序章
「お前がこの家を出る時、その時は死のみである」
幼い頃から祖母に言われ続けた事があった。その言葉は、私を今でも呪いのように縛り続けている。
祖母はこの言葉を発する時、決まって私の瞳の奥を見る。瞳の光を消しにくる言葉。
この時、私は一度死ぬ。もちろん肉体的に死ぬのではなく、心が死ぬ。言葉の刃に刺され、その場に立ち尽くし、希望が消える。
その言葉の通り、私は家から逃げる事が出来なかった。
死とは、圧倒的な恐怖だ。今まで生きてきた証が理不尽に、不条理に消え去ってしまう。その死が、今まさに迫っている。
私はその圧倒的な恐怖を振り切り、必死に足を動かした。心臓を音が頭の中に響くが、祖母の言葉が頭の中を上書きしてくる。それを更にかき消すため、必死に走る。いつの間にか、私の頭と身体を支配していたのは、その言葉ではなく疲労だった。
港に着いたのは船が出航する前だった。私は船を見て安堵し、額の汗を拭った。その時傷口に汗が入り、痛みを感じた私は拭った手の甲を見た。
汗は血で滲んでおり身体には所々擦り傷があった。その傷は走っている途中で傷ついたものだと、後から気づいた。
私は自分の血をじっと見た。この呪われた血を睨みつけ、家族を思い浮かべた。一族、血筋、血統。私の体内に流れる、逃れる事が出来ない呪いに途方もない絶望を感じた。
極度の緊張と疲労で、私は今にも倒れそうになる。吐き気もして、身体中痛い。やっとの思いで船の中に忍び込み腰を下ろした。この疲労も痛みも生きている証だと思うと、私は自然と笑っていた。