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新たな決意

 執務室で、僕はひどい胸騒ぎを覚えた。クララが助けを求めている。


 クララが王宮から出ている間、僕たちの繋がりは弱くなっていた。とはいえ、彼女の危険くらいは感知できる。

 王女の希望で、レイがかけた術式だ。クララが世界中のどこにいても、その生死は確認できる。


 だが、僕がそれを感じたほんの数分後には、クララはいきなり王宮の結界に飛び込んできたのだった。


 何があった?クララが無事なのは分かる。だが、状況が分からないうちは、安心することはできない。


 そのとき、さっき火急の用事とやらで退出した王女が、折り返したように執務室に戻ってきた。

 そして、「レイから連絡が来た。クララを護衛して」と僕に伝えてきた。


 僕は仕事を部下に任せると、殿下の命令を待たずに執務室を出た。


 クララの気配は、王女の部屋からだ。僕はそのまま、後宮へ続く隠し通路側のドアの前で待機した。


 眠っているかの意識を失っているのか。そのどちらかだと思う。それでも、壁を一枚隔てただけで、すぐ近くにクララがいるのに、僕は彼女の姿を見て、安否を確かめることもできない。


 主従関係というのは、つまりそういうことなのだ。


 すぐに医者や聖女が招集された。まさかクララが怪我を……。

 なんとか状況を把握したかったが、僕にはそうする権利はなかった。ただ、ここにいるだけしかできない。次の命令を待つしかない自分が、情けなかった。


 どのくらい時間が立ったのか、隠し扉から医者と聖女が退出され、入れ替わりに侍女長が呼ばれたようだ。

 彼女もやはり、隠し扉側からやってきた。そして、僕がそこに控えているのに気がつくと、そっと小声で言った。


「北方です。クララは大丈夫。ただ、油断はしないように」


 僕は侍女長の心遣いに、深く頭を下げた。


 侍女長は、こうしていつも、さりげなく大事なことを伝えてくれる。職務ではなくて、好意で。


 北方。そんな気はしていた。北方に発ったレイからの連絡と聞いたときから。


 だが、なぜクララが。あの瞬間までは、クララからは何の感情の乱れも受けとってはいない。助けを必要とするような状態は、皆無だったはずだ。

 ローランドと一緒では、なかったのだろうか。王女からは、クララの休暇に合わせて、ローランドの出仕を免除したと聞いていたが。


 そのとき、王女からの伝令を受け取った。ローランドを救護するようにと。

 僕はすぐに廊下へ続く隠し部屋のドアを開け、ローランドが通りかかるのを待った。


 やがて、暗い廊下に現れたローランドは、血だらけだった。僕は急いで彼の腕を掴んで、部屋に引き入れた。


「その姿は目立つ。こっちに来い」


 ローランドは、一瞬だけ驚いたような顔をしたが、素直に僕に従った。

 ひどく顔色が悪く、思いつめたような目をしていた。


「お前の部屋にも続いている。怪我はしてないんだろう?」

「大丈夫だ」

「それにしては顔色が悪いぞ。クララも無事だと聞いたが」

「無事だ」


 ローランドの声はひどく掠れていて、僕はこれ以上は聞くのをやめた。クララが無事ならいい。

 そして、こいつも無事だ。それでいい。あとはもう、僕が関われる範疇ではない。


 あと少しでローランドの部屋につくというタイミングで、僕はローランドに聞いた。


「レイはどうだった?」

「北方の魔術師と、対峙したところまでしか分からない。そのまま転移魔法で飛ばされた。無事だといいが」

「北方の魔術師。シャザードか?」

「そうらしい。一人だけ軍服を着ていた」


 力は五分五分だと、レイは言った。シャザードを使うなど、北方の狙いは何だ。


「すまなかった。こんなことにレイを巻き込んでしまって」

「レイは北方を追ってたはずだ。巻き込まれたのは、むしろお前のほうだろう」


 クララが無事だったのは、ローランドのおかげだろう。シャザードは目的のためならなんでもする、悪魔のようなヤツだと聞いている。二人とも死んでいても、おかしくなかった。


「シャザードに襲われて、無傷で帰ってくるなんて、実際には奇跡に近い。よくやったな」


 ローランドは微笑んだが、ずいぶんと責任を感じているようだった。


「狙いは、クララか」

「お前、知ってたのか?」


 責めるようなローランドの声を聞いて、僕は奇妙な違和感を覚えた。


「殿下がクララにご執心なのは、お前も知ってたろ?北方は、手段を選ばないからな。クララに目をつけても、おかしくはない」

「ああ、ご寵愛の側室だからな」


 僕はローランドの肩を掴んだ。どこからそんな話になるんだ。クララは側室なんかではない!


「誰がそんなことを言った。王女か?」 

「いや、シャザードが」

「シャザード?やつが何と言った?」

「閨に呼ばれた、ただ一人の愛妾だと」

「お前、それを信じたのか?」

「せっかくのお前のアドバイスだったが、殿下に先を越されたよ」


 僕は、掴んでいたローランドの腕を離した。ずいぶん力が入っていたので、指の痕がついたかもしれない。


「本気で言っているのか。クララが殿下と寝たと?」

「下品な言い方をするな!」


 ローランドは声を荒げ、僕に殴りかかろうとした。だが、すんでのところでそれを止めた。

 そして、まるで自分を恥じたように、僕から目を逸らした。


「すまない。俺は今、どうかしているんだ」


 ローランドは本気で、クララが愛妾になったと思っているのか?

 それは誤解だ。殿下にしてもクララにしても、そんなことは望んでいなかった。


「クララには、確かめたのか」

「妾になるほど、殿下を愛しているのかと聞けっていうのか?愚問だろ」

「そうじゃなく」

「そんなもの。あのクララが、愛していない男に抱かれるわけないだろう」

「そんなことは、言われなくて分かってる。だから本人に聞けと言ってるんだ!」


 あの夜のことは最高機密だ。ローランドに話すことはできない。

 だが、クララから側室という事実はないと聞けば、すぐに誤解は解ける。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味だろう」

「堂々巡りだな。王女も、クララが閨へ行ったことを否定しなかった。話は決まりだ」


 また王女か!あの人は僕らを、一体何だと思っているのか。彼女に、他人の気持ちを弄んでいい権利などない。

 そこまでクララを側室に仕立てたいとしたら、なにか国策が関わっているのか。

 もしや、クララを北方の囮に。まさか。そんなことは、殿下が許すはずがない。


 そんなことを考えているうちに、ローランドの部屋に一番近い廊下に続くドアに出た。


「ここからすぐに、お前の部屋にいける。この通路のことは国家機密だ。誰にも言うな」

「ああ、助かった」


 ローランドは、そのままドアを出て行こうとしたが、僕はそれを手で遮った。


「俺は言ったよな。お前がいらないなら、俺がもらうって」

「ああ。だが、クララはもう……」

「俺はそんなことを聞いてるんじゃない。お前がもう、クララはいらないかと聞いているんだ。いらないのか?」


 ローランドは答えなかった。


 お前の気持ちは、そんなものなのか。殿下の側室になった女なら、もういらないと?もう守る気はないと。


「お前がそういう気なら、俺はもう遠慮はしない。クララは俺がもらう」

「おい、殿下に聞かれたら……」


 結局、こいつは臣下だ。いざとなったら、クララよりも国家を優先する。そんな男に、クララを任せられるわけがない。


「この馬鹿が。付き合いきれない。後悔しても遅いからな。もう行けよ」

「ああ」


 僕はドアを閉めながら、ローランドに最後通達をした。


「俺は、クララの気持ちを尊重する。俺に惚れるなら奪う。いいな?」


 ローランドの答えを聞かず、僕はドアを閉めた。


 僕はそのまま王女の部屋へと戻った。途中で殿下とすれ違ったが、殿下の目は「頼む」と言っていた。


 僕の決意は固まった。殿下もローランドもその手を離すなら、クララの手は僕が取る。


 彼女を決して一人にはしない。


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