表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/50

第5話 彼は勇者

本日、二回目の更新です。

 階段を抜けた先には、広い空間が広がっていた。

 一辺三十メートルくらいの、石畳で構成された部屋である。

 天井も高く、バレーボールくらいならできそうだ。

 壁に等間隔で設けられた水晶から光が発せられており、ぼんやりと室内の様子は分かるようになっている。


 空気には湿気が感じられた。

 石畳にもうっすらと苔が生えている。

 気温が低いので不快さは少ないものの、あまり長居したいとも思えない環境だった。


 室内にはいくつもの台座がある。

 およそ五十個ほどで、ほとんどに剣が刺さっていた。


(引き抜いてくれと言わんばかりの外見だな……)


 俺は顎を撫でつつ台座を観察する。

 勇者の武器とのことだが、確かにビジュアル的には百点満点の出来栄えであった。


 ニナは無数の台座を示しながら説明する。


「これらは聖剣です。魔王にとって致命的な力を内包しています。そして聖剣に選ばれた者――すなわち勇者しか引き抜けません」


「へぇ、そりゃ大層なものだね」


 まさしく物語なんかで見かける武器である。

 主人公だけが使えるってやつだ。


 それにしてはやたらと数が多い。

 何十個もあると特別感やありがたみが薄れてしまうよね。


「勇者はこの中から適性のある聖剣だけを引き抜くことができます。そして、引き抜かれた聖剣はその勇者に適した形状へと変化します。聖槍や聖杖など、形状に合わせて名称も変わりますね」


「なるほど、面白い性質だ。でもこれって勝手に貰っていいのかい?」


「はい。聖剣は使い手の勇者が亡くなった際に消滅して、空の台座に新たな武器が生まれます。ですので実質的に減るものではありませんから。それに、勇者以外には引き抜けないので、数に困るということもまずないですね」


 俺の疑問にニナはすらすらと台本があるように答える。


 つまり、空いた台座の数だけ聖剣持ちの勇者が存命ということか。

 特殊能力を持った連中とのことだが、どんな奴らなのか拝見したいものだ。

 今のところは会っていないと思う。

 さすがに殺してきた騎士や魔術師の中に混ざっていた、なんてオチはないだろう。

 認識できないほど弱いのだとしたら拍子抜けである。


 俺は台座群に近付く。

 よく見るとそれぞれの聖剣は微妙に形状が異なっていた。

 良し悪しは分からないが売ったら高そうだ。


(どうせなら銃に変化する聖剣が欲しいなぁ……)


 手持ちの分は弾数が怪しくなってきた。

 別に近接戦闘でもやっていけるが、銃火器があって困ることはないだろう。

 弓や魔術で遠距離から一方的に攻撃されるのも面倒だしね。


 しかし、生憎と俺は勇者ではなかった。

 すなわち聖剣を抜く資格がない。

 残念だ。

 勇者には興味なかったけど、ここで何もできずに戻るのは惜しい。


(いや、待てよ? どうせなら試してみてもいいんじゃないか?)


 ニナがこれだけ推してくるのだから、ひょっとすると本当は勇者なのかもしれない。

 魔力はないそうだし特殊能力の自覚もないが、何事にも例外はある。

 考えてみれば、勇者でないことはまだ確定していないのだ。

 いっそこの機会にハッキリとさせよう。


「…………」


 俺は居並ぶ聖剣のうち、フィーリングで選んだ一振りの前に立つ。


 それは片刃の聖剣だった。

 全体的にスマートで装飾に乏しい。

 実用性だけを追求したような形状である。


 非常に好みの刃物だ。

 是非とも実戦で使ってみたい。

 幸いにも城内には試し切りできる人間がたくさんいるのだから。


 俺は金属製の柄に手をかける。

 手によく馴染む感触。

 そのままぐっと上に向かって力を込める。


 俺の選んだ勇者の聖剣は引き――抜けなかった。


「おっ……あれ?」


 びくともしない。

 完全に固定されている。

 全力で蹴りつけても駄目だ。

 掴んだまま体重をかけて圧し折ろうとしても、聖剣は一ミリも動かない。


 本当に引き抜けるのか疑問になるレベルである。

 では他の聖剣はどうだろうと端から確かめていったが、結果は同じだった。


 異世界に来たのだから何か覚醒したかと思ったけど、別にそんなことはなかったようだ。

 身体の調子もいつも通りだしね。

 雰囲気に流されてみたものの、当然の結果だった。


「あー、やっぱり抜けないや」


「聖剣の担い手ではなかった……ということは勇者ではない? でも、だとしたらあの戦闘能力はおかしい。ただの一般人ではないの……?」


 俺のそばでニナがぶつぶつと呟き始める。

 彼女は彼女でこの結果に思うところがあるようだ。

 難しい表情をしながら、手帳に何かを記録している。


 考察は一人の時に勝手にやってほしいね。

 俺の付き合える分野ではなかった。


 聖剣が使えないと判明したので、俺たちは足早に地上へと戻る。

 寄り道も済んだから、このまま王城を出ようかな。


 工作員としての仕事を果たさなければ。

 我ながらやることはきっちりとこなす性質なのだ。

 たとえ依頼主の国王が死のうが関係ない。

 いつまでも城で遊んでいる場合ではなかった。


 俺はニナの案内で城内を抜けて正門へ向かう。

 もちろん彼女も連れて行くつもりだ。

 一人では色々と支障が出そうだからね。

 円滑な仕事のために貢献してもらう。


(何から着手するかも考えていかないとな……今更だけど結構な大仕事だぞ)


 今後について考えながら歩くこと数分。

 俺とニナは開け放たれた正門に到着する。


 そこには数十人の騎士が整列して待ち構えていた。

 先頭に立つ偉丈夫が大声で話しかけてくる。


「王殺しの異常者よ! 私と戦え! 速やかに我が鎚の錆びとしてくれよう!」


 おっと、いきなり喧嘩を売られた。

 異常者だなんて、なかなかの悪口である。

 俺のガラスハートが傷付いてしまうよ。


 騎士の発言を無視して、俺はニナに問いかける。


「で、あれは誰?」


 ニナは驚きと困惑を隠せない表情で答えた。


「……あの方は、アイザック・グリシルド様です。王国第二騎士団の団長――そして誇り高き"守護の勇者"でもあります」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ