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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妹よ 愛シリーズ

妹よ 愛する人は 選びなさい

作者: 妹次郎

 栄光あるヴィクター王立学園のその裏庭で一組の男女が仲睦まじくお喋りしている。


 一人は王太子ハサマール様で、もう一人は私の妹モモちゃんだ。


 恋人同士の逢瀬に割り込む趣味などさらさらないが、この場合は指をくわえて見ているわけにもいかないだろう。


 花畑が広がる良い雰囲気をぶち壊すように私は声をかけた。


「ごきげんよう、ハサマール様。それにモモ」


「……なんだ、お前か。小言でも言いに来たのか?」


「いえ……わたくしはモモに忠告をと……」


 そう言ってモモちゃんの方を見ると、彼女は口をキュッと結んでこちらを睨んでいる。


 私はひるまず、澄まして言葉を発した。


「ハサマール様はわたくしの婚約者ですの。人目のつかないところで二人きりでいられると困りますわ」


 そう、ハサマール第一王子と私は婚約関係にあるのだ。


 モモちゃんは私を睨む瞳をキッと更に鋭くして言い返してきた。


「なんです、お姉さま。未来のお義兄にい様と仲良くしてはいけませんか?」


「そうだぞ!ユリア。私は学友としてモモ嬢と親交を深めていただけだというのに、何をいきりたっておるのだ」


 そうハサマール様は、モモと一緒に私を非難した。婚約者に向ける目としては不適切なほど冷たい目をしている。


 それに引き換え彼がモモちゃんを見つめるときの瞳は……。明らかに王太子様はモモちゃんに愛情を向けている。

 学友としてなどとよく言えるものだ。


「私の交友関係に口出しする権利が貴様にあるのか? フン、心配せずともよいわ。王太子妃の座を奪われたくないんだろう」


 いや、私はそんな心配などしていない。私が心配しているのは、王太子様にアタックするモモちゃんの方だ。


 モモちゃんは王太子様に一目ぼれしてしまったのだろう。王太子様には私という婚約者がいるが、純粋で乙女なモモちゃんはその気持ちを抑えきれず無為な努力を続けているのだ。


 そのことを思うと彼女がかわいそうでならない。


 ハサマール様がつまらなそうに私を見て言葉を続ける。


「大方、私の気持ちが離れることを危惧しておるのだろうが、安心せい。とっくに気持ちなど離れておる。だが父上が貴様を気に入っているからな。婚約破棄などできないだろう」


 苦々しげにそう呟いたあと、王太子様はモモちゃんに笑顔で「それではまたな」と言って去っていった。


 裏庭に残された私とモモちゃん。少し気まずい雰囲気が流れる。

 私が先に口を開いた。


「……モモちゃん、王太子様と会うのはもうやめなさい」


「……モモちゃんと呼ばないでちょうだい。子ども扱いされているようで腹が立つわ」


 彼女は不機嫌そうにそう吐き捨てた。

 二人きりになると彼女はまるで人が変わったようになる。敬語を捨て、ハサマール様に向けていたような微笑は鳴りを潜める。


「……モモ、あなたがハサマール様に向ける想いの強さは知ってるわ。噂にもなってるもの。モモ公爵令嬢は姉の婚約者に横恋慕しているって。でもそれじゃいつまで経っても健全な恋ができないじゃない」


「……フン。健全な恋ね……」


「この学園にもあなたのことが好きで素敵な男性がきっといるわ。でも噂のせいであなたへの告白をしり込みしているのよ。それって凄く勿体ないことでしょう?」


 私は諭すように言った。私はモモちゃんの恋を邪魔したいわけじゃない。ただ、その相手をしっかり選んでほしいだけなのだ。


 しかしモモちゃんは冷たく言い放った。


「お姉ちゃん、イライラするわ。どうでもいい話ばかりしないで。そもそも私が王太子に恋してるって本気で思ってるの?」


「え?」


「あんなやつ、どうだっていいわよ。利用するだけだわ」


 私はその発言に度肝を抜かれた。


 う……嘘……。優しいモモちゃんがそんなことを言うなんて……。


「私はただ、お姉ちゃんと王太子の婚約関係がいつの間にか公然のものとして存在してるのが許せないの」


「じゃ、じゃあモモちゃんの目的って、私と取って代わって王太子妃になることなの?……そんなの、ダメよ。許されないことだわ」


「そう、お姉ちゃんそんなにあいつと結婚したいの。じゃあ勝負ね。でも、私は勝つわよ。絶対に二人の婚約関係をぶち壊してやるから」


 そう激しく言い募ってから彼女は去っていった。


 私はポカンと呆気にとられた。


 ダメよ。モモちゃんには王太子妃なんて無理だわ。

 可愛くて、甘えん坊で、ちょっとわがままなモモちゃんには絶対向いてない。


 モモちゃんの目的が分かってから彼女の行動を思い返すと私はぞっとした。まるで悪女そのものだ。王太子様を誘惑して王族になろうだなんて……。


 学園のモモちゃんと、家でのモモちゃんは性格が違う。家のモモちゃんは高飛車でツンツンしてて、本当は人当たりが悪いのだ。でも優しいところは同じなはずだ。こんな計画を考えているなんて信じられない。


 私が呆然と裏庭から校舎へ歩いているとひそひそ声が聞こえてきた。


「さっき、裏庭の方から走ってきたのモモ様よね?ほら公爵家の」


「ええ、目が涙でいっぱいだったわ。そういえばさっき裏庭へ姉君のユリア様が向かっているのを見たわ。王太子様の婚約者の、ほら、氷の令嬢よ」


「そう、じゃあ酷いことを言われたんだわきっと。可哀そうよね。噂では普段から虐められているそうよ」


「まあ。所詮噂でしょ?でも確かにユリア様、寡黙気味だけれど本当はすごく恐ろしい人なのかもしれないわね」


「それに最近は王太子様の気持ちもモモ様に向いてるっていうじゃない。ユリア様もそれは穏やかじゃいられないわ」


 そんな会話を聞いて私は胸が痛かった。

 モモちゃん、泣いていたんだ。


 でも、もしこれも計画のうちの行動だったら……。


 私は恐ろしかった。

 優しいと思っていたのも勘違いで、本当のモモちゃんは誰も知らないのかもしれない……。


~~~~~~~~~~


「お前は何を考えとるんだ!」


 晩御飯の席で、お父様がそう怒鳴った。モモちゃんに向けてだ。


「ハサマール第一王子はユリアの婚約者だ。それを横取りしようとするなど……学生気分もいい加減にしろ!子供じみた恋心など捨ててしまえ!」


 お父様の耳に入るほど噂は広まっているようだ。お母様は心配そうに成り行きを見つめている。

 モモちゃんはビクッと体を縮こまらせてから小さな声で言った。


「……私は本気です」


 まさか反論があるとは思わなかったのだろう。呆気にとられたお父様から少し怒気が弱まり、しかし毅然として言った。


「相手は選べと言っとるんだ。お前は自由に結婚させてやろうと思っていたが、ちゃんとした相手を選べないならユリアの時と同様に私が選ぶ」


「……」


 モモちゃんは何も言わなかった。納得しているようにはとても見えない。


 王太子妃という称号に恋をしているなら、何を言っても無駄だろう。

 しかしそれではモモちゃんはきっと幸せにはなれないのだ。


 モモちゃんは食事が終わるとさっさと席を立って行ってしまった。私は慌てて追いかけた。彼女が破滅への道を歩いているように感じたからだ。なんとか止めなければいけない。


 しかし、彼女のすすり泣く声が廊下を曲がった先から聞こえてきて私は動けなくなった。


「うっ……ううっ……。結婚なんかさせてたまるか……。私のものよ……私の……」


 私には、今の彼女に言葉をかけることなど出来ない。彼女がこれほど欲しているものを、何もせずに与えられているのだから……。


 私は足音を立てないように立ち去った。モヤモヤと胸の内に感情がわだかまるのを感じた。しかし複雑すぎて何に対する感情なのか明確には分からない。


 私が音を立てずに歩いていたからか。メイドの気を抜いた雑談が聞こえてきた。


「ねえ知ってる?学校ではモモ様人気者なんですって」


「嘘、ユリア様なら分かるけど、あの愛想なしのモモ様が?」


「学校では猫を被っているそうよ。そこまでして王太子妃の座が欲しいのかしら」


「いやね。性根が腐ってるんだからボロが出るわよいつか」


 きゃははという笑い声を聞いて私は気づいたらメイドたちの前に立っていた。


「あ、う、その、ユリア様?」


「あなたたち、私の妹の悪口を二度と言わないで。次言ったらクビよ」


 顔色を失ったメイドたちを置いて私は部屋に逃げるようにして帰った。


 頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 かわいそうなモモちゃん。モモちゃんのことを理解している人間はこの世のどこにもいないのだ。私も含めて。


~~~~~~~~~~


 お父様に叱られても、モモちゃんは躍起になったようにハサマール様に近づくし、私もモモちゃんに近寄りがたくなってしまって止められないまま日が過ぎた。


 とうとう明日は、王太子様や私の卒業式だ。そうすればすぐに私と王太子様は結婚の準備に入る。


 そうすればもうモモちゃんとも気軽に会えなくなる。

最後の機会だと思って私はモモちゃんの部屋をノックした。


「はい、入っていいわよ。誰?」


 扉を開けた私を見てモモちゃんは固まった。


「モモちゃん、話があるの。いい?」


 モモちゃんは何か心ここにあらずといった状態のまま私を部屋に入れてくれた。

 ベッドの上には明日の卒業式に着る予定なのだろう、赤いドレスが置いてある。


「モモちゃん、単刀直入に聞くわ。私、このままハサマール様と結婚していい?」


 モモちゃんはその言葉を聞いてバッと顔を上げた。


「え……それってどういう……」


「もし、王太子様が私と結婚したくない、と言えば婚約解消できるようにと王様と話し合いをしたの。その準備をずっと整えてきたわ。頼めばハサマール様は喜んで言うでしょう。私の代わりにモモちゃんをハサマール様と婚約させることまではできなかったけど、そうなればチャンスはゼロではないと思うわ」


「……」


「私、モモちゃんに嫌われたくないのよ」


 そこまで言ってモモちゃんの返事を待った。


 するとモモちゃんの瞳からポロッと涙がこぼれた。


「も、モモちゃん?」


「お姉ちゃんは、私の気持ち、何にも分かってくれないのね」


 モモちゃんは手で顔を覆って泣いている。モモちゃんはしゃくりあげながらなんとか話し続ける。


「お父様も、お姉ちゃんも、相手をちゃんと選べって言うけど、私、ちゃんと選んでるわ。その人しか愛せないわ。もう、イヤよ私。ずっと言ってるじゃない。モモちゃんって呼ばないでって、言ってるじゃない」


 私はおろおろと彼女に近づいた。慰めようとして彼女の頭に手を乗せたら、素早い動きでぎゅっとその手を掴まれた。

 ハッとして彼女を見つめると決意のこもった鋭い瞳で見上げている。


 そして、そのまま、瞬きしない瞳を見つめていたら、あっという間にキスをされた。


 顔が離れても、私は放心したままモモちゃんのうるんだ瞳から目が離せなかった。


 彼女の顔がくしゃりと歪んでまた泣き出した。


 私はやっとそこで彼女の気持ちを理解した。そして、途端に私の心臓がうるさく鳴り始めた。


 これまでこんな気持ちになったことはない。私はその衝動の命じるままに、彼女の細い腕をつかんだ。


「……え?」


 そして彼女にキスをした。


1、2、3秒……。


 顔を離す。見つめあう。モモちゃんは声を上げて泣いている……。


~~~~~~~~~~


「私のことを愛してくれるのはお姉ちゃんだけだもの」


 モモちゃんはベッドに腰掛けてそう言った。目じりには涙の跡がある。


「そういうの、なんとなく分かるのよ。でも、気づいたらお姉ちゃんには婚約者がいて、お姉ちゃんは私と一緒にいてくれなくなって……」


 私は黙って聞く。彼女の気持ちが今なら理解できる。キスして、確かめ合ってから理解できるなんて遅すぎるけど。


 だってモモちゃんはキスする前から私たち姉妹が愛し合えることに気づいていたのだから。


「ハサマール様を利用して、お姉ちゃんに婚約破棄された令嬢の汚名を着せたらずっと一緒にいられるって思ったわ。それで……」


 私はそっとモモちゃんを抱きしめながら聞いた。


「……ねえモモちゃん、モモちゃんって呼ばれるの、イヤ?」


「……だって、私もう子供じゃないのよ」


 ふてくされたように言う彼女が可愛くて、抱き着いたままベッドに寝転がった。


 そうやって乳繰り合っていると、ビリッ、と嫌な音がした。


 ベッドに置いてあった彼女の真っ赤なドレス。どかすのを忘れていた。


 破れてしまったドレスを目の前に、ついモモちゃんと顔を見合わせて笑った。


~~~~~~~~~~


「おいこの女狐め!とうとう尻尾を掴んだぞ。そのモモ嬢のドレスはどうした!破けているじゃないか!」


 翌日、私たちは卒業式パーティーを一緒に歩いていた。モモちゃんは、破けているのは表面だけだし面白いから、と言って例のドレスを着て参加していた。


 そこへ王太子様が面白いように食いついてきたので私は愉快になってきた。


 ニヤついた私が気に食わなかったのだろう。王太子様は私を睨みつけながら怒鳴った。


「何がおかしい!いいか、よく聞け。私は父上に掛け合って、もし貴様がモモ嬢を虐めているという証拠を手にすることができたら婚約破棄していいという約束を取り付けているのだ。そのドレスは立派な証拠の一つになるぞ!」


 王太子様が大声であまりにも重大なことを口にしたので、周囲の人は驚いて黙ってしまった。パーティー会場中の注目を集めている。


 私はモモちゃんの方をちらっと見てから堂々と言った。


「ええ、このドレスはわたくしが破きました」


「え、は?」


「ハサマール様はわたくしと結婚するのがおイヤなのですか?」


「も、もちろんだ!イヤもイヤ、大イヤだ!」


「では、婚約破棄成立ですわ!」


 そう言って私とモモちゃんは手を取り合って喜んだ。


 王太子様も、周囲の人間もポカンとしている。


 遠くで王様とお父様が頭痛でもするのか、額を押さえているのが見えた。


~~~~~~~~~~


 そのあと正式にユリ・ノ・アイダニ・ハサマール王太子と私の婚約解消が決定し、国中大騒ぎになった。


「ねえモモちゃん、自分の気持ちに気づくって大変なことなのね」


「急に何?お姉ちゃん」


「だって気持ちに従って、自分で愛する相手を選んだらみんな大慌てよ」


 そう笑いながら言うとモモちゃんも笑った。


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[一言] >ユリ・ノ・アイダニ・ハサマール王太子 真ん中くらいから「ハサマールって王子、百合の間に挟まる王子って事かよぉ!」って感想を書こうと思ってたら、フルネームがまんまだったwwww
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