1話
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「まあまあ....、良くもこれだけ一週間で汚せるものね....」
そう溜息を吐くのは、このアパートの住人の 城崎 拓海21歳大学4回生の母親である 城崎 花果だ。
「先週ちゃんとしときなさいって言ったのに....、って、ま、いつもの事か」
弁解しようと、拓海が母親に返す。
「オレだって最初はきちんとしていたよ、だけど、講義が終わると、毎日バイトだろ? だから、疲れて帰ってくると、遅いときは夜10時近くになってしまうんだよ」
「だからって、ココまで汚す?」
「う~~ん....」
「ま!いつもの事だから、期待はして無いけど、毎週これじゃあ、一ヶ月来ないと多分、足の踏み場もない ゴミ部屋ね」
この意見に、返せない拓海。
その後も、約1時間かけて、掃除をしてくれて(当然、拓海も手伝うのだが)、今は小さなキッチンで、母持参の食材で、3日分の総菜を作っていてくれる最中だ。
◇
城崎 拓海は大学3回生。
地元の高校を卒業してからは、自宅から車で、約一時間半ほど離れた大学に通っている。そのため、学校近くで築20年くらいの六畳間のアパートを借り、大学に通っている。
小さなキッチンと、トイレと小さ目な風呂もあり、拓海ひとりで暮らすのには、十分だ。
だが、拓海は多少の料理は出来るのだが、残念な事に、その料理以外では、全くの片付けが出来ない性格だった。
この無精な性格も、一人暮らしになれば、自然に家事スキルが身に着くものと考えていた両親だったが、たまに来る母親が、それでもあまりにも無精な拓海を見て、一週間の何処かで、片付けと数日分の料理をしに来ているのだ。
「ねえ拓海。 もう少しアルバイトの時間減らして、この部屋奇麗にしたら? あなた自身もイヤでしょう?、こんな部屋じゃあ」
「それが厳しいんだ。 バイト料が減ると、スマホ代と大学の昼食費が厳しくなるんだ。 だから、バイトは増やしはしても、減らすことは出来ないんだ」
「友達との交際費を削ればいいんじゃない?」
「それも結構切り詰めているんだけど、最低限の付き合いはしたいんで、これ以上は....」
親には学費を払っていてくれるので、これ以上迷惑をけける訳にはいかない。 なので、今のこの状態が、拓海の基本の生活スタイルになっている訳だ。
「拓海。 今週末は帰って来るんでしょ?」
「そうだよ」
「だったら、その時にお父さんにも相談してみたら?」
「う~~ん。 今までと変わりないとは思うけどな~」
「ま、とにかく話し合いましょ。いいわね」
「うん....」
その後、母親の花果は家事を済ますと、作った惣菜をタッパーに入れ、小型の冷蔵庫に入れて、週末待ってるから、 と言って帰って行った。
(母さん、いつもありがとう。 あと少しで卒業だから....)
そう思い、毎週来てくれている母親に感謝した。
母親が帰って、午後3時半になり。
「そろそろバイトの時間だな」
そう言って、支度をして、バイクでアルバイト先に向かった。
◇
平日のごく普通な日々が過ぎ、母親に一時帰宅すると言った週末、拓海は250ccのバイクで、約一時間半の道のりを、実家に向けて一時帰宅した。
△
「ただいま~!」
実家に帰った拓海が、玄関ドアを開け、一時帰宅の挨拶をした。
その途端、廊下の奥から勢い良く走ってくる、元気な女の子が拓海に接近してきた。
「お帰り~!、 おにいちゃ~~ん!」
と言ったが早いか、いきなり抱き着くというよりも、巻き付いてきた。
「ぐえっ!....、見瑠々(みるる)、はなれろ~!」
「いやだ~!!」
さらに、巻き付き度が増してきて。
「ゔ~....、ぐるじいがら、やめど~....」
「イヤ!だって、久しぶりだもん」
城崎 見瑠々(じょうさき みるる)は匠の妹で、身長は155cmで、現在20歳の専門学生だ。
異常なまでの兄大好きで、大学に入ってから、拓海が一人暮らしを始めたので、寂しくってしょうがない。 なので、こうしてマメに帰って来てはいるのだが、帰って来るなり、毎回この様な出迎え方が多いので、拓海は参ってしまう。
見瑠々は小学校から、柔道を匠と一緒に習っていて、拓海が3段、見瑠々が2段だ。 なので、当然締め技の力があるので、がっちりと締めてくる。
あまり苦しそうにしているものだから、後から来た母親の花果が、見瑠々の後頭部を結構な勢いでひっぱたいた。
『ペシッ!!』
「いった~!....」
戒める様に、花果が言う。
「いい加減にしないと、今度は グ~でいくわよ、見瑠々!」
一瞬、見瑠々の表情が変わり、拓海から素早く離れた。
「ふう...、助かったよ母さん」
「もうホントに!、 ウチの王子と姫の仲が良いってのは喜ばしい事なんだけど、見瑠々は度が過ぎるわね。 見なさい、匠の顔、締められて真っ赤じゃないの!」
「あ、ごめ~んね、お兄ちゃん」
可愛い顔立ちの妹に、テヘペロ をされた。
(で、でも、コイツホントにカワイイな、妹ながら)
息を取り戻した匠が、見瑠々のミディアムボブの頭を撫でながら。
「ただいま見瑠々。 いい子にしてたか?」
「うん!」
兄に頭を撫でられて、フニ~~ となる見瑠々。
(重ね重ね、カワイイなコイツ)
「ねえねえお兄ちゃん、おかえり~。 なんか身長伸びた?」
「ン、な訳ないだろ?、高校生じゃああるまいし。いつも通り、175cmだぞ」
足元を見る見瑠々。
「あ~、そこの踵の高い靴を履いてるから、180cmくらいに見えるんだ~」
「そうだなきっと」
そう言い、拓海は靴を脱ぎ、実家に上がった。
△
リビングに入って行くと、父親の雄二がタブレットで、ニュースアプリを見ていた。
部屋に入った拓海に気が付き、最近かけ始めた老眼鏡を外して、拓海を見た。
「父さんただいま」
言われた雄二が、眉を緩めて。
「お帰り拓海。少し痩せたか? 毎日忙しいのかな?」
「相変わらずだよ」
「そうか....」
「母さんからは大体聞いているけど、学業は順調だが、生活面で及第点があるようだな」
「はは....、 聞いてたの? 参ったな~」
「最近は忙しそうなんだな。 でも、私生活は基本だからな、それと、誰かが来た時に、イヤだろう?」
「実は、毎日帰るのが午後10時前なので、最初の頃は友人を呼んでいたんだけど、ココ2年は全く呼んでないんだ」
「ほう....、だから部屋が荒れ放題と言う訳なんだな」
「まあね。 でも、最近は使った物は、元の位置に返すことにしたんで、置きっぱなしの荒れ方は無くなったかな」
「でも、いまだに週一で母親の世話になっているのは、どうかな?」
「すまない、父さん。 もう少し余裕があれば、片付くとは思っているんだけど、なにせ、帰ってきたら即シャワー浴びて、バタンキューなんで....」
「そうか、じゃあやっぱりあの話を遂行するかな」
「なに? その話ってのは」
その時、キッチンから見瑠々の声がして。
「二人とも。ご飯よ~!」
と、言ってきた。
話の途中で声が掛かったので、二人はそのまま腰を上げ、キッチンに向かう。
拓海は、話の途中なので、モノがつっかえたみたいに、中途半端な気持ちになっていた。
「なんの事だったんだろう?」
不思議に思う、拓海だった。