3,ドラゴン
今回はタイトルの通りです。この回で起こることは主人公渚にかなり大きな影響を与える事件となります。月花草を見つけた彼女の身に何が起こるのか…次話の内容も含め見届けていただければと思います。
どれくらい待っただろうか?あたりがすっかり暗くなった頃、ふいに目の前が明るくなり、私はついうとうとしかけていた目をこすった。
「わあ、綺麗……」
光の正体は月花草だった。月の光をたっぷりと浴びて開花した花が、月の光そっくりの柔らかくあたたかな薄黄色の光を放っていたのだ。それはまるで地上に月が降りてきたかのような幻想的な光景だった。そのあまりの美しさに私は呼吸も忘れて見入ってしまう。
……って、見惚れてる場合じゃなかった。
「佑真、急いで花を摘んでこのビンの中に入れてくれる?形を崩さないようにそっとね」
「わかった」
私達は急いでビン一杯に花を摘んでいく。最後にしっかりと詮を閉めてしまえばとりあえず採集は完了だ。
あたり一面月花草の花畑なおかげで採集自体はすぐ終わったけど、ある意味本番はこれからなんだよね。幸い花畑にいる間は一度小物な魔物が現れただけだったから、見つかる前に大慌てで近くの茂みに隠れてなんとかやり過ごせたんだけど、これから通る帰り道はおそらく魔物の巣窟だ。細心の注意を払わないと命がいくつあっても足りない。
ううっ、そんなことを考えてたらちょっと緊張してきた…。
「大丈夫?」
私の様子に気づいた佑真が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫だよ!早く行こう!」
こんなところで足踏みしているような時間はない。滞在時間が長ければ長いほど余計にリスクが高まっていくんだから…。
そう思って私は強がってみせる。うん、大丈夫。怖いけど足は動く。
「…渚、あんまり無理はしないでね?」
強がったところで、私が不安で押しつぶされそうなことは佑真にはお見通しのようだ。むしろますます心配そうな顔になっている。……と思ったら、急に私の手をギュッと握った。
「ねえ渚、これだったら少しは落ち着く?」
「…そ、そうだね…??」
思いがけない展開に思わず声がうわずる。心臓がバクバクとものすごい音を立てている。
ひゃあっ、まさか手を繋ぐことになるとは思わなかったよ!?確かにもっと小さい頃は普通にしょっちゅう手を繋いでた気がするけど、ひさしぶりだとなんか緊張する!確かに不安は和らいだけど別の意味で落ち着かないよ…っ。
「あ、あの、やっぱりいいよ!もう大丈夫!」
私はなんだか恥ずかしくなってそっと佑真の手をほどく。
「そう?大丈夫ならいいけど…」
私はこんなに落ち着かないのに、佑真はなんとも思わないのかなぁ?…まあただの幼馴染みと手を繋ぐくらいなんでもないか。所詮私の片思いだもんね…。私はもう何年も佑真のこと想い続けてるんだけどなあ。
……って、だからこんなこと考えてる場合じゃないんだってば。
私は余計な考えを振り払うようにぶんぶんと首を振る。
「ほら佑真、早く行こう!」
私は少し火照った顔に気づかれないよう、佑真の前を足早にずんずんと進んでいく。
「あ、ちょっと待ってよ!慎重に行かないと危ないってば!」
佑真が慌てて追いかけつつそう言ったが、私はしばらく歩みを緩めなかった。
花が咲くまでの間ひたすら地図を眺めていたから、道はすでにほとんど頭に入っている。だから佑真の案内も地図もなくても、私は迷うことなくどんどん進んでいく。よくアホの子扱いされるけど、私はこれでも平均よりは頭いい方なんだからね?特に暗記は大得意。佑真が地図を覚えろなんて言ったのもそれを知っているから。佑真はできるわけないことを無理にやらせようとしたりはしないからね。
途中何度か魔物にも遭遇したけど、見つかる前に物陰に隠れたり、どうしようもないときは佑真が氷魔法で動きを止めてくれている隙に逃げることでなんとか切り抜けることができている。思ったより遙かに順調だ。私はまだ魔法使えないから全然役に立ててないんだけどね…。10歳にもなれば大抵の子は基礎魔法くらいは使えるようになるはずなんだけど、私はどんなに練習しても未だに全く発動できなくて…。ううっ、辛くなるだけだし今はこのことは考えないことにしよう。そして話を戻そう。
ものすごく順調とはいえ、私達は一切油断はしていない。足早に進みつつも耳を澄まし目を凝らし、魔物が近づいてきていないか細心の注意を払っている。だからこそ今のところ不意打ちは受けずに済んでいる。このまま無事に森を出られるといいんだけど…。
そうしてだいたい半分くらい進んだ頃だろうか?急に遠くから地響きと共にズシンズシンという重低音が響いてきた。最初は聞こえるか聞こえないかみたいな微かな音だったが、少しずつ少しずつこちらへと近づいてくる。
「ね、ねえ佑真、この音なんだろう…」
「……なんだか嫌な予感がする。急ごう渚」
さっきまで魔物に気づかれないように、足音をたてないよう慎重に歩いていた佑真が、突然私の手を掴んで走り出す。
さっきまでの慎重さとは打って変わって、途中魔物に遭遇しても意に介さず、氷魔法を乱雑に放ちながら間をすり抜けるようにして強引に突破する佑真。どう考えても様子がおかしい。
「ねえ佑真、佑真はあの音が何なのか分かるの?」
「…それについては後で説明するから、今はとにかく全力で走って」
……やっぱり佑真は何かわかってるんだ。しかもこの反応、何かすごくまずいものが近づいていることは間違いない。だったらとにかく今は全力で逃げなきゃ。
状況をなんとなく把握した私はさっきまでよりも逃げることに意識を集中する。
でも、全力で走っているはずなのに足音はどんどんこっちに近づいてくる。まるで私達を狙っているみたいに。
足音が近くなるにつれ、地面の揺れもひどくなって走りにくくなってきた。すぐそこで木々の薙ぎ倒される音も聞こえてきて、足音の主がもうすぐそこまで迫ってしまっていることがわかる。出口までの距離はあと4分の1程度のはずなんだけど、それまで追いつかれずに済むかどうか…。森を出さえすれば、確か近くに王都を守る兵士達の基地があったはずだから助けを求めることもできるんだけど…。
……にしてもさっきから私達を追いかけてきてるのっていったい何者なんだろう?
私は好奇心に負けてちょっと後ろを振り返ってみる。そしてすぐにそれを後悔した。
なんとそこにいたのは数いる魔物の中でも最強クラスと名高いドラゴンだったのだ。
見上げるほどの巨躯に、鋭い爪と牙。あんなのに捕まったら私達なんてひとたまりもない。
そう思った瞬間、私は恐怖で足が竦んでしまった。
「渚!?どうしたの!?今は立ち止まってる場合じゃ……って、渚危ない!!」
「へ?」
次の瞬間、私は佑真に突き飛ばされて地面にドサッと倒れ込んだ。それに次いで、木の薙ぎ倒される凄まじい音がすぐ後ろで響き渡る。
え、今のってまさか……。
「佑真!?」
慌てて振り返った私の視界に飛び込んできたのは、さっきまで私の居た場所に横たわる大きな木と、その木に足を挟まれて身動きがとれなくなっている佑真だった。
それを見た私は一気に青ざめていく。
「佑真!?大丈夫佑真!?待ってて、今すぐ助けるから…!」
私は慌てて倒木に手をかけるが、当然私なんかの力じゃびくともしない。
「…渚、俺は大丈夫だから渚一人で逃げて」
「そんなことできないよ!佑真を置いて私一人で逃げるなんて…。佑真が足を挟まれたのも、そもそもこんな危険な森に来てドラゴンに襲われることになったのも、全部私のせいなのに…!」
そうだよ、こんなことになったのは全部全部私のせいだ。佑真は止めてくれたのに、私が無理言ってこんな危険な森まで佑真を連れてきちゃって…。しかもドラゴンに動揺して動けなくなって佑真に庇わせちゃって…。私最低だ…。
「渚のせいじゃないよ!俺なら大丈夫だから、すぐに追いかけるから!だからほんとに逃げてよ渚!」
「だから無理だってば!私一人で助かるくらいなら、このまま二人で死ぬほうがマシだよ…」
そんな言い合いをしている間にもドラゴンは迫ってきて…もう目の前だ。今更何をしたところで助かるわけがない。
…………でもやっぱり、私はどうなっても構わないけど、佑真には死んで欲しくないよ…。
神様でも悪魔でもなんでもいいから、お願いだから佑真を助けてよ。代わりに私をどうしたっていいから…お願い…!!
でもそんな願いも虚しく、ドラゴンはその鋭い爪を佑真に向けて振り下ろそうとする。
「佑真!!」
私は思わず佑真を庇うようにドラゴンの前へ飛びだした。
鋭い爪がどんどん私の眼前に迫ってくる。佑真が何か叫んでいる気がしたけれど、恐怖のあまりもう何も聞こえない。目の前もすでに真っ暗だ。
そして私はそのまま痛みを感じるよりも前に意識を手放した。
月花草の採集を無事終えて後は帰るだけというところで大変なことになってしまいました。佑真は動けず、渚はドラゴンの爪に貫かれる直前で失神。絶体絶命の二人はどうなってしまうのか…というところで次話に続きます。まあある程度予想はつきそうですが。
余談ですがプロローグの部分は薬師渚では回想としてしか描けなかったので、現在時制だと詳しく書けて楽しいです。本編14歳の主人公が10歳の頃の話なのでバトルも全然できないですし、なかなか”らしい”話が書けないのが気に掛かる部分ではありますが…(2章も薬師渚では回想にあたる部分ですし…)
さて、次回で一応1章プロローグは最後になります。(ここが終わっても4章までは実質プロローグだと思っていますが。)次の更新は今のところ来週末の予定です。もう少し早められると良いのですが遅筆なので…。4話「渚の決意」楽しみにして頂けると嬉しいです。