帝国での出来事
カイルはバルト帝国を目指して北へと向かった。その速度は馬車よりも早く、あっという間に一つ目の関所へと到着した。関所の数は全部で3つあるらしいがカイルにはどうでもよいことである。光魔法『インビジブル』を使用し姿を消し、風魔法『飛行』で空を飛びながら関所を越える。
「う~ん。思ったより関所が大きいな。いちいち降りていたら面倒そうだ。これならずっと飛んで行った方が早そうだな」
そう思いながら一つ目の関所を越えていく。それからまた何キロか飛んで行くと第二、第三の関所に到達し、そのまま空を越えていった。この関所を通るたびにいくつかの村や都市を通り過ぎるのだが、どこもかしこも賑わっているように見える。これも他の国から略奪した資源によるものだろうか。カイルの中に何とも言えない感情が見え隠れする。
バルト帝国の首都であるバルトに着くには結局1日しかかからなかった。帝国の首都というだけあって町並みはそれなりに栄えている様だ。フィナンシェ王国に比べても豊かに見える。町は活気に溢れ人々の声が聞こえてくる。
「早めに王城に向かおう。時間の無駄遣いはよくないからね」
他の人達からはカイルの姿は見えていないので、早々と城の中に侵入し王の居場所を探していく。王の居場所はすぐにわかった。城の中のメイドたちや兵の話から現在は会議の真っただ中らしい。カイルは中の様子に耳を澄ます。どうやらフィナンシェ王国を乗っ取った後の事を考えているらしい。まだ、フィナンシェ王国に突入した兵たちが全滅したことを知らないのだろう。カイルは愉快そうに顔に笑みを浮かばせると会議場のドアを両手で開く。この会議中に何事かと中にいる面々はカイルのほうに視線を集中させる。カイルを見て会議に参加していた帝国人の一人が叫ぶと共に帝国のバルト王であろう人を守るように人垣ができた。
「貴様は何者だ。ここをどこだと思っている。王の御前であるぞ」
カイルはそれはそうだと思い優雅に一礼し顔をあげる。
「僕はフィナンシェ王国の第一王女アイリス様の使いとして来ました」
アイリスの名を出すとそこにいた面々が驚いたような顔をする。
帝国の王様が立派なカイゼル髭を触りながら立ち上がる。
「ふん、ここまでどうやってきたのかは知らんが隠密の物か?フィナンシェ王国は降伏でもしようというのか?それで条件の譲歩にでも来たのか?」
面白いとでも思っているのかニヤニヤと笑みを浮かべカイルに視線を向ける。
「いえいえ、そんなことではありません。さて、帝国の皆さま方、ここらでフィナンシェ王国に手を出すのは止めにしませんか。僕としましてはあなた方の首をここで刎ねるのは簡単ですが、国の統治というのはまた厄介なもので僕はそのノウハウを知りません。フィナンシェ王国もそれほどの力があるわけではないのでバルト帝国の土地を活かすことも難しいでしょう。だから、この広大な土地を治めるにはあなた方の助力が必要です。どうですか?民の命を助けると思って、ここは素直に頷いてもらえませんか?」
バルト王は愉快そうに笑うと口を開く。
「はっはっはっ片腹痛いわ。なぜ弱小国のフィナンシェ王国に我らバルト帝国が頭を下げねばならぬ。そちらが頭を下げて属国にしてくださいと頭を下げるのが筋ではないか?」
バルト王の言葉にカイルは微笑みを返す。
「いや、貴方は頭を下げると思いますよ」
会議室にあるとても長いテーブルをカイルはただ一歩足を前に進めて王の目の前に佇む。テーブルの上に立っているため王を見下ろす形になったので王は顔を真っ赤に染める。
「この王を、帝国の王を見下ろすではないわ。こやつをひっ捕らえろ。首を刎ねてフィナンシェ王国に突っ返してやるわ」
王の声に反応して王の隣にいた壮年の騎士が剣を抜き切りかかってきた。だがその刃はカイルには届かない。その刃を人差し指一本で受け止めたのだ。壮年の騎士は唖然としていた。この壮年の騎士は実は近衛騎士団長で帝国では一、二を争う武の猛者であったのだ。騎士は信じられないという顔で何度も切りかかってくるが、それをすべて指で止めてしまったのだ。
「ウィード、何をやっている。早くこんな男切り殺せ!それでも近衛の騎士団長か?」
騎士団長は顔に汗をかきながらも何度も剣で切りかかってくるがカイルも面倒くさくなったのか、その剣を左手で受け止めると刃先を軽く捻り折ってしまった。折れた剣を見つめ信じられないという顔をする騎士団長。
「ねぇ王様、話し合いに来たのにこれはないんじゃないのかな?」
剣を折られた騎士団長は「化物め」と口にしながら王を守るためにカイルの前に立つ。王は騎士団長の姿を見て顔を青くするがまだ心は折れていないようだ。
「王様?僕の力を少し見せてあげるから考えなよ」
カイルはそう言って右手を軽く横に一閃し呟く。
「次元斬」
見えない刃が城の壁をめがけて飛んで行く。
一言呟くと王たちの後ろにあった城の外壁が音もせずきれいに縦2m、横20mほど消え去っていた。
この会議室は城の2階の角にあったので負傷者はいないはずだ。
王たちは外壁を見て顔を青ざめる。
「どうだい?王様、気は変わったかい?」
しかし王には関係ないようだ。
「そんなことをしても無駄だ。フィナンシェ王国にはすでに3万の軍が攻めているはずだ。もう落城しているのではないか?」
王たちは笑いながらカイルの様子を見ていた。
「僕がここにいる時点でおかしいと思わないのかな?たかだか3万で僕の相手になるはずないだろう。一般兵じゃ話にならないよ。英雄でも連れてこなきゃね」
カイルは勿体ぶった言い回しをする。
「その言い方だとフィナンシェに向かった我が兵が全滅したような口ぶりではないか。そんな戯言を信じよというのか?」
「うん、信じてもらうしかないかな。バルトの民の事を考えるのならそれが最適だよ」
「信じられんな。貴様の妄言に付き合っている暇などないわ」
いつまでたっても顔を立てに振らない王にあきれたカイルは頑固な王に対して強硬策に出ることにした。
「バルト王。今この場で貴方を殺して頭を挿げ替えてもいいんですよ?」
会議室にいる全体にわかるように殺気をばらまく。気絶してしまう者や失禁してしまっている者もいるがカイルはおかまいなく話を続ける。
「僕にとっては王なんて民に圧政をひかなければ誰でもいいんです。だからここで死んでおくかい?」
カイルのプレッシャーに王が膝をつくと耐えきれずやっと頷いた。
「わ、わかった。お主の要件を飲もう。フィナンシェ王国には手を出さない」
「フィナンシェだけじゃなくヤマト国やハリス国にもだよ。この条件を飲まないなら君たちを城ごと消し去るからね。約束を守るのならば僕の方からはなにもしない」
カイルはニコッと笑うと殺気を静めてコートのポケットに手を入れると一枚の紙を取り出した。
「じゃあこれにサインと血判をしようか。これは魔法契約書。約束を破ればその人の命にペナルティを与えるものだよ。今の約束を破れば死ぬと思ってね」
カイルは紙に条件を書き王の前に紙を置きサインするように促す。王はサインをすると契約書が光り、紙が2枚に分かれた。
「そっちの紙はバルト王が持っていてね」
「ふむ、貴公の名前はカイル・シュバルツか。聞いたこともない名前だな。フィナンシェにそんな名前の豪傑はいなかったはずだが」
「そこらへんは秘密でね。僕の口からは言えないんだよ」
「しかし、どうやって3万もの兵を全滅させた?人の身でそんなことが可能なはずなかろう?」
やはり納得いかないのだろう。少しでも情報を集めようと話をしてくる。
「そこは僕の魔法の力とでも思ってくれたほうがいいかな。さて、契約も無事すんだし僕はそろそろお暇するよ。じゃあね王様、貴方が愚王でないことを祈ってるよ」
カイルは会議室を出ると『インビジブル』を使って姿を消すと城内を歩きだす。城を抜け出し城下町を歩く、屋台でフォレストボアの串焼きを何本か買い食べておく。人が寝静まる夜まで待ち『飛行』を使ってバルトを出るとそのまま関所を通過して、フィナンシェ城についた。着いたのは朝方だったので報告するには丁度いい時間帯だろう。カイルはそのまま城に着くと衛兵にアイリスに会いに来たと伝えてくれと頼んだ。城の中ではカイルの事を知らせていたのであろう。話はすんなり通りアイリスと面会することができた。
「カイル様無事でよかったです。バルト帝国との話はどうなりましたか?」
アイリスが心配そうに尋ねてきた
「無事に終わったよ。これで一応戦争は止まるんじゃないかな。バルト王には対価に命を背負ってもらったから。これで少しはバルト帝国も内側を見てくれると助かるんだけどね」
ホッとしたのか安堵の表情を見せる。
「そうなんですか。カイル様ありがとうございました。これでフィナンシェも守ることができたのですね」
アイリスが微笑んできた。美人の笑顔は反則だなと思いながら話を続ける。
「そうだね。あとはこの国をよくするにはフィナンシェ王のやり方しだいだね」
「カイル様、宜しければこのあと父に会ってもらえませんか?せっかく助けてもらってなにもしないのは王族としても恥になりますし」
アイリスは髪の毛をいじりながらもじもじしている。カイルは王に会うことを了承しアイリスの後を追う。
執務室だろう。その部屋の前についてアイリスがノックをする。
「アイリスです。父さま入ってよろしいでしょうか?」
「あぁよいぞ。入ってくれ」
執務室の中から威厳のある声が聞こえてきた。
執務室の椅子に座るのは金髪で40代前半に見えるなかなか引き締まった体をしている男だった。
カイルはこの人がフィナンシェ王かと思いながら執務室の中に入り挨拶をする。
「フィナンシェ王。はじめまして。僕の名はカイル・シュバルツ。星の女神に捧げる一振りの剣である。」
カイルは王に挨拶すると頭を下げる。
「こちらこそ初めましてだ。英雄カイルよ。私はヘリオス・フォン・フィナンシェだ。この度はフィナンシェ王国を助けてもらって本当にありがとう。貴公がいなかったらこの国はなくなっていただろう。英傑召喚など本来行うべきではなかったのだが状況が状況でな。本当に申し訳なく思う。カイル殿には不自由なく暮らすことができるように取り計らう。必要な物があれば何でも言ってくれ」
とても話の分かる人のようだ。このような王ならこの国も繁栄できそうだ。
「ありがとうございます。では住むことができる家といくばくかの駄賃をもらえないでしょうか」
「うむ。それくらいならお安い御用だ。貴族街に手ごろな大きさの屋敷があるのでそちらを準備しよう。お金については後ほどアイリスに届けさせよう」
「ありがとうございます」
ヘリオスはカイルの礼儀正しい所作に感心していた。
「カイルよ。お主はどこかの貴族でもあったのか?貴公の所作からは気品が感じられるぞ」
「いえ、貴族ではありませんがある高貴なお方に仕えておりました。そのせいではないでしょうか」
ヘリオスはカイルの言うあるお方という言葉が気になった。
「ある高貴なお方か?貴族にでも仕えていたということか。それなら頷けるな。話は変わるがカイル殿、今後、バルト帝国はどのように動くとみる?」
「バルト帝国には少々お灸をすえてきたので悪い方には動くことはないと思います。なのでこのまま平和条約を結ぶことをお勧めしますよ」
バルト帝国は軍事にばかり力を入れてきた国。その国がこのまま本当に大人しくしているだろうかとヘリオスは考えたがカイルの言葉を信じることにした。
「二人とも下がってよいぞ」
そう言いアイリスとカイルは部屋を出た。
「では、バルト帝国に条約締結に向けて使者を送ってみよう。はてさてどうなるのやら」
ヘリオスは静寂に包まれた部屋の中で一人呟くのであった。




