第8話 守護の勇者の末路
俺は衝動のままに疾走する。
そして、遠心力を乗せて戦鎚を振り回した。
「うびゅぉっ」
「ぎょぺっ」
「ぢゅぐうっ」
宙を舞う多種多様な人体の一部。
軌道上にいた騎士が次々とひしゃげていく。
鎧など関係ない。
ただの飾りだった。
血反吐を散らしながら、彼らは地面をバウンドする。
「うおおおおおぉっ!」
背後からの殺気と怒声。
俺は戦鎚の石突を引いて、背後からの斬撃を弾いた。
攻撃に失敗した騎士の顎を蹴り飛ばす。
「きゅぇっ?」
奇妙な断末魔。
蹴りを入れた兜ごと首が半回転した。
ふらついた末に騎士は沈む。
「ほらほら、もっと来なよ。まとめて相手をしてやるからさ」
俺の挑発に合わせて、四方八方から騎士が仕掛けてくる。
その後ろにも連なるようにスペアが待機していた。
もはや多少の犠牲は問わず、捨て身で俺を殺しにかかるつもりらしい。
人数に任せて畳みかければ押し切れると思ったのか。
妥当なアイデアだが、見通しが甘すぎる。
俺は地面すれすれまで姿勢を低くして、一斉に突き出された武器をやり過ごす。
頭上で無数の刃が交差した。
金属が打ち合い擦れ合うことで音の連鎖を奏でる。
「一気に行くよ」
俺は戦鎚を伸ばして一回転させた。
足を掬われた騎士が転倒する。
彼らを踏み付けながら俺は走りだした。
標的は足払いの被害を受けなかった後続の騎士だ。
俺は戦鎚を掲げて襲いかかる。
「この、王殺しがッ」
「いや遅いよ」
槍の一突きを避けて、戦鎚を一閃させる。
直撃した騎士の頭部が兜ごと千切れ飛んだ。
血の噴水を浴びながら、俺は死体を押し退けて前進する。
驚く面々を一気に薙ぎ払ってやった。
彼らが倒れたところへ、モグラ叩きの要領で戦鎚を打ち下ろす。
「ぽびゅっ」
「ぶべぁっ」
「ばえゃっ」
テンポの良い断末魔を伴って、騎士の兜が陥没していく。
戦鎚を持ち上げると、接触面を赤い粘液が糸を引いた。
かなりグロいことになっている。
「今だ、押し潰せ!」
「仇を取るぞッ」
「相手はただの人間なんだ!」
攻撃後の隙を狙ってきた連中を見て、俺は戦鎚を地面に立てて跳ぶ。
足元すれすれを武器が突き抜けていった。
どいつもこいつも直線的に動いてばかりなので対処が楽だね。
戦鎚を放した俺は、一人の騎士の肩に着地する。
「はい、ちょっとごめんね」
騎士の頭を掴んで首を傾けさせて、開いた隙間にナイフをねじ込む。
ついでにそばの数人を拳銃で撃ち殺した。
攻撃が飛んでくる前に肩の上から跳んで逃げる。
ちょうど倒れかかってきた戦鎚の持ち手を握り、全身のバネを駆使して旋回させた。
騎士による包囲を強引にぶち破る。
飛散する血飛沫を浴びながら、俺は本能の赴くままに駆ける。
その後も戦鎚の優れたリーチを活かしてハイペースに殴り殺していった。
勇者が使うだけあって、とても良い武器だ。
非常に頑丈で取り回しも上々である。
相手が全身鎧で固めていようが、問答無用で殴り飛ばせるのが最高だね。
そうして夢中で殺しまくっているうちに、気付けば周りは静かになっていた。
誰も襲ってこない。
あちこちに騎士の死体が大量に転がっていた。
だいたいが頭部が潰れている。
今回は戦鎚による殺害が多かった。
凄まじい酷使によって、戦鎚は微妙にひん曲がっている。
血と肉片もへばり付いており、元のデザインが分からないほどだ。
勇者が率いる騎士だから精鋭かと思ったが、それほどでもなかったね。
サクサクと殺せてしまったよ。
なんだかボーナスステージみたいで楽しかったけどね。
やはりハンマーは風情があって良い。
「動くなッ! ぶ、武器を捨てろ!」
今回の成果に浸っていると、威嚇するような声が飛んできた。
俺は振り向いて声の正体を確かめる。
訓練場の出入り口付近に数人の騎士がいた。
彼らはニナを拘束しており、彼女の首に剣を突き付けている。
「大人しく、武器を捨てろ……そうすれば、この女の命は助けてやる……」
騎士の一人が主張する。
なぜか勝利を確信した表情であった。
(人質か。考えたね)
そこそこ卑怯なことをやってくれているが、彼らに騎士道精神はないのだろうか。
別に俺は構わないんだけどさ。
勝利のために手段を選ばない姿勢は嫌いじゃない。
俺に人質が通用すると思っている点は哀れだと感じるけども。
「いいよ、ほら」
俺はあっさりと戦鎚を手放した。
ごとん、と鈍い落下音がする。
「えっ」
騎士たちは、呆けた顔をしたのちに安堵と悪意の混ざった笑みを浮かべた。
俺が素直に従ったことに驚いたのだろう。
そして、人質作戦が効いたと思って喜んでいる。
調子付いた騎士の一人がさらなる要求を口にしようとする。
「じゃあ次は」
「死んでもらおうか」
それを遮る形で俺は宣告した。
拳銃を抜き放つと同時に騎士たちに向けて発砲する。
コンマ数秒の早撃ちを受けた騎士たちは、ばたばたと倒れていった。
「あーあ、ついに弾切れだ」
俺は空になった弾倉を確認して肩を落とす。
予備も既に使い切っていた。
これで攻撃手段が減った。
どうにかして弾を補充できないかな。
まあ、無理だろうな。
これまでに射殺した人間の反応を見るに、この世界に銃火器は存在しない。
仮に存在するとしても、俺の持つような高性能なものではないのだろう。
あるとすれば、とっくの昔に誰かがそれを使って俺を殺しに来ているはずだ。
(仕方ない。最悪、弓の練習なんかをしてもいいかもしれないね)
俺は嘆息しつつ、人質だったニナを見やる。
彼女はその場にへたり込んでいた。
首に薄い切り傷がある。
皮一枚だけ切られたのだろう。
さすがに怖かったらしく、顔は青ざめている。
一歩間違えれば、首が切れていたもんな。
俺も配慮していなかったし。
弾みで死んだらもったいないなぁ、というくらいの気持ちだった。
彼女は運がいいようだ。
「さて、仕上げに取りかかろうか」
俺は戦鎚を拾い、倒れたままの団長のもとへ歩み寄る。
団員の騎士が必死に守ろうとしていたせいか、彼の周囲には大量の死体があった。
どいつも庇うのに必死で防御が疎かだったね。
命を賭すだけの人格者だったらしい。
俺の立場からはちっとも分からなかったけども。
敵対者として遭遇したのだから仕方ない。
俺は団長の兜を引き剥がす。
顔中に青痣が浮かんでいるものの、まだ生きていた。
戦闘のどさくさで死んでいたらどうしようかと思った。
やはりこの手で仕留めなければ。
俺は戦鎚をゆっくりと持ち上げる。
あとはこれで頭部を粉砕するのみだ。
言い様もない高揚感を覚えながら、俺は戦鎚を振り下ろそうとする。
その瞬間、我に返ったニナが叫んだ。
「待ってください! 決闘の勝負は着きました。これ以上はもういいでしょう!?」
「いや、まだ終わってないさ。団長が言ってたでしょ。相手を殺害した時点で勝利だって」
ニナは強い口調で反論してくる。
「グリシルド様は気を失っています。殺害するのはあまりにも……残酷です! そもそも勇者の命を奪うこと自体が大変なことです! グリシルド様がいないと、魔族による襲撃を防ぐのが非常に困難に」
俺はニナの説得を最後まで聞かずに戦鎚を振り下ろした。
打点にあった団長の顔面が爆散する。
飛び散る肉片と脳漿。
戦鎚の打撃部分が、団長の顔面に半ば以上めり込んでいた。
原型は失われており、もはや誰だったのかも識別できない状態だ。
潰れた眼球がそばに転がっていた。
団長の手足が小さく痙攣する。
やがてそれも止まった。
それに合わせて大盾にも異変が生じる。
光の粒子となって輪郭が崩れ、そのまま四散して消滅した。
おそらく大盾は、例の聖剣が形状変化を遂げたものだったのだろう。
持ち主である団長が死んだことで、地下の台座へと戻ったに違いない。
「あ……あぁ……」
ニナは膝を突いて呆然としていた。
そんな彼女に俺は尋ねる。
「あ、医務室ってどこにあるかな。怪我を治療したいんだけれど」
「こっ、こちら、です……」
ニナはぎこちない動きで立ち上がって先導してくれる。
不安定な精神状態でも動ける辺り、彼女の有能ぶりが窺えた。
なんだかんだでニナは図太い。
殺人鬼を恐れたり倒そうとするのではなく、上手くコントロールしようとする節があった。
俺が勇者ではないと判明してからも、国の戦力として換算していたからね。
非常に面白い娘だと思う。
度を越えた真似をすれば殺すつもりだが、今のところはそういったこともない。
あくまでも俺の意思を尊重しつつ、国の利益となる方向へ導こうとしていた。
諸々の言動を加味すると、その精神性は明らかに異質である。
俺の同類とまではいかないまでも、大きな区分としては一緒じゃないだろうか。
本人に自覚があるかは分からないけどね。
死体から目を背けながら歩くニナ。
その姿に俺は微笑みながら、血塗れの戦鎚を引きずって付いていく。
国王を爆破して早数時間。
俺は勇者を殺した。