その後のお話〜田中編〜
ここから新作となります。
音の無い世界に、俺はいる。
聞こえるのは自分の呼吸。
そして独特な線香なのか藺草なのか木なのか、あるいはそれが全て入り混じった匂いだけが今の俺のすべてだ。
心を無にしろ。何も考えるな。
何も…何も………
この間のすず、凄かったなぁ。
途端、パァン!!と肩に衝撃が走る。
音と衝撃と痛みに身体が跳ねた。
「喝」
「…はい」
◇
「ありがとうございました。気持ちが引き締まりました」
俺はお礼を言って頭を下げる。
「また来なさい。座禅体験は毎週やっているから」
先程警策で打ち込んできた住職が笑顔で応える。
ここは、自宅から離れたお寺だ。
駅からバスに乗り継いで来ている。
座禅に関してはついでてはあったけれども、本来の用事は寺から少し離れた場所にある。
荘厳なお寺と違い、ごく普通の家のインターホンを押す。
「うぃー」
少しして、馬鹿からインターホン越しに聞こえた。
「うぃー」
俺も馬鹿にしか使えない言語で返事をする。
ガチャリと玄関のロックが開く音の後に、ドアが開く。
「おっす秋津の旦那。禅はどうだったよ」
「おっす田中の次男坊。お前も受けろや」
俺の前の席に座っている田中アキラは、この地域の大きな寺の跡取り…ではない方の息子だ。
「ワシは幽霊退治専門じゃけぇのぅ…」
田中は嗄れた声を出す。
「はいはい寺生まれのTさんは凄いなー。お邪魔しまーす」
「はーいいらっしゃーい」
リビングから田中のお母さんの声が聞こえた。
「んじゃゲームやるべさー」
「おうともさ」
適当な会話をしながら、田中の部屋に向かう。
学校も夏休みに突入し、秋津夫妻へのジャーナリズムもひと段落した。
俺、秋津ユキノリと、秋津(旧姓櫛桁)すずは、
結婚をしてはじめての長期連休となる。
いつも一緒に居たい気持ちもあるけど、友達と遊んだり勉強をしたりと、ぼちぼちバタバタとした生活をしている。
「んで、ユキノリ」
「ん?」
「夫婦生活はどうなのよ?」
田中は、目の前のモンスターを狩りながら聞いてくる。
田中は別に仲が悪くて名字呼びにしているわけではない。
俺の名字が秋津でアキ、と呼ばれることと
田中アキラでアキ、と呼ばれることがある。
そのため、区別のために田中と呼んでいるだけだ。
「田中、一応興味あったのな」
野次馬根性で聞いてくるクラスメイト達と違って、田中は根掘り葉掘りと聞いてくることはなかった。
「ヤメロォ!クラスの中に既婚者が居る事実が俺には耐えられない!」とか言いながら廊下に飛び出したりしてた気がする。
「なんか学校で話したがらなかったじゃん」
田中の凄いところは異常に空気が読めるところだ。相手が何を求めているかが分かるかのような行動をしている印象が多い。
「んー…まあなぁ。プロポーズはどういう風に言ったのーとか、どんなシチュエーションだったのーとか、聞きたい気持ちはわかるけどさ」
ゲーム画面を見ながら呟く。
人の恋愛ネタほど楽しいものはないだろう。
それが分かっているからある程度の質問にはもちろん応えていた。
すずを連れてご飯に行くかを実際にすずに聞いたりもした(何回言っても断られるけど)。
でも俺は別に結婚を宣伝したいわけじゃない。
別に誇るとかそういうことでもない。
すずを幸せにするために選んだ選択肢が結婚だったというだけだ。
「俺のわがままだけどさ。すずにだけしたかった話を他の人にしたくはないでしょ」
例えばプロポーズの言葉とか。
まず人にあの言葉を伝えることが恥ずかしすぎる。
そもそも、すずからひとつだけお願いされている。
◆
『ユキ。プロポーズの言葉はみんなにひみつね』
ある日の帰り道、すずがこちらを見てくる。
『分かったよ。つか、恥ずかしくて人に言えんから安心して』
ここ最近の質問攻めの中で、微妙に判断が難しいことがある。
例えば馴れ初め的なことを聞かれるけど、答えていいかということを一応すずに確認していた。
『プロポーズのとき以外の話は好きに話していいよ』
よし、奥様から許可をいただいた。
これで言及に答えやすくなった。
『プロポーズのときのはダメなんだな』
一応確認のために問いかける。
『ん。あのときのユキはわたしの』
にへら、と俺を見て笑う。
表情の変化が少なかったすずだけども、最近はよく笑顔になるようになった。
つかただの独占欲やんめっちゃ可愛いなこいつ。
『めっちゃ可愛いなこいつ』
普通に口に出た。
途端に、腕にくっついている生き物は『ぴぅ』とか言いながら顔を背けた。
◇
「ふーん、そんなもんなんか。まぁいいんじゃね?」
田中は画面から目を離していない。
ゲーム画面ではボス戦に突入する。
「ただ、ユキノリが内心しんどいとかじゃないならいいんだよ」
俺の操作キャラクターがボス相手に罠を仕掛ける。
「もし結婚式とかするときになったら来て欲しい人もいるしな。あんまり邪険にも出来ないだろよ」
ボスが罠に掛かる。
それを見届けてあらかじめ準備していたボウガンを連射していく。
「新聞部が押し掛けてきたときには流石に困ったけどな」
思い出して苦笑する。
◆
結婚した話をすずが教室で言った後日の昼休み。
俺の教室に、学校の新聞部が押し掛けて来ていた。
『学生結婚の記事を書きたいんですよ!お話をお願いします!』
『秋津ご夫妻の話を詳しく聞きたいです!』
田中と自分の机で飯を食っていたときに後輩であろう女の子が二人組で教室に現れた。
『いや、そんな面白いことではないよ』
『そんなことありますよ!皆興味しんしんです!』
『すずさんの方にも話聞きたいです!お話聞きたかったんですけど男子が邪魔して入れなくて!二人一緒の写真撮らせてください!』
『なんだったんでしょうねあの一年男子達!『ちょっと横になるわ』って!まじうざい!』
『インタビューもしたいんですよぉ!今日の放課後空いてますか!?ていうか空けてくださいね決定です!』
矢継ぎ早に話を積んでくる彼女達に、どうしたものかと思っていると。
『うひょー可愛いねお二人とも!2年生!?何組なの!?』
『いいよこんなムサい男の話じゃなくて、俺とおしゃべりしようぜ!』
『SNSやってる!?俺の教えるからさあ、連絡してよ!』
田中がマシンガントークで女子二人をナンパしはじめた。
田中、口の中にご飯入ったままやぞ。
『え、キモこの人…』
『ていうかご飯粒飛んでるんですけど!嫌マジ最悪!』
彼女達が田中に話しかけられて、飛んでくるご飯粒を避けるために少し距離を離れて罵倒してくる。
『新聞部だよな君達!やったぜ小早川にこの娘らの個人情報聞いてくるわ!』
田中が飯を残したまま立ち上がり、教室の外に走っていこうとする。
『え、ちょっと待って!怖いんだけど!』
『部長のとこ行こ!』
彼女達も田中を追いかけて出て行った。
その後、彼女達が俺やすずのところに来ることは無かった。
代わりに、後日新聞部部長の小早川が俺のところに来て「うちの部員が騒いで悪かった」と謝罪された。
◇
「つーか、田中自分を生贄に捧げすぎだろ」
振り返って改めて思う。俺のことを思って追い出してくれたんだと思うけど、流石に自分を捨て過ぎだ。
ちなみに、その後戻ってきてから彼にはジュースを三本奢った。
『何だァ!俺のナンパ失敗を励まそうとでもしたんかよ!サイダー如きで癒されるとでも…美味いわぁ。癒されるわあ』と言って笑っていたけども。
「あ?あんま難しく考えんなよ、ユキノリ」
田中のキャラクターが近接武器のタメ攻撃がヒットする。
「俺はナンパがしたかっただけだぜ。女の子とお知り合いになってワンチャン狙いしたかっただけよ」
「それが真実なら飯ぐらい飲み込んでから喋っとけや」
必殺技ゲージが溜まる。ボスもHPが残りわずかなのか発狂モードに入った。
「声を掛ける。それが女子との仲良しになる近道じゃん。優先順位が自分の飯を飲み込むより高かったってだけなのさ」
「手段と目的完全に入れ替わってるからな…ってえァー!?」
馬鹿発言にツッコミを入れたために発狂モードの攻撃が当たってしまった。
「任せろ!あとは俺の美技に酔いな!!」
田中のキャラがボスの尻尾を切断する。怯んだ!
「合わせろユキノリ!一気にいくぞ!」
「オッケーだ!せーのっ!!」
二人で同時に必殺技を発動する。
《ユニゾンアタック!》
キャラクターのカットインが発生し、ボスに攻撃が同時にヒットする。
《討伐が完了しました》
派手な音楽と共に、クリアを意味する画面が表示される。
「「うぇーい!」」
二人で声を合わせてハイタッチする。
「田中」
改めて田中に声を掛ける。
「あ?」
「ありがとな、抱いてくれ」
「嫌だよ」
言って、二人で笑い合った。
ゲーム討伐完了画面に、ユニゾンアタックでの実績解除トロフィーが表示される。
[ユニゾンアタック十回成功により、実績が解除されました]
[銀トロフィー 変わらぬ友情]
◇
「晩飯、今日はすず作ってるからぼちぼち帰るわ」と伝えると「なるほど通い妻なのな滅びろ。またな」という言葉で田中宅を追い出された。
自宅の鍵を取り出して開錠し、玄関扉を開ける。
「ただいまー」と声を掛ける。
刹那にとたたた、という音と共に玄関にすずが来る。
「おかえり」
彼女は今日も相変わらず無表情で迎えてくれる。
「うん。ただいま」と改めて伝える。
手を洗うために洗面所まで向かう。
後ろにすずがついてくる。
石鹸の泡を洗い流してからタオルで手を拭く。
振り返ると、手を広げたすずがいた。
「ん」
にへらと彼女が笑う。
「ん」
そっと彼女を抱きしめる。
「たのしかった?」
すずが耳元で囁く。
田中のところに出かける旨は伝えていた。
「…あぁ、楽しかったよ」
座禅やっといて良かった。
すずの魅了に耐えられるような気がする。
「よかった」
背中に回してくれた腕がギュッと強くなる。
…まだ耐えろ俺。喝をもらったんだ。
「今日もご飯ありがとな」
頭をポンポンと撫でる。
「つまのおしごと」
月に一、二回程度ではあるけど、母さんの手伝い無くすずが晩御飯を作る日が出てきた。
「それなら、俺はまだ仕事出来てないよ」
俺も今年、公務員試験は受けようと思っている。
大学の選択肢もあるけど、早く自立をしたい。
「…わたしが養う?」
「男として、まずそこは頑張らせてください…」
ダメになるわ、こんな相手いつもいたら。
思い出せ住職の警策を。
「今日はしょうがやき」
「いいね、好きだわ。皆でご飯食べようか」
そろそろリビングに向かわねば。
もう持たない。己の若さが憎い。
「でざーと、なに食べる?」
すずは、首筋に唇を当ててくる。
「 」
視界を閉ざす。自分と向き合うことが唯一出来る理性的な判断であると自覚していた。
すずの髪の匂いなのか、
ボディソープなのか本人そのものの匂い。
それが全て入り混じった匂いだけが今の俺のすべてだ。
何も考えられない俺は彼女が、
あるいは俺自身が最も望む回答をする。
「ごはんの後に、めしあがれ」
住職、ごめんなさい。
来週も座禅体験に行くから許してください。
決して届かないけれど、心の中で謝罪をした。