3話
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明子が拓海の部屋に来る様になって、3ヶ月が過ぎた。 今までは毎週金曜日の午前9時に来ていた明子だったが、今週のこの日は相談があると言って、母親の花果もこの時間に呼びだされていた。
明子の横には、拓海と同じ年齢くらいだろうか、家政婦には若いと思われる女性が一緒に居る。
「花果さんには、先に弓子さんから連絡入っていると思いますが、私の担当が今日までなので、後任の方の紹介と、引継ぎと言う事で、了解を得ているかと思いますが?」
「はい。 弓子からは先日連絡があり、大体の事は聞いています」
「そうですか、それでは....」
そう言って、明子は隣に居る女性を紹介した。
「この方は、来週から私の後任になる、中村 菜穂さんです。 5月から入所しまして、大体の事は出来る様になってきましたので、初めての担当には、ここが最適と思い、私が選択しました」
「初めまして、来週からお世話させていただく、中村 菜穂です。 21歳です。よろしくお願いします」
「!!」
なにか引っかかる事が拓海にはあった。
「あらまあ、こちらこそよろしくお願いしますね。 でも、こんな若い家政婦さんなんて、男の子と二人きりになると、何か起きそうなのに、いいんですか?」
これには明子が、自信をもって話してきた。
「実はこの娘、格闘技を習っていたんで、全然心配していません」
「「!!」」
「ははは.....、そうなんですか、なら安心ですね」
拓海の何ともない返事だ。
「はい」
と言う、何の変哲もない返事が菜穂から返って来て、何となくだが、ちょっとだけ、ピリッとした空気が流れた。
「では早速、指導しながら始めて行きますね」
そう言って、明子は菜穂に指導しながら、いつもの様に始めて行った。
実際に、拓海の部屋も、明子が来てからは、汚したり散らかしたりすることに気を付けているので、清掃・片付け などは、ものの30分もあれば、終わる。
最近、時間をかけるのが、総菜などの作り置きだ。
清掃・片付けには、30分も掛からないので、拓海の要望もあり、最近は明子も、料理の方に手間を掛けている。
△
一通りの作業が終わり、11時前になったところで、明子が花果に終了の意思を告げる。
「では終わりましたので、私たちは帰りますね」
「はい、ありがとうございました」
「では、来週からは中村さんが来ますが、ここに来る時は、電話をしてから来るので、よろしくお願いいたします」
そう言うと、明子は菜穂に無言の促しをした。
「では、来週から来ますので、よろしくおねがいします」
菜穂からも、お願いされた。
「それと、このタイミングで、中村さんに部屋の鍵を渡してもいいですか?」
「はい、いいです」
部屋の住人である拓海に了解を得て、明子が持参していたバッグから、拓海の部屋の合鍵を菜穂に渡した。
「じゃあ、来週からお願いね中村さん」
「はい、分かりました」
と言う事で、明子と菜穂の引継ぎは終わり、二人は揃って帰って行った。
時刻は午前10:59と言う絶妙な時間だった。
(すごいな明子さん) と拓海は思った。
◇ ◇
早いもので、明子と菜穂が交代して3ヶ月が経った。
菜穂もこの頃になると、大分作業にも慣れてきて、 3か月も経った頃には、テキパキ度が半端なく、同じ部屋と言う慣れもあって、2時間の契約時間なのに、菜穂の作業は一時間もあれば、殆ど終わってしまう時もあった。
勿論、拓海は学業とバイトシフトで、毎回部屋に居ることは出来なかったが、夕方に拓海が帰って来ると、部屋が奇麗になっていて、夕飯の支度は勿論、数日間の総菜も、タッパーに幾つも冷蔵庫に入っていて、一人暮らしの生活でも、奇麗に片付いた部屋に居ることで、考え方も変わって来て、最近では拓海自身が、部屋を汚さないように気を付けているようになった。
それでも拓海は、時々菜穂の業務中に居る時もあるため、菜穂の業務が早めに終わった時には、お茶を飲みながら、楽しい話をする様になってきた。
△
「へえ、菜穂さん柔道を習ってたんだ?」
「はい。 自分で言うのもなんですが、結構 自衛は出来てますよ。....、あ、でも、こんな私を襲う男の人なんていませんけどね~....、あはは」
「じつはウチの妹も、高校2年生までは柔道やっていたんだ」
「そうなんですか。 私は二段でしたが、妹さんの段位って聞いてもいいですか?」
「いいよ。 妹は菜穂さんと一緒の二段なんだ」
「あれ、同じですね、なら、兄の拓海さんはやらなかったんですか?」
拓海はあまり言いたくは無かったが、菜穂なら言っても大丈夫だと、何かの直感が正直にさせた。
「じつはオレもやっていたんだ」
「何となくそうだと思いました」
「なんで?」
「姿勢が良いのと、指先がごつい感じだったから、何かの武道をしていたのかと、勝手に思っていましたから」
「はは、参ったな」
少し二人で笑って。
「で、段位って....」
「やっぱ気になる?」
「はい、とっても」
少し間を置いて。
「もったいぶってると思った?」
「はぐらかさないで」
「........三段だよ」
「すご!」
「あまり自慢したくなかったので、話したくはなかったんだけど、菜穂さんならいいかな~って思って」
「私を信じてくれたんですね。ありがとうございます」
菜穂と拓海は、その後も世間話を時間までして、美穂は時間が来た数分前に帰り支度をして、時間丁度に拓海のアパートから帰って行った。
(これからは、あまりアパート内で、長時間二人きりになる事は避けよう、世間の目もあるし、とにかく、菜穂に悪い)
と、気を使う拓海であった。