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用心棒 累寧  作者: えのき・え〜じ
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第一章 第一話

第一話


 その少女は執事に手を引かれ、ひたすらに走り続けた。

 

 執事は少女に対し、人混みに紛れるよう言ったが、その言葉に反して人混みを避けるように路地裏に走って逃げた。

 その光景を見た追手は、一目散に少女の後を追った。それに対して執事は、身を挺して足留めしようと対峙するが、人数が多く大した時間稼ぎにもならない。追手は6人程いたが、3人を相手にするのが精一杯だった。


 追手は全身黒ずくめで、覆面をしていて顔は確認出来ないが、体格から見て男であることは推測出来た。人通りの少ない路地裏とはいえ、数名の男が少女を追い回している光景を見ても助ける者は現れない。


 少女は男達の身なりを確認した時、胸元や腰回りに武器を携帯してる事に気づいていた。そして屈強な男の足から、逃げ延びることなど不可能に近いことも解っていた。

 すると少女は足を緩めた。そして、俯きながら完全に足を止めた。少女の手足は震えており、震えを止めるため右手で左腕を押さえ付けるよう強く握り締めた。


 その光景を目の当たりにした執事は、相手を制しながら大声で「お逃げ下さい!お嬢様!」と叫び少女の元に駆け寄ろうとした。しかし、対峙していた追手に背を向けてしまったため、背後からの攻撃を防ぐことが出来なかった。

 追手の男は、持っていた刃物で執事の足の腱を切り、執事は鈍い唸り声を上げてその場に倒れ込んでしまった。執事はすぐに顔を上げ、少女に対し声を掛けようとした。しかし一言目を発する間もなく、刃物は執事の喉元に突きつけられていた。冷たい感触がして、目だけを動かし刃物を見た。刃物に映る男の顔があった。覆面で表情はわからないが、目は笑っているように見えた。


 この時、執事は恐怖で頭が支配されていた。しかし、この恐怖とは自身に迫る死に対する恐怖ではなく、自分が死ぬことによって彼女を守る者がいなくなってしまうという恐怖であった。何が最良手なのか、この窮地から救われる方法はないか必死に考えを巡らせた。しかし答えは出ない。恐怖で考えがまとまらず、結果、声を発することが出来ず、ただ刃物を見つめることしか出来なかった。


 少女はこの状況を見てはいない。しかし、執事の鈍い呻き声だけが脳裏にこびりついていた。時間が無い、そう思うと少女は覚悟を決めた。

 顔を上げて振り向き、追手のひとりを指差した。発した言葉は、執事の喉元に刃物を突きつけている男ではなく、その背後に立つ男に対してだった。


 「おまえ、話をしよう。」


 発せられた言葉には、乱れがなく穏やかな声だった。

 

 指を差された男は、少女の毅然とした態度に虚を突かれ、一歩後退りした。少女は言葉を続けた。


 「私に用があるなら、家の者は関係無いだろ。おまえの指示で、その男から私の執事を離せ。」


 命令された男は、しばらく少女をジッと見た。男は俯き、小刻みに身体が揺れている。そして、小さな笑い声を上げた。その不気味な笑い声は、路地裏の狭い建物を反響してその場を包んだ。

 男は小刻みに揺れていた身体を突然止め、同時に笑い声が止んだ。男は顔を上げ、少女の命令に返答してみせた。


 「さすが領主のお嬢さんだ、肝が据わってらっしゃる。でも何で俺に命令するんです?直接本人に言えばいいじゃないですか。」


 少女は言葉を続けた。


 「答えになっていない。お前が頭だろ、さっさとお前が命令しろ。言葉の意味がわからないのか?」


 その言葉に、男は反応した。少女を睨みつけ、それまでの砕けた口調が一変した。


 「てめぇこそ自分の置かれた立場を理解してねぇのか?この状況で俺に命令出来る立場か?」


 少女は溜め息を吐き、呆れたように言う


 「急に声を荒げるな、程度が知れる。先程おまえ自身が言ったではないか、領主の娘だと。立場がわからないのはどちらかな。」


 この言葉が決定的だった。男は胸元に忍ばせていた刃物を手に取って威嚇した。


 「さっきから、おまえ、おまえ、って偉そうに。

殺されなきゃ理解できねぇのか?」


 男が発した声は小さかったが、その言葉は明らかに殺気が込められており、再びその場を張り詰めた空気にした。


 「理解はしている。その上で話をしようと言ったではないか。それなのに、なぜ刃物を向けてくる?おまえは話が通じない馬鹿なのか?」


 少女の言葉は、その場を一瞬にして凍りつかせた。


 この言葉を聞いた執事は、薄氷を踏む思いで男を見つめた。どうか冷静になってくれと、心の底から願っていたが、その想いとは裏腹に男の頭の中は激しく燃え上がっていた。興奮を抑えるのに必死で、鼻息は乱れ肩を揺らしていた。

 しかし、執事の思いはその男にも、少女にも届かない。それどころか、少女の言葉は火に油を注いだ。

 

 「どうした?肩を揺らして、鼻息が荒いぞ。体調でも悪いのか。一旦出直したらどうだ?」


 馬鹿にした様な口調で発せらた少女の言葉は、遂に男の我慢の限界を超えた。刃物を右手から左手に持ち替え、腰元に付けていたホルスターから銃を取り出し、少女に銃口を向けた。


 「命乞いをしろ。したら一発で殺してやる。」


 男の声は震えていた。怒りを抑える事に必死で唇を噛んでいる。


 少女は大きく溜め息を吐き


 「断る。なぜおまえに命乞いをせねば・・・」


少女の言葉を遮るように、「パンッ!」と渇いた音が路地裏に反響した。

 その瞬間、少女の顔の横を何かが高速で通り過ぎた。通り過ぎた時に起きた空気の振動が、少女の顔を撫でる。少女の表情は一切変わらない。

 しかし、少女の首筋には一筋の汗が滴り、この汗が疲労からくるものではないことは少女にも、その光景を目の当たりにしていた執事にもわかっていた。

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