愛の告白 [クララの視点]
「じゃあ、もう行くわ」
ヘザーを玄関まで送ると、彼女は私に抱きついてきた。私もヘザーを抱きしめ返した。
「ローランドのことは私に任せて」
「ええ」
「王女様と殿下にも、きちんと伝えておくから。驚くと思うけど」
「うん」
ヘザーは私の耳元で、小声で言った。たぶん、すぐ近くにいるカイルに聞こえないように、ヘザーらしく気を使ったんだと思う。
「カイル様、クララをよろしくお願いします」
「こちらこそ。これからもクララと仲良くしていただければ、僕も嬉しいです」
紳士らしく頭を下げるカイルに、ヘザーも淑女の礼を取った。
一見すると冷静を装ってはいるけれど、今、ヘザーの中には、色々な想像が渦巻いてるに違いない。
伊達に何年も親友をやっているわけではないから、彼女が動揺を隠しているのは分かる。
私はそっと、隣に立つカイルを盗み見た。いつもと変わらないように見えるけれど、確実に違う。
絶対に違うと思う。たぶん別人だ。中身は宇宙人かもしれない。
だって、カイルの左手が、優しく私の肩を抱いている。こんなのありえない。
馬車の窓越しに手を振るヘザーに、手を振り返しながら、私はそろそろ夢から覚めるかなと思っていた。いい夢みたな。
でも、起きたら恥ずかしくて死ぬかも。そう思いながら、私はふらふらと屋敷のほうへ戻り始めた。
「大丈夫?」
足元がおぼつかない私の腕を、カイルが掴んだ。
なんともリアリティがある夢だと、私は自分の腕とカイルの顔を、交互に見比べた。
カイルはとても整った顔立ちをしている。ついに見惚れてしまう。
ぼんやりとカイルを見つめていると、突然カイルが私の額に手を当てた。ひんやりと冷たくて、なんだか気持ちがいい。
ほうっとため息をつくと、なぜかその手は私の頬に回され、カイルの顔が近づいてくる。
なぜカイルの麗しい顔が近づいてくるの?夢にしても、サービスが凄まじい。また、キスされる? 無理無理無理無理!
頭から火を吹きそうなくらい、顔が赤くなるのが分かった。思わずぎゅっと目を瞑ると、カイルはコトンと額を合わせてきた。
「やっぱり熱がある。顔が赤い」
その熱の原因は貴方です……とは言えずに、黙って目を開けた瞬間、私はふわっとカイルに持ち上げられた。
お姫様抱っこをされるのはこれで何回目だろう。
「危ないから、暴れないで」
なんとか身を捩って降りようとする私を、カイルが更にしっかり抱き抱えた。逃げようと思うほどに、かえって身動きが取れなくなる。
「あの、だ、大丈夫だから。お、重いし、は、恥ずかしいので…」
私がしどろもどろに言うと、カイルがほんの少しだけ微笑んだ。
その笑顔は反則だと思う。破壊力半端ない。私は思わず両手で顔を覆った。
ヨダレ垂れてたかも。だって、カイルがすごく素敵なんだもの。
「僕は君の婚約者なんだから、こういうことは別に恥ずかしくはないよ」
これは夢ダヨネ?ナンデスカその色気ダダ漏れの優しい目は。
そんな目で見られたら、鼻血が出る。いや、今もう絶対に出ている!
カイルがおかしい。カイルじゃない!別人だ。甘すぎる!
カイルの態度のギャップにあてられて、もしかしたら知恵熱というものなのか、私は限界を迎えた。
そして、くたりとカイルの腕の中で目を閉じた。
ヘザーが私を訪ねて来たのは、王宮を出てカイルの家に匿われてから三日目だった。
「クララ!無事でよかったわ!顔色が悪いけど、大丈夫なの?」
「ちょっと寝不足なだけ。すごく元気よ」
昨日は、カイルとショッピングに出かけた。そして色々なことがあったので、昨夜は興奮して眠れなかった。
私が寝ているのはカイルのベッドだし、まさかとは思ったけど、夜這いとかあった場合のスマートな対応の仕方とか、夜通し考えることはいっぱいあったし。
もちろん、夜這いなんて気配、微塵もなかったけど!
「そう。ならいいけど」
「心配かけちゃって、ごめんね。急なことで、連絡もできなくて」
ヘザーは私を抱きしめて、「無事ならいいのよ」と親友らしいことを言ってくれた。なんだかちょっと、涙が出そうになった。
時間的にちょうどいいので、私たちは午後のお茶をすることにした。
カイルは朝から出かけているので、主が不在の家でずうずうしくもお茶しているというのは、何様だろうと思わなくもない。
でも、すべては女中頭マーサさんの采配なので、私が我が物顔で命令しているわけじゃないということだけは、ここで断っておきたい。
「それにしても驚いたわ。あなたがカイルの家に匿われているなんて。カイルって家ではどうなの?学園のときみたいに、ポーカーフェイス?一緒にいることあるの?ギャップ萌えイベントとかあった?」
あったに決まっているよ!もう始終、萌え萌えだよ!心臓が持たないよ!悶え死ぬよ……なんてことは、さすがに言えないので、なるべく冷静を装ってにこう言ってみた。
「カイルはそんなに変わらないよ。無口だけど優しい」
そうは言っても、ヘザーにはそんな猿芝居が通じるわけがない。
たぶん、私が自覚できるほどに真っ赤になっているからだと思うけれど、的確に言葉の裏の真の意味を読んできた。
「ふーん、ツンデレか」
シレッとそう言うヘザーに、そうなの!そのツンデレに萌えた!と言いたかった。
もし、マーサさんが給仕してくれていなかったら、絶対にそう叫んでいたと思う。
私はマーサさんの様子をちらちらと伺いながら、なんとか話題をそらそうと試みた。
「王女様のお使いで来たんでしょう?侍女じゃなくて秘書になったのね。ヘザーにはそっちのほうが合っているわ!」
「当たり前よ!私はキャリアを目指しているって、知っているでしょう?」
ヘザーの話だと、結局は誰も後宮には戻らなかったらしい。
「私たちなんて当て馬で、殿下も王女様もあんたを側室に狙ってたんだから」
私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、思わずゴホッゴホッとむせた。
今の言葉、マーサさんに聞かれなくて、本当によかった。
「ちょっと待って。なんでそんなこと」
「ふうん。そんなに焦るってことは、殿下もとうとう、気持ちを伝えたわけね」
どう答えていいのか分からず、私は黙ってしまった。
あの晩、部屋から退出しようとしたとき、殿下は私を後ろから抱きしめて、愛していると言ったのだ。
そして、殿下は最後に、私の首筋にキスをした。そこはローランドに噛まれた痕だったはずなのに、なぜか翌日には消えてしまっていた。
もしかしたら、すべてが夢だったのかと思うような出来事だった。
ヘザーもさすがに、それ以上は突っ込んでこなかった。私としても、自分の中で整理できていないことを、根掘り葉掘り聞かれないのはありがたい。
こういうときは何も言わないのが、実はヘザーの優しさなのだ。
「あの、王女様はなんて?」
「あんたの婚約を急がせたいって。王女様の婚約式には公式発表するから」
王女様からは、なるべく殿下から離れておくように言われてはいた。でも婚約のことは初耳だった。
「私の婚約?え、何それ……誰と?」
相手もいないのに、婚約できないだろう。まさか相手不在のエア婚約?
「ローランド」
ヘザーは下を向いて、言いにくそうに言った。その目線の先には、大粒のルビーの婚約指輪があった。
「ちょっと待ってよ!ローランドの婚約者は、ヘザーでしょ?」
「知ってたの?なんで?」
「べルダの店で聞いたの。その指輪、べルダのでしょ」
図星だったらしく、ヘザーは急に顔を真っ赤にした。照れるヘザーって、レアかもしれない。これには、さすがのローランドも、ギャップ萌えしてるに違いない。
侍女として王宮に上がった初日、王女様は恋バナお茶会を催した。そして、王女様はヘザーの想い人はローランドだと指摘したのだった。
『違う!違うよ!私はローランドのことなんて、別になんとも!』
必死にローランドへの気持ちを否定するヘザーは、普段の冷静さとは打って変わって、なんだか可愛らしかった。
なんというか、すごくバレバレというか、ダダ漏れな感じだった。
好きなのは望みのない相手……なんて言っていたけれど、そんなことはまったくないと思う。
二人はいつだって仲良しだったし、実際にすごくお似合いだ。
たぶん、ヘザーは私がローランドの許婚だからって、変な遠慮をしていたんだと思う。
そんなことにも気が付かず、ぼんやりしていた自分が恥ずかしかった。
だから、こうなってくれて本当に嬉しかった。
知らない間に幼馴染と親友が婚約していたことに驚いたけど、カイルはすでにもう知っていた。
案外、ずっと前から公認の仲だったのかもしれない。
そして、その後のカイルとのあれやこれやで、私のほうもパニックになってしまい、実はヘザーの婚約のことは、今さっきまで忘れていたくらいだ。
相変わらず、ひどい親友だ。
「そのことなんだけどね、ローランドは」
「おめでとう。よかったね。ヘザーはずっとローランドが好きだったんでしょう?運命の相手だったんだよね」
「その婚約なんだけど」
ヘザーは、私がローランドに特別な感情があると勘違いしている。でも、恋する乙女は、そういうものなのかもしれない。
自分の好きな人が世界一素敵に見えて、他のみんなも彼を好きかもしれないと思うのは当然だ。
私だって、世界中の女性がカイルを好きだと思っている。
「私のことは気にしないで。ローランドのことはなんとも思ってないから。その指輪、素敵じゃない。ローランドったら、結構キザなのね。ルビーなんて」
「それ、本気で言ってる?」
「もちろんよ」
「あんたは、ローランドが好きなんじゃないの?」
「好きじゃないわ」
「じゃあ、なんで殿下の側室を断ったの?」
ヘザーもなかなかに粘るな。相当ローランドに夢中なんだ。こんな風に素直に執着を見せるなんて、ちょっと普段のヘザーからは考えられない。
これは、私も真剣に向き合うべきだ。親友として名誉を挽回しなくちゃ。
「私、他に好きな人がいるの」
「クララ、何か私に遠慮しているんだったら、それは違うから」
そうじゃないって。貴方のローランドはいいヤツだけれど、私とはプロレスの宿敵なの。恋敵とかじゃないのよ。
それよりも、親友だったら私の気持ちを聞いて!誰にも内緒にしていたけど、親友の貴方だけに言うんだからね。
「そうじゃないの。私はカイルが、カイルが好きなの」
恋に悩むヘザーを見て、私も本音を口にした。こうなったら、がっつりと恋バナをするしかない。
その言葉に、ヘザーが息を飲んだと思った瞬間、肩に誰かの手が置かれて、私はビクッと飛び上がった。それはカイルだった。
「遅くなってごめん。一人で心細かったろう」
今の告白、カイルに聞かれた!
私はあまりの恥ずかしさに卒倒しそうだった。間接告白するとか、ありえない。ああ、もう終わった。短い恋だった……。
ショックで呆然とする私をよそに、カイルはそのまま私の顎に指を当てて上を向かせ、私の唇に触れるだけの短いキスをした。
そのあまりにも想定外で素早い仕草に、私はカイルを避けることもできなかった。
「ヘザー、いらっしゃい。クララの婚約者は僕だ。王女様に伝えてくれ」
真っ赤な顔をして目を見開き、両手で口を覆っているヘザーを見て、私も口から心臓が飛び出たよ!と叫びそうになった。
それは自分にではなくて、まるで他人に起こったイベンドだと勘違いするくらいに。
実際に、夢の中の話だったのかもしれない。
そして、今、私はなぜかカイルに抱っこされている。カイルの規則正しい心臓の音が聞こえて、それが非常に心地よかった。
寝不足なこともあり、私はそのままカイルに身をゆだねた。
そういえば、お姫様抱っこはこれで4回目かもしれない。この家に着いたときも、私はカイルにこうしてベッドへ連れていってもらったんだっけ。
目が覚めてもカイルがそばにいたらいいなと思いながら、私はそのまま眠りにおちた。




