南国より愛を込めて 前編
大変お待たせしました。だいぶ前に書いて止まっていましたが、取り急ぎ前半部分だけ公開いたします。
嗚呼、空はこんなにも美しい。
呆れるほどの青空が俺を見つめてくる。
おかげで死ぬほど背中が汗だくだ。
「はーい、じゃあ二人とも見つめあってー!」
言われた通りにすずを見つめる。
白いドレスを着ているすずと、白い砂浜が目の前にある。
すずはにへらと笑っている。
最初は緊張しているのかぎこちなかったが、俺を見た途端に力が抜けたようだった。
逆にどうなのよそれは。
俺ってば面白い顔してるかしら。
「次は二人で話してるカット撮りまーす!」
カメラマンから指示が飛ぶ。
「ユキさんや」
「なに?」
「なんで、ここにいるんだろね」
にまにましているすずちゃんの質問コーナーだ。
「…寒かったからじゃないかなあ」
俺はぼんやりと答える。
「そりゃあ、寒かったらハワイくらいくるよなー」
すずがクスクスと笑い、いつぞやの俺の真似をして返してくる。超御機嫌である。
思えば遠くへ来たものだ。
俺は怒涛の数ヶ月に想いを馳せた。
◆
「ユキノリくん、結婚してくれないか」
「えっ…!?」
トゥンク…いや、ときめかんわ。
櫛桁宅に呼ばれて義父に告白をされた。
「結婚はしたと思うんですけど、僕」
「ああ、説明が足りなかったね」
タハー、と義父は頭をペチンと叩く。
「結婚式をして欲しいのさ」
「はあ。成人してからするつもりですが」
そういった話を結婚を申し込むときに言った気がするけども。
「ごめんごめん」
ひらひらと手を振る。そして義父は事もなげに言う。
「半年後にして欲しいの」
「ハワイで」
…………。
「お義父さんちょっとなに言ってるか分かんないです」
マジで何言い始めたんだこの人。
「ウワハハハ!そらそうだよな!!」
ゲラゲラと笑う義父を見て思う。
どうしてこんな人からすずのようなクール系女子が育ったのか。
「いやぁ、順を追って説明するよ」
「是非お願いします」
「ここに母さんのメモがあるんだが」
義父はピラリと手に持っていた紙を見せてくる。
「ちなみに、お義母さんはどちらに?」
「うん、ここにいるよ」
義父さんは、ソファの裏を指す。
「お義母さん、そろそろ僕に慣れてくれますかね?」
すずの母親は極度の恥ずかしがり屋だ。
長く櫛桁家と付き合いがあるが、姿を見たことがあるのは余り多くない。
御飯時ですら俺が居るとキッチンから出てきてくれない。
でも外出の場合はきちんと出現する。
曰く「しっかり化粧すれば私は別人だからセーフ」ということだ。
ちなみにハーフだから年齢を感じづらいのか、高校生の娘がいるとは思えないほど若々しくて美人である。
俺の声がけへの返答は天の声だった。
「すっぴんだから声だけの出演です」
「承知しました、義母さん」
もう慣れたものだ。
嫌われていないのはわかっているし、俺は諦めた。
「端的に言えば、僕のお義母さん。すずから見るとおばあちゃんだね」
「その人から連絡を貰ってね。すずの花嫁姿を見たいから結婚式をして欲しいと」
「はぁ。それはそうだなと思いますけど。でも日本でやるときに来ていただくのではいけないのですか?」
花嫁姿というのは、肉親だとすると見たいものなのだろう。
「そりゃそうだね。僕もその通りだと思うよ」
義父は腕を組み、うんうんと頷く。
「ただねー、問題が3つあるのさ」
問題があるような顔には見えない顔で笑う義父はピンと指を立てる。
「はい。どんなことでしょう」
「うん。一つ目はお義母さんは長時間の飛行機は乗りたくないみたい」
もういい年齢だからねー、と付け加える。
「なるほど。今はハワイに在住なんでしたっけ」
「そうそう。もうあの人はハワイから動かないだろうねー」
なるほど、それならハワイで結婚式というのも分かる。
だけど、俺には今結婚式を行うほどの資金的な余裕があるわけではない。
追加で一回結婚式するからと俺の両親に頼るというのも流石に気が引ける話だ。
「で、もう一つ。もはやこれがほぼの理由なんだけどさー」
指をもう一本立てる。
「結婚の報告をお義母さんにしたら結婚式の話と一緒に、お金振り込まれちゃったのさ」
「え、お金ですか」
「うん。5万ドルかな」
今、聞いてはいけない通貨で話をされた気がする。
「ごまんどる…」
円でもいい金額なのに、ドルて。
ポンと出てくるには現実感の無い金額で思考が追いつかない。
「日本円にしたら年収分くらいだねー。流石に貰えないって話をしたんだけどさ。御祝儀も込みだ、後は日程決めて遅くとも来年明けまでによろしくガチャ!ってされちゃってね…もう断るに断れなくて」
パワフルなおばあちゃんだ。
すずは海外だから直接会いにいくことは滅多にないけど、電話越しでも凄いとは言ってたけど。
「だからお金の心配はしなくていいし、ユキノリくんの両親も呼んで欲しいって話も貰ってるから安心して欲しいな。あ、パスポートだけは取って欲しいけど」
「それはありがたい話なんですけど…いつ頃こんな話に?」
「ちょっと前に話は貰ってたんだけど、ユキノリくん公務員試験だったし、おわった今だからいいかなって」
「なるほど。ということはもうこれ決定事項なのでは?」
「アッハハハ!そうなんだよね!ちなみに日程とかはもうユキノリ君の父さん母さんには伝えてあったりするんだわ!」
始まる前から全てが完了していた。
「なるほど、分かりました。お義父さん、いろいろと手配と配慮ありがとうございます」
俺はお礼を言って頭を下げる。
確定事項ということでビックリはしたけど、気兼ねなくハワイに行けるというのは嬉しい。
初めての海外旅行だ。
「流石ユキノリくん。急な話なのに御礼を言えるしっかりもので僕も安心だよ」
「そんなわけで、今週末だけどすずと母さんと一緒に結婚式のアレコレの打ち合わせに行って欲しいんだ」
「ぇ…」
困惑の声が上がったのはソファの裏からだ。
「お父さん…来てくれないの?」
「僕は3人を送って一回家に帰ってくるよ。仕事もあるからね」
「ぇぇー…」
「大丈夫、ユキノリくんがしっかりコンシェルジュの人と話してくれるから」
「そっかー…」
なんだかサラッと無茶振りをされている気がするけど、俺とすずのためみたいなものだし、人任せにばかり出来ない。
「お義母さん、色々話は僕の方でします。何か変なことを言ってたら指摘してくれると助かります」
ソファの裏に向かって声をかける。
「頼りになるー」
喜色を含んだ声が返ってきた。
後でネットで先に調べておこう。
「ちなみに、お義父さん。問題の3つ目って何ですか?」
「いや、ひとまずユキノリくんも同意してくれたから解決したんだけど」
「お義母さんさんがパワフル過ぎて逆らえないから助けてって話」
単純に情けない話さ、とドヤ顔を俺に向けてくる。
「急に格好悪くなりましたね」
「間違い無いわ!」
ゲラゲラと、お義父さんの笑い声が居間に響いた。
◇
週末。生憎の雨模様。
俺は、ぐったりしていた。
結婚式は神父様がいて、誓いの言葉を言っておしまい。
別に海外だから友達を呼ぶ訳もないので披露宴なんかも無い。割と簡単に打ち合わせが終わると思っていた。
結論、甘い考えでした。
◆
「あらー、若いカップルですね!高校生!?羨ましぃー。海外ウェディングなんて凄いですね!高校生カップルが結婚式するのも珍しいのに海外だなんて!」
「まず全体な流れを説明すると、出発までに会場、ドレスを決めて、前日に現地で最終の打ち合わせをしてー」
「会場は現地に行けないのでこの写真とリストから確認していただいてー」
「ドレスはレンタルでよろしいですか?じゃあタキシードもレンタルですね?はい。承知しました。では実物を見ていただいて…どれがいいですか?あ、まず採寸しますねー」
「現地に直接ドレスとタキシードを持ち込んでいただいて、後はー」
「オプションはどうなさいますか?リムジン送迎で写真撮影をすることもー」
「写真撮影はハワイのスポットで撮れますので、何処にいたしますか?後はスコールだったりもあり得るので屋内用のこともー」
「写真はCD-R以外にアルバムにしてお渡しも出来てー」
「フラワーシャワーも付けるとー」
「食事会は?あ、それは自分で探します?分かりましたー」
「指輪交換があるので、ギリギリになったらクリーニングをしてー」
「後はこういった注意事項がー」
「そしてー」
「ー」
◆
「大丈夫?」
すずが心配してくれる。
本人様とお母様はめちゃくちゃ元気そうですね。
不安なトーンだったのにお義母さんノリノリじゃないですか。
「大丈夫…ありがと…」
実際割とボロボロだ。宿題もモリモリある。
一日で決定しないもんなんですね。
「タキシード、かっこう良かった」
「若干肩の辺りパッツパツだったけどね。すずのウェディングドレスも綺麗だった」
「ん」
ペチペチと二の腕を触ってくる。
どうでもいいことだが、ウェディングドレスの試着スペースはフロア一つを使っている中で優雅な音楽が流れている。
試着後のイメージまで見れるように小物まであってまさにお姫様の控室、というイメージだった。
一方、男性陣のタキシードはウェディングドレスのスペースの三分の一ほどで、試着室もいわば服屋にあるレベルのスペース。
おざなりにラジカセで音楽をかけているのが分かる音質のクオリティであった。
「結婚式の主役が誰なのか、めちゃくちゃよく分かるなこれ…」
別に王子様として扱って欲しいわけではないけど、めちゃくちゃ露骨な差があることを想い、苦笑する。
「おんなのこは、だれだってお姫様にあこがれる」
すずはむん、と握りこぶしを作る。
「そんなもんか」
「そんなもんだー」
これは随分と楽しみにしている様子。いつになくハイなテンションになっているすずの頭をぽんぽんと叩くとムギュッと腰にしがみついてくる。
「ママいるよー」
お義母さんがすずに声をかける。
「しってるー」
「なら離れなさーい」
「やー」
じゃれてくるすずに構っていると担当者が戻ってくる。
「お待たせしました、こちら今回のオプションのお見積です。内容としてはセントレア大聖堂、もしくはガーデンチャペルでの挙式、それと写真撮影オプションでアルバムと焼き増しデータのフルオプション。それからビーチでの撮影と移動のリムジンをお付けして、決まらなかった一部も想定して、こういった額になります」
うわぁ…話は聞いていたから覚悟はしていたけど、出された金額に割と引く。
チラリとお義母さんを見る。
余裕の表情で「これならもうちょっと足してもいいんじゃないかしら」とか言っている。
金銭感覚が麻痺してる。怖いよう。
「どうせ4泊6日ですし、レジャーとかにお金を回すのもいいのでは」
はじめての海外でここまでやられると馬鹿になってしまいそうなので小市民の俺は節約を提案する。
「その辺りは多分母さんが出すと思いますよ。遠慮しないで安心して最高の式にしてね」
おばあちゃんも怖いよう。これ以上施しを受けたら一体何を返礼で送ればいいのか。
「うぅ…はい…」
大人に助けられまくっている自分が不甲斐ない。まだまだ頑張らなければと改めて感じた。
◆
そんなこんなで打ち合わせを数回、家庭内調整を数回。
当日までにパスポートの取得とウェブ上のビザ取得(これぐらいやれ、と櫛桁家含め全員分)。
その他、結婚式に関わる諸々の対応。
全部完了してから飛行機で6時間ほど。
耳と足と肩がバッキバキになった痛みを吹き飛ばすような光景が目に入る。
「本当にあんな木が生えてるんだな」
「なんごく」
俺たちはハワイに到着した。
続きはもう少しお待ちください。