表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/25

一夜の過ち

 クララが可愛い。可愛すぎる。


 薄紫から濃紺へと移り変わる色のドレスは、クララの白い肌によく映える。裾に行くほど多くなるビーズが星のように瞬いて煌めきに、まるで夜空に吸い込まれるような気がする。


 だが、ドレスのどんな意匠であっても、クララ本人の美しさに敵うものはなかった。


 肌はつやつやと瑞々しく、瞳は潤んで輝き、頬はピンクに色づいて、唇はふっくらと赤みを差している。

 化粧をする必要がないくらい、内側から色香がにじみ出ているのだ。

 寝不足なはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない。


 そして、そんなクララの変化を周囲が見逃すはずもなく、僕たちは屋敷内で非常に生暖かい目で見られている。

 気を使って誰も何も聞かないが、それがかえって具合が悪い。いっそ聞いてくれれば、一線は越えていないとはっきり言えるのに。


 昨夜のクララは酔っていた。


 最後のデザートには、ちょっと度数の高いアルコールが使われていた。僕には風味付け程度だからといって、クララにとってもそうだとは限らない。

 シャンパンであれだけ赤くなるのだから、彼女は相当弱かったはずだ。


 その証拠に、デザートを食べたほぼ直後に、僕を下敷きにして眠ってしまうくらいだから。

 いくらなんでも、酔っている女性をどうこうするわけにはいかない。


 そういうことは、ちゃんと正気のときにお互いの同意があってから、いや、結婚するまではダメだろう。


 とはいえ、僕は正常な男だし、求婚を受けてくれた婚約者があれほど積極的になってくれたら、それ相応の対応をしても、おかしくないと思う。


 なので、みなの見解はそれほど間違っているわけでもなくて、なんというか、まあ、とにかく一線は越えていないということだ。


 支度ができたというので、僕は花束を持ってクララを迎えにいった。


 僕を見て真っ赤になって俯くクララと、クララを見てたぶん同じくらい赤くなって目をそらす僕。

 見ているほうも恥ずかしくなるようなベタなシュチュエーションなので、使用人たちはさっさと下がっていった。


 こういう場合は、やはり男である僕が、先に何か言うべきだろうか。


 とにかく彼女を褒める。見たそのままを言えばいいのだから簡単なはずだ。『すごくきれいだ』と一言でいい。

 いや、待て。それは昨夜、熱に浮かされたように何回も言ったので、今更素面で言うのは逆に照れる。絶対に無理だろ。


「あの、カイル。そういう格好初めて見たんだけど、すごく素敵」


 しまった。僕が悩んでいるうちに、クララに先を越されてしまった。

 しかも『すごく素敵』って、それ、昨夜も何回も言ってくれた言葉だ。


「ありがとう。君こそ、すごくきれいだ」


 すこしぶっきらぼうな言い方になってしまったのは許してほしい。なんとか動揺を隠し、顔がにやけないように注意していたせいだ。

 もちろん、僕の顔を見れば、たぶん何を意識しているのかなんてバレバレだろう。自覚できるほど顔が熱くなっている。


 僕の言葉を聞いて、クララもさらに真っ赤になった。彼女も同じ気持ちのようだ。何だこれ、羞恥プレイか。恥ずかしすぎる!


 それでも、彼女が僕を意識してくれるのが嬉しくて、心地よくて、もう今日はこのまま二人だけで、寝室でまったり過ごしたいと思ってしまう。


 いや、それはダメだ。とにかく公式に殿下に、婚約の報告をしなければ。

 それでやっと、名実共に、クララは僕のものになるのだから。


 僕はそっと花束を差し出した。クララにプレゼントしようと、今朝、急いで用意したものだった。


「君に似合うと思って。喜んでもらえると嬉しいんだが」

「……嬉しいです」


 なぜ急に敬語に? そう思ってクララを見ると、花束に顔をうずめていた。

 そのせいで顔は見えないが、耳やうなじまで真っ赤だ。


 ああ、そうか。昨夜、ピンクの薔薇の蕾のようだと、僕が何度も彼女を褒め讃えたからか。

 正気では考えれないような、キザなセリフだ。忘れてほしい。


 だが、恥じらう彼女を見て、僕はますます煽られてしまった。


 僕はクララの手を取って、椅子から立ち上がらせた。そして彼女の小さな両肩を引き寄せて、キスをしようと顔を近づけたところで、花束の応酬を受けた。


 なぜ、今更、キスを拒否られるんだ?


「ごめんなさい。私、昨夜はちょっとおかしくて」


 それはどういう意味だろう。どういう展開だ?次に何が来る?


「だから、忘れてください!」


 そっちの方向に行くのか。それはありなのか? いや、もちろん、まだ引き返せる関係ではあるけれど。


 つまり、クララにとっては、昨夜のことは忘れたい間違いで、僕が一人で勝手に舞い上がっていただけということか。

 それはショックだ。かなりの打撃だ。


 僕は、今度こそ本気で、動揺を隠さなくてはならなくなった。


 あんな夜を過ごした後で、こんな事を言ってくるということは、ずいぶんと勇気がいったはずだ。

 それでも、そう言ってきたということは、それだけ昨夜のことは、クララには消したい過ちなんだろう。


「酔ってたからね。心配しなくていい」


 僕は酔っていなかった。それに、周囲にはもう既成事実と思われているんだから、そんな消去みたいなことはできないし、そこは君も心配するところだと思う。

 むしろ、責任を取って今すぐ結婚してと、強引に迫ってくる流れでもおかしくない。


 そうは思ったが、クララがホッとしたような顔をしたので、僕は言葉を飲み込んだ。

 正直、ものすごいショックだったけれど。


 僕はまだ、彼女の心を手に入れていなかった。つまりは、そういうことだ。


「ありがとう」


 それは、何に対する礼なんだ。これ以上の追い打ちをかけないでほしい。

 いくら騎士として、心身の鍛錬を積んでいると言っても、精神的打撃が強すぎる。


 でも、そういうことなら、なおさら外堀から埋めていくのが得策だ。

 なんとしても、今日の婚約報告で、正式に承認される必要がある。忘れて、なんて言えなくなるように。


「さあ、行こうか。何事もなく終わるとは思うけど、今日だけは僕から離れないで」


 クララは真剣な顔をして頷いた。


 確かに、北方の脅威はあるかもしれないが、クララは僕が命をかけて守る。

 だが、むしろ敵は、ローランドであり、殿下であり、会場中の男たちだ。

 そちらを牽制するためにも、周囲には相思相愛だと思わせておきたい。


 頬を染めて僕の腕を取るクララは、めまいがするほど可愛い。やっぱり可愛すぎる。

 この可愛い人が、公の場で男たちの視線に晒されるなんて、考えただけでも気が狂いそうだ。


 こんなことなら、昨夜、一線を越えておくべきだった。


 僕は、最後の最後で詰めが甘い自分に、舌打ちをしたい気分だった。


次は【第二章】最終話です! ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、星ポイント評価してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ