若夫婦の結婚事情について
手法を変えてみています。
読みづらかったらすみません。
《録音を再生します》
「すまんな秋津…無理言って」
「別に良いよ、隠してるわけじゃないし。それにリョウジも見てくれるんだろ?」
「喋りたくないことは喋らなくてもいいからな」
「そうよ、名前は隠すし気楽に答えてね」
イスを引く音。
「もしかしたら弟から色々聞いてるかもしれないけど。簡単に概要を説明しますと、うちの雑誌で、『若い夫婦の結婚事情』ってことで特集を組もうと思っています」
「それに伴って、例えば結婚生活だとか。あとは答えられるならどう知り合ったのかとか。結婚に踏み切れないカップルもいると思うのよ」
「それをインタビューして実際のところどうなのかっていう話を複数の若い夫婦に話を聞かせて貰っています」
「さっきも挨拶したけど、雑誌編集をしている小早川梨奈と言います。丁度特集記事について考えてたときに、弟から話を聞いて是非と思ってね」
「俺も改めて。新聞部部長の小早川リョウジだ。あまり話したがらないというのは聞いていたから断ろうとしたんだが…受けてくれて本当にありがとう」
「いいよ、気にすんな。逆に手間かけて申し訳ない。あ、改めまして秋津ユキノリです。本日はよろしくお願いします。
今回は名前を隠してくれるということと、リョウジ…小早川君も色々困ってると聞きましたので」
「秋津すずです。本日はよろしくお願いします」
「いやぁ…休みが明けても、秋津夫妻についてどうしても知りたいって依頼があまりにも多くてな。特に一年と二年から。またお前ら二人に迷惑掛ける前に併せて記事にしてしまおうと」
「一回話すだけで解決するんなら、もう話しちゃえば楽だろさ。小早川部長様なら変なこと書かないしょ」
「信頼してくれるなら何よりだ」
「じゃあ、早速始めていくわね」
「まず結婚おめでとうございます、でいいのよね。本当に最近なんでしょ?」
「そうですね。婚姻届出したのは二ヶ月前くらいです」
「あらまー、じゃあ本当に新婚ほやほやなのね。羨ましいわー」
「いえ、そんな」
「まだ二人とも学校通っているんですよね?」
「はい、高校に通っています」
「旦那さんからプロポーズしたの?」
「はい、僕から申込みました」
「その、プロポーズをしようと決意した理由って聞いてもいいですか?」
「あー…プロポーズするなら5年後も今も変わらないかなと思って」
「はー、男らしいですねぇ…え、ちなみに付き合って何年くらいだったんですか?」
「ゼロ日ですね」
「ん?ごめんね、ゼロ日?」
「はい、ゼロです。付き合う前に結婚しました」
「付き合う前に結婚決めたの!?高校生で!?」
「そうなりますね」
「えぇ…奥さん16歳でしょ?って高校1年生…1年生!?もしかして奥さんの誕生日に入籍したとか?」
「はい。私の誕生日に入籍しました」
「交際ゼロ日で法律上最速で結婚ってことよね。これは高校で気になるって話にもなるわよ。私も気になっちゃうもん。そもそもの二人の出会いのきっかけって何?」
「出会いは………うーん、親同士が中学校時代に知り合う機会があって。そこから一緒に学校に通うことになって…って感じですね」
「じゃあご両親を通して仲良くなっていったんですね」
「そんなニュアンスです」
「はぁー、凄いわねー。でも結婚ってなったってことは何かしら好きになったきっかけってあるんけじゃない?どっちから好きになったのかしらね」
「どう…でしょうね。僕からアプローチをしたんですけど断られてしまって。3年ぐらいアプローチを頑張ってそっから結婚にいったというか」
「あ、旦那さんはずっとアプローチしてたの?」
「はい。実らなかったのは色々事情があったんですけど」
「事情?」
「わたしが、学生カップルは付き合うと別れちゃうとともだちに聞いていて。別れちゃうのが嫌で」
「あ。付き合いたいって旦那さんに言われたけど学生カップルの破局確率が高いから断ってたってこと?」
「はい」
「何この子可愛いんだけど!」
「…」「いやー赤くなって照れるのも可愛いー!旦那さん良い子捕まえたわねー」
「で、付き合うんじゃなくていっそ結婚しちゃえーって感じなんだ」
「そうですね」
「えー、でも断られ続けてていきなり結婚の決断って凄いわね旦那さん」
「結婚の決断はしましたけど、断られたら諦めてましたね」
「僕にとっては最初で最後の覚悟でした」
「ちなみに、プロポーズの言葉は?」
「ひみつです」
「えー!奥さんズルいー!気になるー!じゃあ何処でプロポーズしたのー?」
「それもちょっとひみつです」
「お願い!ちょっとだけ!せめて何月何日だったのかとか!」
「姉さん、本題からズレてるから」
「おっとしまった。ごめんなさいね、つい熱くなって。まぁその辺りは機会があったら教えてくださいね」
「さて結婚生活についてお伺いします。結婚してお二人ですけど学生ってことはまだ親御さんの元で暮らしているんですか?」
「そうですね、妻が卒業するまでは親元で暮らそうということで話をしました」
「ご両親の説得とか大変だったんじゃないですか?」
「お互い、理解のある両親でして。親元で暮らして、しっかり僕が自立するまでは面倒見てやるから頑張れと。妻の両親も応援してくれてて、本当に感謝しています」
「素晴らしい親御さんですね。じゃあ高校卒業したらすぐに働く感じで?」
「そこは正直迷っています。高校卒業して働き始めてお金を貯めて、すず…妻が高校卒業したらそれを元手に自立するつもりではあります」
「ただ、将来を考えると大学に通ってキャリアを積んでから就職した方が後々良いのかなとも考えています」
「いずれにせよ、最低2年は実家暮らしで両親にお世話になるので、その間に色々出来ればと考えています」
「正直、今の貯蓄ってどれくらいですか?」
「今は、ほぼ無いですね。強いて言えばお年玉を貯めた分はありますが…これは貯蓄と言っていいのか。自分の稼いだ分は妻の婚約指輪と結婚指輪と諸費用で消えました」
「あー、婚約指輪も買ってあげたの。えらいわねぇ…ちょっと奥さん、指輪見せてくれる?」
「これ、頑張ったわね…素敵なブランドの指輪じゃない」
「給料三ヶ月分どころか、年間分ぐらいになりましたね」
「どうやって買ったの?アルバイトとか?」
「そうですね、元々のバイトをして貯蓄してた分と直近のバイト分で」
「奥さんもらった時どうだった?」
「…嬉しかったです」
「だよねー!もうそれしかないよねー!!」
「あとは結納とかもすべきだと思ったのですが、元々両親が良く知っていたので、ホテルでの顔合わせの食事だけしました」
「今どきならそれが当たり前ですしね。じゃあこれからは就職活動か受験をして将来に備えていくって感じですね」
「はい」
「結婚した前と後で、大きく変わったことってありますか?まずは旦那さん」
「変わったことですか。安心感というか、そういうのは出ましたね」
「あ、この人と一緒に居ていいんだっていう」
「すずちゃん、顔隠さないでね〜。うふふふふ」
「じゃあすずちゃんはどうかしら。結婚した前と後で変わったりしたのかしら?」
「……夫と同じです」
「絶対他に思ってる顔でしょそれー。後でこっそり聞くからねー」
「ぴぅ…」
「じゃあ、お互いの良いところと直して欲しいところはありますか!まず旦那さん!」
「えぇ…良いところは、気遣いが凄い出来ることとか、めちゃくちゃ素直なところでしょうか。あとは気楽に一緒にいられるところですね」
「直して欲しいところ…は、うーん…今は思いつかないですね」
「いいわねぇ、次すずちゃん!」
「お、夫と同じです…」
「いやもうホント可愛いんだけどこの子!私持って帰っていい!?」
「姉さん、落ち着け」
「さて、最後の質問です。結婚を考えているカップルに対して、何かアドバイスとか応援のコメントがあればお願いします!」
「アドバイスというほど立派なことはできませんが…でも、自分の気持ちはしっかり伝えることは大事かなと思います」
「が、頑張ってください…」
「はい、本日はありがとうございました!」
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございました」
「いやー、はい。お疲れ様でした。お二人ともありがとね本当に」
「いえ、こちらこそ。こんな感じでよかったんでしょうか」
「バッチリよバッチリ。あ、ここで何か食べる?ドリンクバーだけだったし、ご飯もデザートも頼んでいいわよ」
「いえ、流石にそこまでご相伴に預かるわけには…」
「いいのよ、気にしないで。結婚祝いってことでここは一つ」
「では、お言葉に甘えて…」
《再生を終了します》
《再生を開始します》
「…ずちゃん、ありがとうね。ごめんメモるの難しいからレコーダー使うわね」
「はい、これに喋ってください!」
「(英語が早口で聞き取れない)」
「助かったわ、英語ペラペラでびっくりしちゃった」
「祖母が喋るときには英語でしたので…」
「なるほどねー…そういえば旦那さんって、随分可愛いスマホケース使ってるわよね」
「あぁ、すずから貰ったんです。誕生日にって」
「へー、ちょっと見せて欲しいなぁ。…なるほどいいデザインね。毎年誕生日も送りあいっこしてたの?」
「はい、そうですね。定期入れとか後はボールペンとか。僕も似たような感じでお返ししてました」
「……ねぇ、旦那さん定期入れって今持ってる?」
「はい?持っていますよ」
「あっ…」
「どれどれ…あー。やっぱり。ふふふふふ」
「あぅ…」
「ちなみに旦那さん。ボールペンも同じような花のデザインされてたりしない?」
「そういえばそうですね。僕が高校入ってからすぐに貰ったボールペンも同じ花…というか植物?だった気がします」
「ねぇすずちゃん。真っ赤なすずちゃん」
「…」
「花は、好き?」
「ぅぅ…」
「いやー!もう本当にテイクアウトしたいわ!何この子!」
「どういうことです?」
「あ、やっぱり旦那さん知らないんだ。へえー」
「ぴぃ…」
「なにこれ可愛い。すずさんやどうした」
「あぁ、気にしないで旦那さんは!」
「流石に気になりますよ。ここまで茹でダコみたいになるのは初めてです。この草が何か?」
「いいのいいの!後はすずちゃんに聞いて!」
「これ答えない気がするんですけど」
「じゃあ、ヒントだけ。この草の名前は、ぺんぺん草よ」
「は?ぺんぺん草?」
「後は頑張るのだ少年よ!そろそろ行かなきゃ。ってヤバい録音いれっぱだっ」
《再生を終了します》
◇
「アプローチをしてたのは彼、断られたら諦める…か。ふふ。そんな事ありえないわね」
デスクに雑誌と書類が置かれている。
校正作業をしている紙には付箋が大量に貼られている。
小早川梨奈は、先日取材した夫婦のインタビューの録音を確認していた。まとめた記事に不備がないかをチェックする意味も含めて、録音と校正中の資料を見比べる。
梨奈はピンと思いつく。きっとあの可愛い奥さんは恥ずかしがって隠しているだろう。
彼女はちょっとしたイタズラを思いつき、文章を追加する。
ー編集後記
3年間アプローチをし続けてやっと実ったというAさん(仮名)の旦那さん。
実は誕生日プレゼントとして贈り物をしていた奥さんはぺんぺん草、別名[薺]のデザインの小物を送ってたみたい。
薺の花言葉は【あなたに私のすべてを捧げます】
どうやら知り合って一年でもうメロメロだったみたいです。
旦那さんは気づいていないみたいですけどね⭐︎
あなたも、密かなアプローチで自分の想いを伝えてみては如何でしょうか。
ー編集担当
小早川梨奈
思いついたものをパッと書いてみる。文章はもうちょっと削れば入れられるだろう。そもそも初校だし。
梨奈は一人ウムとうなずく。
彼女のサンプルで届けた雑誌を見て真っ赤になる姿を想像して、内心ニヤニヤとする。
さて、彼女に取っては楽しいお仕事の時間。
ぐいっとコーヒーを流し込み、目の前のパソコンと紙と戦う作業にもどった。
◇
「すずさんや、俺にもその雑誌見せてくれないか?」
「嫌!」
俺は、すずの力強い「嫌」を初めて聞いた気がした。結構マジなヤツだ。
「いや、変なこともし書いてあるんなら伝えないと。そういう意味でも俺も確認したいし」
「うぅーぅー」
雑誌を抱きしめてこちらの様子を伺ってくる。
「真っ赤じゃん可愛いなお持ち帰りするぞ」
「どうぞ!」
「…どうしたんよ喋ったこと以外のことでも書かれてたの?」
戯言に肯定されて怯んだが、もし何か不都合なことが書いてあるなら直して貰わなければならない。
訂正が利くのは明日までらしいし。
「…」
彼女がうつむく。
直後。
「わたしは!ユキが昔からだいすきだったの!!」
唐突な愛の告白と共に、雑誌を押し付けられて自分の部屋に逃げ込んでいった。
「え、どしたんだろ急に俺もだけど」
俺は押し付けられた雑誌を開いた。
7分後。
「さて、お持ち帰りだ」
独りごちる。
時計を見る。
櫛桁家の義理の父母お二人がしばらく帰ってこないことを確認し、俺は彼女の部屋に向かった。