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今夜は一緒に [クララの視点]

 生まれて初めて、結婚を申し込まれた。それも好きな人から。


「クララ、僕と結婚してほしい」


 その場で『はい、喜んで!』と言ってしまいそうだった。


 それでも、さすがにここ数ヶ月の出来事で、私は世の中が、そう単純ではないということをいやと言うほど知ってしまった。


 それに、カイルにはずっと、想い続けている人がいる。学園のパーティーで、確かにそう言ってた。


 だから、なぜ私なのかと理由を聞いてみた。もしそれで、「私が好きだから」と言ってくれたなら、私はその場で、カイルを押し倒していたかもしれない。


 でも、やはりというか、案の定というか、これには裏があった。……王女様のご命令。


 私の安全を保証して、公の立場をはっきりさせる。そのための偽装婚約。

 殿下のお気に入りだった私は、寵妾だという誤報のために、北方の襲撃に巻き込まれていた。


「北方から、君を守りたい。今、それができるのは僕しかいない。王女にも頼まれている」


 ローランドがヘザーと婚約した今、私の周りには確かにカイル以外に男性はいない。


 カイルは優秀な騎士であり、高度な魔法も使用できると聞いた。

 万一、北方がまた襲ってきても、私を守って戦うことは可能だろう。


「今すぐに結婚するわけじゃない。当面は婚約者になるだけだ」


 つまり、形式だけの婚約者ということだった。


 王女様の侍女が、側室候補だったということもすでに公になっている。侍女だった私に関する間違った認識が 定説になってしまう危険性もある。


 現在の情勢の中で、国と国の結束を象徴する王女と殿下の婚約に、愛妾などというものは事実無根であっても歓迎できないと、私も王女様から聞かされて王宮を出た。


 だから、私を誰かと婚約させれば、その噂が消滅するという策も、十分に理解はできる。


 それでも、カイルのプロポーズが、実は任務だったと知って、私は本当に悲しくなった。


 ここまでぬか喜びさせられて、その後に奈落の底まで突き落とされるくらいなら、むしろカイルじゃないほうがよかった。

 これがローランドだったら、すぐに納得したと思うのに。

 相手が他ならぬカイルだったので、逆にかなりのショックだった。


 それでも、これは勅命なので、従わないわけにはいかない。せめてカイルに恥をかかせない程度に、私はこの役目を果たさなくてはならない。


 そして、いつか来るだろう婚約解消に、心の準備をしておくしかないだろう。


 そうしているうちに、カイルはポケットから小箱を取り出して、私に渡してくれた。

 今日、引き取ってきたというそれは婚約指輪のようだった。


 これは経費として、王室から払い戻されるのかなあと思いながら、なんとなく箱を開けた。そのときは、その後の衝撃なんて想像もせずに。


 中心に金で丸く雌しべが細工され、それを銀の花弁が取り囲み、その周囲を花弁に見立てたガーネットを配置してあった。

 貴石を留める部分は銀細工で葉に見立てられ、花弁はそれぞれ五枚。とても可愛い指輪だ。


「チューダー・ローズ」


 私は思わず呟いた。


 絶対に間違いない!これはあの人がくれた指輪そのものだ。

 あの赤い石はガーネットだったんだ!ルビーではピンクが強くて血の色にはならない。ガーネットの柘榴色こそ血の色だ。


 ガーネットは私の誕生石で、大好きな石だった。


「貴方は私の騎士様ですか?」


 私は思わずカイルにそう問いかけていた。


 カイルは何も言わない。少し困ったように私を見つめるだけだ。


 もしかしたら、前世を覚えていないのかもしれない。私だって、最近になってやっと思い出したんだもの。


 そうだ。あの占い師に会ったときからだ。私が夢を見るようになったのは。

 私の記憶はあれから戻り始めたと思えば、カイルがまだ覚醒していないくてもおかしくない。


 カイルはずっと騎士だった。殿下の円卓の騎士だったし、私の専属の騎士でもあった。


 だから、さきほどの質問の答えは「はい」だ。もし前世を思い出していなくても、あれは変な質問ではなかったはず。


 それなら、もうこのままでいい。


「ありがとう。嬉しい」


 私がそういうとカイルも嬉しそうだった。


 カイルは私の薬指に婚約指輪をはめると、まるでそれが婚約者の義務であるかのように、自然に私に口付けをした。


 私はカイルが好き。前世の恋人だから好きなのではなくて、カイルだから好き。


 カイルが、前世のあの人でなくても、カイルがカイルだから、好き。

 カイルに想い人がいても、前世を思い出していなくても、もうそんなことはどうでもいい。


 私はカイルの首に腕を回し、自分から深いキスを求めた。もしもカイルがそれに応えてくれるなら、次にすることも決まっていた。


 もう遠慮なんてしない。


 私はまるで夢見るような気持ちで、カイルの反応を待った。


 そして、私は夢を見た。


 森の中の小屋は、一目を忍ぶためもあって薄暗く、私たちはいつも暖炉の前で語りあった。


 いつ終わるか分からない旅に、荷物は極力減らしていたので、いつも一枚しかない毛布に二人でくるまった。寒い日には互いの体温で暖を取った。


 思えばあの逃避行の旅が、私たちの一番幸せなときだったのかもしれない。


『劇作家になりたいんだ。シェイクスピアのような』


 将来の夢を語る彼は、頬を上気させていた。暖炉の直火のせいではなくて、幸せな未来に思いを馳せていたんだと思う。


『どんな話を書きたいの?』

『人間の本質を描きたいんだ。ほら、人って滑稽だろう?』

『それじゃ、喜劇のほうがいいね』

『悲劇はすきじゃないの?』

『ロミオとジュリエットは素敵だったけど』


 私たちが二人で見た、最後の芝居だった。とても感動したけれど、それでもせめて作り話ぐらいはハッピーエンドがよかった。


 そう思うと、私は少しの寒気を感じた。こういう思考はダメ。現実はハッピーエンドなので、演劇には悲劇で人生にスパイスを!これが正解。


『君は分かりやすいね』


 彼が私を見て吹き出したので、私は抗議を込めて額を彼の肩にグリグリすりつつけた。

 彼はくすぐったそうに笑うと、私の肩を抱き寄せた。


『それじゃ、僕は君のために、恋愛物を書こうか。それなら観てくれる?』

『貴方が書いたものだったら、なんだって観るよ!』

『無理しなくていいよ。そうだ、真実の愛を描こう。ロミオとジュリエットは、それがテーマだったじゃないか』

『そうだけど。本当は、マクベスみたいなドロドロが描きたいんじゃないの?』

『ドロドロって』


 彼が声を上げて笑ったので、私は恥ずかしくなってうつむいた。


 だって、なんか王位を狙って殺したり狂ったり、現実みたいにドロドロでしょ。

 なんで劇までそんなの見なくちゃいけないの?そういうのは、もう現実でいっぱい見てるじゃない。


 肩グリグリをする私を、彼は優しく引き寄せた。そうしていつものように、私が硬くて詰めたい床に当たらないよう、自分が下になる形で身を横たえた。

 彼の胸に私の頬を当てる形になるので、彼の心臓の音がよく聞こえる。

 そして、それがいつものように速くなっているのに気づいて、私もいつものように全身がカッと熱くなった。


『本当に、君は分かりやすいね』


 それは貴方もだと思う。この状況で何が起こっているか分からない人なんていないでしょう?

 本当に意地悪なんだから!


『愛しているよ』


 彼はいつものようにそう言うと、いつものように私にやさしいキスをした。


 いつもと同じことが、いつもと同じように起こること。それが私には至上の喜びであり、最大の贅沢だった。


「……私、寝ちゃってた?」

「そうだね、でも十分くらいかな」


 耳の元にカイルの囁きが聞こえて、私は慌てて飛び起きた。


 私が、カイルの上からどいたので、カイルもすぐに上半身を起こした。私たちは暖炉の前のラグの上にいた。


 カイルが下で私が上だったという事実から、たぶんこれは私が押し倒した結果だと思う。

 やってしまった。煩悩のままに、カイルを襲ってしまった!


 羞恥で真っ赤になる私に、カイルが声を出して笑った。


 ここ、笑うとこじゃないよね?痴女を糾弾するところでは?

 えーと、恥を知れ!とかそんな感じの怒号がくるタイミングだと思うのだけど。


 赤くなったり青くなったりしている私をよそに、カイルは起き上がり、私の手を取ってゆっくりと立たせた。


 あんなに大胆に迫ったくせに、今は手を握られているだけでも恥ずかしい。少し足が震えている。


「疲れた?もう寝ようか」


 それはどういう意味デショウカ。この流れから言うと、やっぱり一緒にということデスカ。


 カイルは私の手を握ったまま、サロンを出て主寝室のほうへ歩き出した。


 手をつないでいるので、私はカイルの歩調に合わせて、早足に後ろをついていくことになる。

 はっきり言って、これはお姫様抱っこよりもずっと恥ずかしい!心臓発作が起こるかもしれない。


 震える足のもつれをかばうように、私が握られている手にすがると、カイルはぎゅっと強く握りかえした。


 手から伝わる体温が火のように熱い。これはもう色々と確定だと思う。


 寝室までの長い廊下には、メイドも使用人もマリエルすらいなかった。

 みんな気を利かせすぎだよと、怖気づいた私は心の中で叫んだ。


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