10,家探し
今回から新章スタートです。
「ふぅ、ようやく着いた!」
リオルの町を出てから列車に揺られつつ移動すること数時間、私達はようやく王都に到着した。
「ここが王都…」
王都に来るのは初めてらしい九条は、その大きさや人の多さに少し圧倒されているようで、戸惑ったような表情で辺りを見回している。
「えーっと、とりあえず不動産屋さんはっと…ここか」
まずは物件を見つけないことには開店準備を始められない。そのためスムーズに物件探しができるよう、不動産屋の場所は予め調べてきた。
私が探しているのは1階を店舗スペースにして2階は居住スペースにできる感じの一軒家。…で、その中でもできるだけ安い物件。王都の一軒家っていう時点で高くないわけがないんだけど、訳あり物件でもいいから少しでも安く済んでほしい。なにせ家賃以外にも買わないといけないものがいろいろあるから予算がね…。最悪王都じゃなくてその近辺の町でもいいから…。
そういう思いで縋るように入った不動産屋。結果は撃沈でした。
いや、高いだろうとは思ってたけどさすがに高すぎない!?うちの村との相場の違いが激しすぎるんだけど……。まあ確かにあんな田舎と王都じゃ差が大きくて当然なんだけどさ…。
…てかさ、王都が無理なのは覚悟してたけど、周辺の町もなかなか厳しいのはつらいものがあるんだけど!?良さげな物件はみんな埋まっちゃってるらしいし、予算オーバーのところか店舗スペースが思うように作れなさそうなところしかないよ~。
ううっ、頑張れば借りれなくはないところもあったにはあったけど、そこにすると必要な備品を揃える余裕がなくなっちゃうんだよなぁ。薬が相当売れないと毎月家計が火の車になりかねないし…。
……とりあえず他の町の不動産屋も回ってみよう。王都周辺の別の町で探すなら、地元の不動産屋の方が取り扱ってる物件数も王都で調べるよりは多いだろうし、何か掘り出し物があるかもしれないし。……あったらいいなぁ。
それから他の不動産屋もいろいろ回ってみたけど、これだという物件はなかなか見つからない。あまりに見つからなさすぎてちょっと心折れそう…。物件探しなめすぎてました…。
しかたないのでその日は安い宿を探して宿泊し、翌日また別の町へと行ってみる。
今日一番初めに立ち寄ってみたのは、王都からは若干離れた場所にある小さな町だ。人口は少なめだが、その分アットホームな雰囲気が漂っている。規模としてはリオルの町と大体同じくらいかな。
(えーっと、不動産屋さんはどこかな…)
不動産屋を探してキョロキョロしながら歩いていると、前を見ていなかったせいでドンッと誰かにぶつかってしまった。
「わっ、すいません!大丈夫ですか?」
私は衝撃で倒れてしまった相手に慌てて手を差し出す。ぶつかった相手はどうやらおばあさんだったようだ。
「ありがとう。こちらこそすいませんね、ちゃんと前を見ていなかったせいで…」
そう言って顔を上げるおばあさん。言葉だけ聞けば普通なのだが、その顔は見ていて不安になる程に青ざめていた。
「え、ど、どうしたんですか!?顔真っ青ですよ!?打ちどころ悪かったんですか!?どこか痛いんですか!?」
焦った私はおばあさんの身体を上から下まで視診してみたけど、見た感じ目立った怪我はないし、どこかを庇う様子もない。
「いえいえ、違うんです。今転んだのは尻餅をついた程度で本当に大したことなくて…。この顔色はもっと他のことのせいなんです…」
よ、良かった。打ち所が悪くてひどい怪我をしたとかそういうわけではないのか…。あ、いや、私のせいじゃないにしても顔が真っ青なことに変わりはないからあんまり良くはないんだけど…。
「あの、私で良かったら話を聞きましょうか?もしかしたら力になれるかもしれませんし…。…あ、かえって迷惑でしたら全然いいんですけど、顔色があまりにひどいので心配で…」
もしかしたらあんまり人に言いたくないことかもしれないけど、でもやっぱり心配なんだもん。あんなにひどい顔色してるのを見ちゃったら、さすがに見て見ぬふりはできないって。
「親切にありがとう。でもさすがにお嬢さんたちを巻き込むわけには……。……でもこのまま何も言わずに去るのもそれはそれで変に気にさせてしまいそうよね。それならお言葉に甘えて話だけきいてもらおうかしら。一人で抱えているよりは楽になるかもしれないし…」
おばあさんは悩んだ末に、私たちに事情を話してくれることにしたようだ。こんなところでする話でもないから、と言って私たちを家まで案内してくれた。
道中でお互い軽く自己紹介をしたときに聞いたんだけど、おばあさんは志津さんという名前らしい。大輝くんという8歳のお孫さんと二人暮らしなんだそうだ。
「着いたわ、ここよ。お茶を淹れてくるから上がって待ってて下さいね」
私たちはリビングに案内され、お茶を持って戻ってきた志津さんの話を聞く。
「たまたまぶつかっただけの私のためにこんなところまでごめんなさいね。あんまり長く付き合わせても申し訳ないからさっそく本題に入るけれど、さっき大輝っていう孫がいるっていう話はしたわよね?実はその大輝が今朝から行方不明なのよ」
「え!?」
お孫さんが行方不明なんて大変じゃん!道理であの顔色…。
「行き先の心当たりはないんですか?」
衝撃のあまり一瞬言葉を失った私と違い、九条は冷静に尋ねる。
「心当たりはあるにはあるけれど、その場所がまた問題で…」
困り果てた様子でため息を漏らす志津さん。こんなに思い詰めるなんて、その心当たりのある場所っていうのは一体どんな場所なんだろう…。
「今朝起きたら大輝の姿がなくて、『お父さんとお母さんを探しにいってきます』っていう書き置きがあったんだけど、あの子の両親はこの間山で魔物に襲われて亡くなっていて…」
「え……?」
「遺体が発見されたわけではないから、あの子はまだ両親が生きていると信じて…いや、死んだと認められないでいるんです。だから今日も探しに行くなんていう書き置きを……。でも両親が亡くなった山は今魔物が大量発生していてとても危険なんです。普段はちょっとした採集に最適な穏やかな場所のはずなんですが…」
魔物は安全だったはずの場所にある日突然現れることがある。大輝くんの両親は運悪くそういう事態に巻き込まれて命を落としてしまったのだろう。
「あまりにも危険過ぎて私が自分で探しに行くわけにもいかず、町を守る兵士の方に捜索を頼みに行ったんですけど、他の業務で忙しいから絶対そこにいるとも限らない子ども一人のために人員を割くことはできないと断られてしまって…。それで途方に暮れていたところであなたたちに会ったの」
そっか、ちゃんと前を見れてなかったのはそのせいか…。そんな事情があるなら前方不注意になって当然だ。大事なお孫さんを助ける手段がなくなるなんてあまりにも絶望的過ぎる展開なんだもん。私も似たような経験をしたからそのつらさはよくわかる。
「ごめんなさいね、こんな話を聞かせてしまって。こんな話をしたところでただ心配をかけるだけでどうしようもないのに…」
申し訳なさそうに言う志津さん。
確かに大抵の人は今の話を聞かされたところで何もすることができないかもしれない。でも私は違う。
「…志津さん、たぶん大輝くんのご両親は普段からよくその山へ採集に行っていたんですよね?そのとき通るコースをわかる範囲で教えて頂けませんか?」
「そんなことを聞くって…まさかあなたもあの山へ行くつもり!?やめなさい!危険過ぎるわ!」
血相を変えて止めようとする志津さん。でも私はやめる気なんて一切ない。
「大丈夫ですよ、魔物退治は私の専門分野なので」
「専門分野…?」
「私、薬屋兼魔物退治を行うお店を開こうと思っているんです。…って言ってもまだ物件探しの真っ最中なので、いつ開店できるかわからないんですけどね。……とはいえこれから魔物退治を仕事にしようとしているのには変わりありませんし、それなりに訓練も積んでいます。なので安心して任せてください!」
まあ本音を言うとまだまだ実力不足なところがあるし、自信満々に任せてなんて言える状態ではないんだけど、これくらい言わないと私のことを心配して任せてくれなさそうだからね。なんとか力になりたい以上こうでも言うしかない。だって大輝くんのこと放っておくわけにもいかないし、他に行ってくれる人がいなさそうな以上多少実力に不安があっても私が行くしかないじゃん。…それについ山まで行っちゃった大輝くんの気持ちもよくわかるから、他人事と思えなくて余計に放っておけないし。私ももしラルクの森が家から近かったら佑真を探しに行っちゃってたかもなぁって思うんだもん。しばらく佑真の死を受け入れられなかったしさ。だからただ見つけてあげるっていうだけじゃなくて、大輝くんと話して心の整理も手伝えたらなって思うんだ。
「…わかったわ。これも何かの縁でしょうし、あなたを信じて任せてみることにします。けどくれぐれも無理しないようにね?危ないと思ったら大輝が見つからなくてもすぐに戻ってくるのよ」
志津さんはあいかわらず私たちのことをものすごく心配してくれつつも、ご両親の採集ルートの簡単な地図を描いて渡してくれた。
「ありがとうございます。じゃあ日が暮れないうちに行ってきますね」
「こちらこそありがとうございます。気を付けてくださいね」
志津さんに見送られて家を出てすぐ、私は九条の方に向き直る。
「私はこれから大輝くんを探しに行ってくるけど、九条はこの町で待ってて。日が暮れる前には戻るから」
「なんで?おれも行く」
「だめだよ、危険過ぎる」
私は一応訓練してるけど、九条は完全に素人だ。魔物が大量発生している場所になんて連れて行けるわけがない。魔物の怖さは私が一番よく知っている。
「危険なのはおれもわかってる。でもだからこそ、渚がたった一人で行くのは危険だと思う」
私が反対してもなおも食い下がる九条。これは言葉を選んでいられなさそうだ。
「確かに魔物の大群相手の単独行動は危険かもしれないけど、素人と行くよりは一人の方がマシだよ。戦えない人ははっきり言って足手まとい」
なんとか九条に諦めてほしい私は敢えてきつい言い方をする。我ながらだいぶひどい言い方だけど、これくらい言わないと退いてくれなさそうだから仕方がない。例え九条に嫌われたとしても、こんな危険なことに彼を巻き込みたくない。
でも、ここまで言われてもなお九条は退いてくれない。
「おれだって戦えるよ。渚がどうしても許してくれないっていうなら、おれ一人で勝手に追いかける」
九条の目は真剣だった。これは私が置いていったところで、本当に後から山まで強引に追いかけてくるつもりだ。それならいっそ最初から連れて行ってずっと側に居る方がまだマシだろうか。本当はものすごく嫌だけど…。
「……絶対に私の側を離れないこと。魔物と出会った場合すぐに私の後ろに下がって無理に戦闘に加わろうとしないこと。それから山の中では私の指示に絶対に従うこと。――約束できる?」
九条が単独行動をするリスクを考えた結果、結局私は条件付きで九条の同行を許可することにする。どうせ山に来てしまうなら、私がずっと側で守っている方が一人でいるよりはまだ多少マシなはずだ。正直戦闘中に他人の心配まで出来るほどの余裕があるとは言えないんだけど、まあやるしかない。
「うん、約束する。ありがとう渚」
あの日の佑真もこんな気持ちだったのかな。私も危険だからと止める佑真を押し切って魔物の巣窟に突っ込んでいっちゃったから…。そう思うと私も九条のこと言えないな。
まあこうなっちゃったものは仕方がない。九条も危険な目に遭わせないし大輝くんも助ける、そのために全力を尽くすだけだ。
覚悟を決めた私は、いつ大輝くんが魔物に遭遇してしまうかわからないしできれば早い方がいいだろうと急いで出発する。大輝くんが家を出てから結構経ってるんだろうけど、なんとか間に合いますように!
物件探しに苦戦中、偶然の出会いから魔物絡みの事件に巻き込まれることとなってしまいました。
九条はまだまだ渚に遠慮している部分ももちろんあるのですが、わりと頑固なので譲らないところは絶対に譲りません。…と言いつつ将来的にも割と渚に甘いところはあるので、どうしても譲れないのは”渚を一人で危険に晒すこと”でしょうか。とはいえ九条はもちろん魔物退治の経験なんてありません。渚も実践は今回が初めてです。些か不安のあるコンビですが、次回は遂に魔物に遭遇してしまいます。さて、魔物との遭遇を二人はどうやって切り抜けるのか――というところで次の更新は来週土曜予定です。