11,九条の実力
11話にしてようやくまともに戦闘シーンが出てきました。といっても今回はだいぶあっさりしたものですが…。作者は戦闘シーン書くのが苦手なので、今後強敵との戦闘シーンが出てきたらちゃんと書き切れるのか不安です。
志津さんに描いてもらった地図をもとにたどり着いたのは町に程近い小さめの山だった。いかにも近所の人がちょっとした採集に出かけたり、子ども同士で遊びに行ったりする山って感じ。危なそうな感じは全くない。
でも中に入ってみた瞬間印象がガラリと変わった。小物とはいえ魔物がそこらじゅうをうろうろしていてなんとなく物々しい雰囲気だ。きっと普段は第一印象通りの山なんだろうけど、今は何らかの原因で魔物が突然増加しこんな状態になってしまっているのだろう。生活に密着してる山っぽいし、このままだと町の人たち困るだろうなぁ…。
魔物についてはまだまだわかっていないことが多い。この手の大量発生には自然界に存在している魔力エネルギー――魔素のバランスの乱れが関係していると言われているけれど、詳しいことは解明されていない。魔素自体まだわからないことの多い物質だ。唯一判明していることといえば、魔物被害が増加し始めた20年前くらいから、被害の大きい王都近辺を中心に魔素濃度が急激に高まったことくらいだろうか。だから魔物の発生と魔素の関係を指摘する学者が出てきたわけだ。
そんなわけだから、町の人たちが困ることはわかっていても、魔物の大量発生をどうにかしてあげることは現状誰にもできない。今回みたいに魔物の居る場所に入ってしまった人を助けるとか、人里まで下りてきてしまった魔物を退治するとか、個別の案件に対処するのが精一杯だ。歯痒いけれど仕方がない。――でもいつか、魔物被害自体をなくす方法を見つけられるといいなと思う。それがどんなに難しいことだとしても。
私達の今回の目的はあくまでも大輝くんを救出することだし、大量にいる魔物を全て相手したら体力が持たないので、私達はできるだけ魔物に見つからないよう隠れながら進んでいく。ご両親を探しているなら大輝くんは二人の行きそうな場所を中心に探しているはずだから、志津さんのくれた地図の採集ルート通りに進んでいけばきっとどこかで見つけられるはず。足を踏み外したり魔物から逃げてルートを外れている可能性もあるので何らかの痕跡がないか注意しつつ、私達は慎重に進んでいく。
経験不足な分戦闘にはまだ不安があるけど、月花草を採りに行ったときに佑真の動きを見てたから、魔物から隠れるコツは知ってるんだ。何でそれを佑真が知っていたのかは謎だけど。
「……!」
地図に描かれた2つ目の採集ポイントにたどり着く直前の辺りで私は九条に後ろに下がるよう手で合図をし、自分は採集用に持ち歩いているナイフを取り出しながら一歩前に出る。
細心の注意を払っていたお陰で山の中腹あたりまでは魔物に見つからずに来ることができたのだが、やはりこれだけの数がうろついていると隠れ続けるのにも限界があったようだ。遂に一体の魔物に見つかってしまい、その魔物の動きに気づいた他の魔物も二体ほど集まってくる。三対一か…ちょっときついけどまあたぶん何とかなるかな。
相手は森や山によくいる狼型の低級魔物だ。鋭い爪や牙による攻撃と素早い動きが主な特徴。別に特殊能力を持っているわけでもないし、通常よりちょっと頑丈でスピードのある狼と思って問題ない。一体ならたいしたことないんだけど、複数いると連携してくるところが厄介なんだけどね。
狼型との戦闘はいかに素早い動きについていくかが大事。だけど私は狼ほどの機動力は持っていないので、出会ったら早々に動きを止めてしまうに限る。
私はナイフと一緒に取り出していた小瓶の蓋を開け、魔物に向かって投げつける。小瓶の中身は私がつくった痺れ薬。まだ改良中でたいした威力はないんだけど、鼻の良い狼型には効果抜群ですぐに動きが鈍くなる。
(よし、今のうちに!)
私はナイフに魔力を流して威力を上げ、一体一体確実に急所を突いていく。一体目、二体目と倒し最後の一体にナイフを振り下ろそうとしたとき、その魔物が最後の力を振り絞るように大声で遠吠えをあげた。するとそれに気づいた群れの仲間達が続々と集まってくる。
(しまった!)
どうやら仲間が近くにまだたくさんいたようで、私はあっというまに5体もの魔物に囲まれてしまう。この状態で薬を使うと自分自身も吸ってしまうし、かといってナイフ一本で自分をぐるりと囲む魔物を5体も一度に相手にするのはだいぶ厳しいものがある。途中までは調子良かったはずなのに、あっというまに絶体絶命の危機に陥ってしまった。
(これはギリギリまで引きつけて、隙を見て上手いこと包囲網を抜け出すしかないかな…。薬さえ使えれば対処のしようはあるし…)
下手に動くと一斉攻撃を受ける危険があるので、私は神経を研ぎ澄ませるようにして、攻撃の瞬間にできる一瞬の隙を待つ。しかし魔物の方もすぐには動かずにこちらの様子を伺っている。
しばらくの膠着状態の後遂に魔物の一体が動き始め、それに続くように他の魔物も一斉に私に飛びかかる。私はそれをナイフでいなしつつ隙間に身体を滑り込ませるようにして輪の外へ出ようとしたんだけど、なぜか私が動くよりも前に魔物が一斉に四方へ吹っ飛んだ。
(え、何!?何が起きたの?)
吹っ飛んだ魔物は地面や木に強く打ち付けられてその衝撃で霧散している。そしてさっきまで魔物がいた辺りに目を向けると、すぐに消えてしまったけれど一瞬蔦のようなものが地面から生えているのが見えた気がした。
「…だから一人で行くのは危険だって言ったよね?」
わけがわからず混乱する私に突然後ろから声が掛かる。
「九条………え、まさか……」
「そうだよ、今のをやったのはおれ。おれも戦えるって言ったでしょ?」
た、確かに言ってたけど……あれ強がりじゃなくて本気の話だったの!?しかも下級相手とはいえ、一発で5体も蹴散らすなんてかなりの腕前だ。正直私より強い気がする……。
「店を脱走するとき警備員をなんとかしないといけなかったから、こっそり魔法を練習してたんだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけど」
あー、そういえば過去のことを教えてくれたとき、魔法も練習したってちらっと聞いた気がする。でもこれ、人目を盗んでこっそり練習して習得できるようなレベルじゃないよ。魔法の専門学校の生徒って言われても信じられる。
「さっき一瞬蔦が見えた気がするんだけど、九条は植物系の魔法を使うの?」
魔法には色々な属性のものがあって、人によって得意とする属性は異なる。属性の種類は火や雷のような一般的なものから、治癒や結界など少々特殊なものまで多岐にわたるのだが、極稀にいるらしい例外を除いて、基本的には得意とする1属性の魔法しか使えない人がほとんどだ。
「うん。おれは植物属性の魔法が得意で、特に蔦の魔法をよく使う。今みたいに地面から蔦を伸ばして鞭みたいに使ったり、縛り付けたりするのが主な用法。……渚は?今は一度も魔法使ってなかったけど」
九条はさらっと質問に答えた後、私にも同じ質問をぶつける。
この質問返しはかなり自然な流れなんだけど、私はできればやめてほしかった。
「えっと…私は………魔法、使えないです………」
しばらく躊躇った後、私は消え入りそうな声でやっと答える。そう、実は私魔法使えないんです……。ちゃんと魔力は持ってるのに、どんなに練習してもそれを魔法に変換できなくて……。
「……ピンチでも使わない時点で薄々そんな気はしてたけど、魔法が使えないのに魔物退治って無謀だと思う」
「ですよねー」
そんなことは指摘されるまでもなく自分で重々わかっている。だからこそ魔法が使えなくても魔物に通用するように工夫と特訓を重ねてきたつもりだ。さっき使っていた魔力を流したナイフもその一つ。普通の刃物では魔物相手に傷一つつけることさえ困難だが、魔力を流すことによって、ただの獣とナイフで戦う場合程度には私の攻撃も通用するようになる。これは魔物関連の文献を必死に読みあさって魔物のことを調べる中で私が編み出した戦術で、この方法に気づいた後もナイフに均等に魔力を纏わせる魔力操作はかなり難しかったため何度も何度も練習を重ねてようやく身につけたものだ。魔物はそれだけで通用するような生易しい相手ではないこともわかっていたから、魔物にも効く状態異常薬の研究も進めて、魔法が使えなくても対抗できる術を可能な限り身につけてきたつもりだ。実際それらは狼型魔物3体との戦いで十分に威力を発揮できていたし、今まで私がやってきたことは決して無駄ではなかったんだと思う。
……でも、それだけじゃやっぱりまだまだ不十分だった。5体に囲まれた瞬間、位置取りもあって手も足も出なくなってしまったし、下級相手に通用したからといって、もし上級魔物が相手だったらどうなっていたかわからない。やっぱり現実は甘くない。
――でも、だからといって簡単に諦めたくはない。
「私も、自分でもかなり無謀なことしてるなーと思うよ。でもだからといってそう簡単に諦められる夢じゃないから、今のままじゃ通用しないっていうならもっと努力して魔法無しでも戦える力を身につけるだけだよ。今までだってずっとそうしてきたんだから」
最初は1対1で下級魔物を倒すことすら無謀だと言われてた。でも3年必死で努力し続けたら3対1でも戦えるようになった。それなら、かなり時間はかかるだろうけど、いつか今よりもっと強くなることだって可能なはずだ。
「――おれだって、何も夢を諦めろって言ってるわけじゃないよ。魔法なして魔物退治だなんて無謀だと思うのに、それでも途中まで3体の魔物を圧倒できてた渚は純粋にすごいと思う」
「……途中まで、だけどね。九条が助けてくれなかったらどうなってたことやら……」
私は自虐的に言って頭を掻いたけど、九条は真剣な顔で私を見る。
「渚ひとりじゃ厳しいっていうなら、おれと二人で戦えばいいだけだよ。おれたちはもう仲間なんだから。――仲間ってそういうものなんだよね?」
そう言った九条はいつも通り無表情なんだけど、心なしか目が優しく見えた。
無謀なんて言葉を使うから私が魔物退治をするのを辞めさせたいのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。無謀なことでも頑張る私をすごいって思ってくれて、ひとりじゃ無謀なことでも二人で一緒に頑張ろうって言おうとしてくれてたんだ。言い方はだいぶ不器用だけど、とても優しい子なんだろうな。
「ありがとう。九条が一緒に戦ってくれるならすごく心強いよ」
本当に心からそう思う。九条が強いからっていうだけじゃなくて、私の事を認めてくれて一緒に頑張ろうって言ってくれる存在がいるってことがものすごく心強い。九条が私の事を仲間だって思っていてくれたことがものすごく嬉しい。今ならどんな難しいことでもてきちゃいそうな気がするよ。
「うん、九条のおかげで元気出た。一瞬落ち込みかけてたけど、考えてみれば今はそんな場合じゃないんだよね。早く先へ進もう、大輝くんを見つけなきゃ」
そもそも今回の目的は魔物を倒すことじゃなくて大輝くんを見つけて助けることだ。ちょっと戦闘で失敗したからってそんなこと気にしてる場合じゃないよね。こんな危険な山の中じゃ捜索は一刻を争うんだから。私の実力じゃ魔物に適わないっていうなら、極力戦闘は回避しながらさっさと大輝くんを連れて山を出ればいいだけだ。それなら弱い私にも十分できるよね?
それに何より今は九条がいる。ひとりじゃ難しくても二人でならきっと大丈夫!
まずは2つ目の採集ポイントを目指して、私は九条の手を引いて走り出した。
予めベースとなるものを書いてある部分でないと、相変わらずキャラクターたちが好き勝手動いてくれます。……というわけで渚と九条が予定外に長々と話し始めました。この二人放っておくとめちゃくちゃしゃべります。渚はともかく九条は最初は無口設定だった気がするのですが…。あと九条がすでに思ったより渚に遠慮なくてちょっとびっくりです。まあその方がこのコンビらしくて安心して見ていられるのですが笑
世界観設定についても、いつも急にノリで渚が説明しだしているので作者自身ここでそれしゃべるんだ!?となっていたりするくらいの状態なので、もしわからないことがあれば質問してください。
なんだか前置きが長くなりましたが、ようやく魔物退治やってくれました。タイトルにも入っているのに3章までかかってしまいました…。渚は魔法は使えないですけど、これでもそれなりに戦える方です。そもそも魔物とまともに渡り合える人間が少ないので…。
この世界の人間は基本的に皆魔法が使えますが、一般人は魔物の特性も知らないしそれ用の訓練を行っていないので魔物とまともに戦うことは不可能です。また訓練していない人間は使える魔法の威力も大したことないので、魔法を上手く当てられたとしても致命傷を与えることは困難です。だから魔物退治を生業とする人間が必要なんですね。魔法の練習はしていたとはいえ、魔物に関してはど素人にも関わらずあっさりと魔物5体を倒した九条は規格外です。2章で知能が高いことにはちらっとふれましたが、彼は天才少年なので。
さて、次回はようやく大輝が出てくる予定ですが、彼を見つけ出せたからといって一筋縄ではいかなさそうです。
※更新ペースが本格的に不安になりつつあります。ある日突然更新ペースがぐっと落ちることもあるかもしれませんが、温かい目で見守ってください。