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用心棒 累寧  作者: えのき・え〜じ
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第一章 第二話

 少女は決断を迫られていた。


 このまま逃げ切れる保障は無い。かと言って、捕まれば命は無いだろう。逃げるか立ち向かうかの二択を迫られていた。この答えの出ない問いかけが、何処からともなく頭の中に降ってきた。少女に脳内では、この二つの選択肢が押し問答をしていた。

 緊張と興奮で身体が小刻みに震え、それを無理矢理押さえつける。この最悪の状況を打開する策は、もう誰かにすがるしかなかった。


 なぜ執事の言う通りにしなかったのだろう。人混みに紛れてれいれば、追手を撒くことが出来たかもしれない。いや、見ず知らずの人を巻き込んでしまう虞があることを考えれば、私の取った行動に間違いはない。そう自分自身に言い聞かせながら、地面を見つめていた。何者かが、この状況を目撃していて救ってくれるのではないかと、淡い期待をするまでに思考が追い詰められていた。


 しかし、そんな期待とは裏腹に、背後から執事の呻き声が聞こえ、人が倒れる音がした。その声と音が少女に届いた瞬間、少女は決断した。


 誰も頼りことが出来ないのなら、もう自分自身を犠牲にするほかなかった。全てを顧みず、抗い自分を信じるしかない。


 そこから導き出した答えは、時間稼ぎだった。


 一縷の望みに賭け、対話することで状況を変えようと考えた。追手の目的は私自身ということまでは、この状況では否応にまで理解できるが、私の命とは限らない。拉致・監禁が目的ならば幾許かの望みはある。このように考えた少女は対話を持ちかけ、その決断は攻を奏した。



 しかし、何事にも誤算はある。少女は必要以上に相手を挑発してしまったからだ。対話が可能であるとわかった少女は、その事に安堵してしまったがため饒舌になった。無論、時間稼ぎが目的であり、その後の事など全く考えていなかった少女は、ひたすらに口を動かすことだけに集中していた。

 気付いた時には、男は刃物を構え殺意を剥き出しにしてた。しまったと思いつつ、取り繕うと一瞬頭の中を過ったが、執事が取り押さえられ青ざめた顔が目に入った。


 その時、少女の心の奥底で燃え上がるものがあった。 


 その感情は、この状況下では到底生まれるはずがないように思えたが、少女は思考を巡らせる中で、何故私がこんな目に遭わなければならないというぶつけようの無い想いがあった。


 怒りは時として、理性を凌駕し、全身を支配してしまう。この場合、大抵は悪い方向に向かうことが多数だが、ごく稀に良い方向に導かれる時がある。

 しかし今回の場合、やはりと言うべきか前者であった。


 取り繕うことをやめた少女は、怒りに身を任せ言葉を続けた。しかし、状況は好転せず悪化するだけだった。男に出直すよう申し向けたが、これを聞き入れるはずもなく殺意と銃口を向けてきた。


 少女は相手に刃物を向けられた経験などない。大抵の人間はそうだろう。そればかりか、今度は銃という刃物よりも殺傷能力の高い武器を向けてられて冷静でいられる人間などいない。

 訓練された人間ならば、気を保つことは出来るが、そのような非現実的な経験をした人間など稀である。しかし、少女の胆力が圧倒的な恐怖に打ち克ち、平静を保つことが出来たのは、皮肉にも怒りが少女自身を奮い立たせのだ。 


 しかし、残酷で無慈悲な乾いた発砲音は、少女の不屈の精神力にヒビを入れる。音を聞いた時、最初は何が起きたのかわからなかった。音の行方を追おうしたが、本能で自分に向けられているものから目を逸らすことが出来なかった。冷や汗が出る。動揺している事を悟られぬよう、必死に平静を保とうとする。地面を掴んでいる足が硬直して動かず、徐々に自分の心臓の音が大きくなっていく。



 もう何を言っても無駄だと悟った少女は執事の方を見た。執事は今にも消え入りそうな表情をしている。少女は彼を巻き込んでしまったことを、心の底から詫びた。それと同時に感謝の気持ちで一杯になり、自然と笑みが溢れた。 


 周囲の男達は、少女の様子を見て気が触れたのではないかと、全員が思ったに違いない。一人を除いては。



 対峙していた男にも、当然少女の表情が目に映る。この切迫した状況に対し、笑みを浮かべている少女の姿は、男には挑発しているように映った。


 不敵な笑みを浮かべた少女は、運命に抗ってみせたが、その答えがこれであった。

 少女は天を仰ぎ、目を瞑った。全てを受け入れ、死を受け入れる覚悟を決めた。




 その瞬間、再び乾いた音が響いた。少女は発砲音に驚くことはなく、微動だにしなかった。

 痛みは感じない。そうか、死とはこういうものかと、感慨に浸っていたがおかしい、撃たれた感触がない。

 自分の身体を隅々観察したが、撃たれた箇所が無い。 


 「あれ?」


 その時、気付いた。目の前に気配を感じる。

 気配がする方向に目をやると、この領地では見慣れぬ服装をした者が立っていた。


 「誰だお前は!」


 咄嗟に出た言葉は、心の底から出た疑問であった。死んだと思ったら、目の前に見知らぬ者が立っていたため、一瞬現実かどうか疑った。だが、そこは間違いなく先程まで死を覚悟して立っていた場所だった。


 少女の心の底からの問いかけに、その者は一言だけ言い放った。

 

 「・・・累寧かさね。」

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