枷になってはいけない。せっかく彼は、自由に生まれてきたのだから。
私は急いで涙を拭った。
「クララ。素敵よ!」
ヘザーの声が聞こえて、私は反射的に顔を上げた。
ちょうどそのとき、ローランドにエスコートされたヘザーが通りかかったところだった。
親友は赤茶色の華麗なドレスを着て、幸せそうに微笑んでいた。
彼女が前方へと離れて行ってしまう前に、私は急いで返事をした。
「ヘザーもよ!」
筆頭公爵家とその婚約者が入場するということは、この後すぐに殿下と王女様が来られる。
すでに時間が押しているからか、ローランドは私たちのほうをチラっと見て、かすかに会釈をしただけでそのまま通り過ぎた。
カイルは、それよりは少しだけ丁寧な挨拶を返した。
二人はまだ、仲直りしていないのだろうか。そう思ってカイルのほうを見ると、なぜか私のほうをじっと見ていた。
ドキドキしてしまった。心臓に悪い。急に見つめるとかは、なしにしてほしい。
「クララ。君の婚約者は僕だ。今は僕だけを見てくれないか」
耳元で、カイルはささやくようにそう言った。私がローランドを見ていたから?
まるで妬いているような声の響きに、私は驚いてカイルを見上げた。
私の目をまっすぐに見つめるカイルの瞳には、昨夜と同じ熱がにじんでいた。
そして、カイルの瞳に映る私も、たぶん昨夜と同じ欲を瞳に宿しているはずだった。
顔が真っ赤に火照ってしまい、私はあわてて頬をおさえて下をむいた。
「殿下だ」
カイルの言葉に、私は赤くなったまま入口を見た。
王族の正装をした殿下は、乳白色に銀糸が輝くドレスを着た美しい王女様の手を取って、入場の合図を待っているところだった。
それほど近い距離ではなかったけれど、なぜか殿下と目が合ったような気がして、私は気まずさで、すぐに頭を下げた。
トランペットがファンファーレを奏で、殿下と王女の入場が告げられた。
私たちは一斉に頭をさげて、臣下の礼を取った。殿下と王女様は歩きながら、臣下に一言二言と声をかけている。
ちょうど私たちの前にきたとき、殿下が私たちに顔をあげるように声をかけた。
顔をあげると殿下と目が合った。いつもの優しい殿下の笑顔を見ると、あの夜の告白を思い出して、少し胸が苦しくなった。
「カイル。よろしく頼む」
「心得ております」
無表情で答えるカイルのそばで、私は急に現実に引き戻された。
そうだ。カイルにとってはこれは任務だった。王女様だけではなく、これは殿下の命令でもあったんだ。
愛する人に愛されないって辛い。殿下もこんな気持なんだろうか。
そう思うと、やはり涙がこぼれそうになった。私は涙を見られないように、慌てて下を向いた。でも、殿下に見られてしまったかもしれない。
今日はきっと、緊張で感情が高ぶっているんだ。それに寝不足だから、こんなに気持ちの浮き沈みが激しいんだ。
そうは思ってみたけれど、カイルに愛されたいと思う気持ちを、誤魔化すことはできなかった。
こんなことじゃダメだ。しっかりしなくちゃ。今は自分の役目に集中するんだ。
そう自分を励ました。
今日を境に、自分の運命が大きく揺れることになる。そのときの私は、そのことを全く知らなかった。
ー【第二章】 完 ー
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