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全てはあいつのために

アクセスありがとうございます!

この【第二章】は下記の続きになります。


【第一章: 共通ルート】鈍感男爵令嬢と三人の運命の恋人たち ーー あなたの推しは誰ですか?

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まだお読みでない方は、ぜひ先にそちらを読んでください!

よろしくお願いいたします。

 殿下が急に、学園で行われる一般クラスのパーティーに行くと言い出した。


 理由はたぶんあいつだろう。


 僕たちはすでに王宮の執務室で業務に当たっていたが、それぞれ部屋に戻って制服に着替える羽目になった。

 僕は学園でも騎士服だったので、そのままの姿で警護に当たるのだが。


 たとえ学園内だろうと、この時期に殿下を一人にするわけにはいかない。


 ふと見ると、制服を着たローランドが不機嫌そうに壁によりかかっていた。こいつも殿下のお目当てに気がついている。


 それはそうだ。こいつは許婚であるあいつに心底惚れている。あいつに関することは、どんな小さなことでも、こいつは見逃したりしない。


 ローランドは男の僕でも慣れていなければ見入ってしまうくらいの美男子だ。女にはすこぶるモテるが、問題を起こしたことはない。それはあいつのためだろう。


「どうした。イラついてるな」

「なんで殿下が、一般のパーティーなんかに。理解に苦しむ」

「まあ、いいだろ。殿下が行けば皆が喜ぶ」

「いつもの気まぐれだ。付き合う俺らの身にもなってほしい」


 気まぐれなんかじゃない。殿下は明確な意図を持ってパーティーに出席する。あいつに会うためだ。

 こんな風にローランドが荒れているのは、それが分かっているからだ。


 どういう経緯があったのかは知らない。それでも、あいつからはいつもほんの微かだけ、殿下の魔力を感じる。そう、それは初めて会ったときから。


 あの日、市場で消えた殿下の魔力を追って、あの路地へ飛んだ。それなのに、そこにいたのは殿下じゃなく、あいつだった。


 あいつが、街のゴロツキどもに囲まれているのを見て、僕はつい余計な手出しをしてしまった。どうしても放ってはおけなかった。

 そのせいであいつを驚かし、あまつさえ怪我までさせてしまった。

 本来ならその場で怪我を治してやるべきだったけれど、あいつに僕の魔力を知られたくなかった。


 僕は魔力をなるべく使わずに生きようと、ずっと騎士を目指してきた。魔法ではなく、剣の鍛錬を続けてきた。


 なぜなら、僕にとってこの魔力は、一族に付与された呪いみたいなものだから。


 準備を終えて殿下が執務室に戻ってきた。


 ローランドもかなりの美形だと思うが、やはり殿下の壮絶な美貌は、女には堪えられないだろう。よくもこんな男がこの世に存在しているものだと思う。


 この男に愛されたら、あいつだってイチコロかもしれない。


「急なことですまない。よろしく頼む」


 殿下はそういうと、転移装置のほうへと向かう。次に続くのはローランドと側近である臣下たち。僕ら騎士は後方に付く。それが定位置だった。


 僕たちが学園のパーティー会場に到着すると、一般クラスの生徒たちは、突然の殿下の来訪に驚き、見惚れ、僕ら集団を遠巻きに観察していた。


 当然の反応だろう。殿下が公務以外でイベントに参加するなど、そうそうあるものではない。


 学園では、殿下はなるべく食堂や図書館のような一般との共有部分を利用していた。

 それは、開かれた王室というイメージ作りのため。王室への支持を得るという明確な目的を持った、殿下の任務の一部だった。


 僕は会場をざっと見回したが、幸いこれといった危険はなさそうだった。強いて言うなら、ローランドが殺気立っているくらいだろうか。


 さすがに学園は魔術師たちが結界で守るだけあり、不穏な動きや人物などいない。

 きらびやかな牢獄というにふさわしい場所だろう。王宮と同じように。


 殿下は会場に入ると、まっすぐにあいつに近づき、ダンスに誘った。

 ワルツを踊る二人は、ローランドを嫉妬させるには十分にお似合いだった。


 あいつは、人が立ち止まって思わず振り返りたくなるような麗人だ。男子学生の間でその美貌が話題になるほどの。

 それなのに、本人はそれに全く気がついていない。


 学園であいつに近づこうとした男たちは、ことごとくローランドに潰されていた。

 それを知らないのは、たぶんあいつだけだった。


 他人の気持ちには敏感なのに、自分に関わることになると途端に鈍感になる。実にあいつらしい話だ。


「カイル、これを殿下に」


 ドアに一番近いところに控えていた僕は、執務室での待機を命じられていた騎士仲間からメモを受け取った。


「至急、執務室に戻るよう伝えてくれ」

「分かった。お前は先に戻れ」


 彼がいたのはほんの数秒だったが、殿下はその気配に気がついているようだ。

 ほんの少しだけ視線がこちらに動いたので、僕も視線でうなずいてみせた。

 そして、僕はすぐにローランドを探した。


 ローランドは一人で会場の少し奥の窓際にいた。


 ここに来てから何人もの令嬢に声をかけられていたが、彼を引き止めるほどの魅力を持つ女性はいなかったらしい。


 殿下に向ける視線は、さきほどよりずっと強い殺気を含んでいた。

 僕ら臣下は、主である殿下に不敬を働いてはならない。ローランドの態度は行き過ぎだ。


 殿下がどう見ているのかと様子を伺うと、むしろ面白そうにローランドを煽っている。


 確かに、殿下がローランドをからかいたくなる気持ちは理解できる。こいつは直情型で、いじり甲斐のある、愛すべきやつだから。


 もちろん、それはあいつの言うような同性愛的な意味ではない。一体、どこをどうしたら、あんな発想ができるのか。全く意味がわからない。


 それでも、あいつの不可解思考のおかげで、僕がほっとしたもの事実だ。あいつに僕の気持ちは知られていなかった。それでいい。


「黙って見ていていいのか」


 僕も殿下のことは言えない。ついついこいつをからかいたくなる。

 普段は澄ましているくせに、ローランドはつつくと簡単にボロがでる。特にあいつのこととなると。

 恋は盲目だとはよく言ったものだと思う。


「カイルか。クララは俺の所有物じゃない」

「殿下のことだ。目立つのは危険じゃないか」

「…っ」


 思ったとおり、ローランドは餌に喰い付いた。見事に引っかかったというべきだろう。

 もちろん、僕にからかわれたことに気がついたようで、こちらをにらみつけてきた。

 あいつのことに関しては、こいつの色男の仮面はあっさり剥がれる。唯一の泣きどころというところか。


「さすが騎士様だな。いつでも殿下が一番、いや唯一か」

「いや、そういう意味じゃない…」


 騎士は主君に仕える。それは一番であり唯一だ。


 だが、僕には忠誠を誓った人がいる。幼い頃から、その人を守ると決めて生きてきた。

 だから、その人に害をなすものは、殿下であろうと容赦はしない。


「執務室からの知らせだ。すぐに引き上げるぞ」

「例の件か…」

「ああ。殿下を王宮に連れ帰る」

「そうだな。今すぐ呼びにいくか?」


 今、あいつと踊っているのは、殿下ではなく『アレク先輩』なる人物だ。

 殿下の素顔。変装用の眼鏡を外した、王太子殿下の本来の姿。


 明日から、殿下は素顔を隠さずに政務を執ると決まっていたが、今夜はあいつのためだけに、殿下は『アレク先輩』とやらに戻っている。


 楽しそうに踊る二人に、ローランドは分かりやすく嫉妬している。もし許されるなら、今この瞬間でも二人の間に割って入るだろう。


 これでは殿下もさぞ踊りにくいだろう。ローランドのこの視線に気付いているなら、たぶんあいつも。

 いや、あいつは鈍いから、そんなことには気が付かないか。

 もし気がついていても、さすがに『ローランドの次の恋の相手は殿下だ』とは言い出さないと思うが。……そう思いたい。


「お前、相当あいつに惚れてるな」

「バカ言うなよ。あいつが俺に惚れてるんだ!」

「ずいぶんな自信だな」


 強気な言葉とはうらはらに、ローランドからは自信も余裕も感じられない。

 あいつに関しては、明らかに誰よりも優位な立場にあるのに、何がこんなにこいつを追い詰めているんだろうか。


 ぼやぼやするな。さっさとあいつのところに行け。どう見ても、あいつを幸せにできるのはお前だろ。


 だから、僕はお前のために男色の汚名をかぶってやった。あいつがお前を男として意識できるように。ただの幼馴染じゃなく。


「殿下は彼女を離さない気だぜ。ほら、次の曲も踊るらしい」


 僕はダメ押しをした。これで動かないなら、お前にあいつは任せられない。


 ワルツが終わっても、殿下はあいつの腕を掴んで離さなかった。

 これ以上、殿下の挑戦を見過ごすなら、こいつの気持ちはその程度だということだ。


 だが、僕がそう思ったときには、そこにはもうやつの姿はなかった。


 思った以上にローランドの動きはすばやかった。殿下の腕を払いのけ、間に割って入る。

 あいつを自分の後ろに回すと、そのままかばうように殿下の前に立ちはだかった。


 二人は少し言葉を交わしただけだったが、すぐに殿下は楽団に次の曲の前奏に入るように合図した。


 どうやら、あいつともう一曲踊るのは諦めたようだ。


 いや、最初から踊る気はなかったかもしれない。殿下は執務室からの知らせに気がついている。私事で行動を遅らせるとは思えない。いつもの殿下なら。


 殿下はローランドの一瞬の隙きをついて、あいつの前にひざまづいてその甲にキスをした。

 淑女への礼を取っただけだが、そのせいで、会場のいたるところから悲鳴が上がった。


 殿下は緊急事態に退出を余儀なくされるのは分かっていた。あのキスは無用にローランドを煽っただけに過ぎない。


 どうやら、殿下もずいぶんとあいつにご執心らしい。

 もしかしたら、本気なのかもしれない。


 会場で待機していた側近や騎士たちに、殿下に続いて執務室に戻るよう、僕は目で合図を送った。ローランドもそれに気がついていたが、全く反応しなかった。


 僕の目の端に、ローランドとあいつが二人がテラスへと移動するのが見えた。


 これでいい。ローランドを選ぶのがあいつには正しい選択だ。殿下を愛せば茨の道だが、ローランドなら大丈夫だ。


 なんの憂いも、なんの苦労もなく。平和で明るく、平凡だが満ち足りた未来が待っている。


 そう、それがあいつの幸せなんだ。


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