2,ラルクの森
今回は月花草を求めて二人で危険な森に乗り込みます。2話も読んでくれる人がいるといいな。
翌日、互いの親には近くの森にピクニックに行くと告げて、私達は出発した。
私達が住んでいるのは田舎だから、月花草のあるラルクの森までは結構距離がある。だからまずは村から一番近い町まで歩いて行き、そこから列車に乗って王都を目指す。わりと長旅になっちゃうんだけど、どうせ月花草の花は夜にならないと咲かないんだからまあ大丈夫だろう。
途中何度か乗り換えながら4時間ほど列車に揺られて行くと、ようやく王都に着いた。ラルクの森はここからさらに徒歩で1時間くらいのところにある。私達は遅めの昼食を摂った後、地図を片手に森を目指して歩き始めた。
ようやくたどり着いたラルクの森は何の変哲もないごく普通の森に見えた。ほどよく日差しが差し込んで明るいし、ぱっと見魔物の姿は見当たらない。
「なんか、いつも遊んでる森と変わらないね」
私は入り口から森の中を覗きつつ呟いた。
「まだ昼だからね。魔物がより活発になる夜はどうなるかわからないよ」
油断しちゃだめだよと厳しい顔で私を諭す佑真。
でも心配しなくても一応そのあたりはわかってるつもりだよ。明るいうちの、しかも入り口付近なんてそうそう魔物がいるわけがない。月花草は夜中、しかも森の奥の方でしか採れないらしいし、ちゃんと気を引き締めていかないとね。
***
当然私達も無策で来ているわけではない。
月花草は夜にならないと咲かないが、夜は魔物がより活発になる。それが月花草採集で最も問題となる部分だ。だったら夜間の行動を少しでも減らすために、明るいうちに月花草を見つけてしまえばいい。
たしかに採集は花が咲く夜にならないとできないが、探すだけなら花が咲いていなくてもできる。通った道を地図として書き記しつつ予め探しておけば、あとは花が咲くのを待って採集し最短距離で帰ればいいだけなので、夜間の森での活動時間はかなり抑えることができる。採集する上で一番時間がかかるのは月花草を探す作業だからね。
まあそれでも魔物との遭遇を完全に防げるわけではないが、花が咲くのを待ってから森へ行くよりはかなりリスクを抑えられるはずだ。
ちなみに私は地図なんて描けないんだけど、佑真はそういうの得意らしい。すごいなぁ。
「渚、月花草が咲く場所の細かい特徴ってわかる?」
道順を丁寧に記録しつつ佑真が尋ねる。準備期間はあまりなかったから役割分担してて、月花草について調べるのは私の役目だったんだ。
「えっとね、月花草は月の光を浴びることで花を咲かせるから、少し拓けていて月光のあたりやすい場所に育ちやすいんだって」
私は昨晩必死に調べたメモを見ながら答える。
「そっか、それなら比較的探しやすそうだね。しかも必然的に見通しの良い場所になるから魔物が接近しても気づきやすいし。……まあ万が一の際隠れる場所がないっていうことでもあるんだけどね」
そ、そっか、そういう考え方もできるのか。私は物陰とかより見つけやすそうで良かったってくらいにしか考えてなかったよ…。さすが佑真は視野が広いなぁ。頭いいもんなぁ。…私が単純すぎるだけ?
私達は周りに十分警戒しつつ森の奥へと進んでいく。時々魔物の足音やうなり声が聞こえてくることもあったが、昼間なおかげか思ったより数は少なく、物陰に隠れてやり過ごしながら進めば襲われることもなくて今のところ意外と安全だ。
「あ、ねえ佑真!あっちの方木々が途切れて空き地っぽくなってるよ。もしかしたら月花草があるかも!」
私は佑真に声を掛けるやいなや、足早に空き地の方へと向かっていく。
「あっ、ちょっと渚!魔物がいるかもしれないから慎重にね」
「そ、そっか」
佑真に注意されて私は慌てて歩みを止める。二人で茂みに隠れながら空き地を覗き込み安全を確認してから、今度こそ足を踏み入れた。
結論から言うと、月花草はその場所にあった。探すまでもなく、空き地一面を覆っていた草が月花草だったのだ。貴重な薬草らしいけど、しばらく人が足を踏み入れないうちに数を増やしたのかもしれない。
「良かった。なんとか明るいうちに見つけられて良かったね佑真!」
「うん。そろそろ日が落ち始めてるし、安全に探せるギリギリぐらいの時間なんだけど、なんとか間に合って良かったよ」
佑真に言われて、私は初めて空が赤くなり始めていることに気づいた。いつの間にか結構時間が経っていたらしい。
「あとは花が咲くのを待って持ち帰るだけだね」
「そうだね。でもここからが本番だ。気を引き締めていくよ」
魔物が活発化してこの森が危険になるのはこれから。月花草を見つけたからといって気は抜けない。そんなことはもちろん私もわかっている。
「今のうちに帰り道の確認をしておこう」
佑真は道中ずっと描いていた地図を広げる。今初めて見たけど、通った道も目印も詳細に記されていてとてもわかりやすい。お店に普通に売られてそうなクオリティだ。
「今いるのがここで、入り口がここ。だから最短距離で帰ろうとすると…このルートだね」
佑真は私にもわかるように説明しつつ赤ペンで帰り道を書き込んでいく。
「地図を見るだけじゃわかりにくいけど、最短距離とはいっても結構距離があるから急ぎつつも慎重に帰ろうね。いつどこでどんな魔物に遭遇するかわからないから…。一応魔物のいた場所に印をつけてはあるけど、夜は出現場所も変わるだろうしね」
すごい佑真、そんなのまで書き込んでたんだ。
でも確かに夜になって活発化したら数も増えるし、そもそも移動だってするだろうから、昼間の配置なんてちょっとした参考程度にしかならないよね。さっきは魔物のいなかった場所だって安全とは限らない。気をつけて進まなきゃ…。
「渚、今のうちにこの地図を頭に入れておいてね。ルートを覚えるのが最優先ではあるけど、不測の事態で別のルートに変更しないといけなくなる可能性もあるから、迂回ルートにすぐ変更できるように今わかっている限りの道は全部覚えておいてほしい」
「わ、わかった。できるかわからないけど頑張るよ」
確かに魔物がいて通れないなんていうこともあるだろうし、いろんなルートを選択肢に入れておいた方がいいよね。魔物と出会ってから地図を見てルートを考えてたんじゃ遅いし、地図をしっかりと覚えてどう進めば帰れるのかすぐに判断できるようにしておかないと。
「…とはいえずっと気を張ってると疲れるしね、地図を睨むだけじゃなくて今のうちに身体も休めておいてね」
「うん、ありがとう」
月花草が咲くまではまだもうちょっと時間がある。私達は見張りと休憩を交代しつつ、花が咲くのを今か今かと待つのだった。
かなり危険な場所のはずなのですが、特に何事もなく花畑までたどり着いてしまいました。こんなに順調なのはひとえに佑真のおかげです。渚一人だったら確実にうっかり魔物に見つかったり道に迷ったりします。渚も月花草のことはかなり詳しく調べましたし、ちゃんと仕事はしているんですけどね。ちなみに詳細な地図が描けたり、魔物の巣窟となっている森でも冷静に行動できたりという佑真の少々子ども離れした能力にはちゃんと理由があります。薬師渚の方でもまだちゃんと書けていなかったその辺りの詳細についてはまたいずれ。
さて、意外と順調な月花草探しですが、次回はさすがに問題が発生します。次回の更新は土曜日の予定です。