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国王を爆破して勇者をクビになったけど暗殺者ライフを満喫する  作者: 結城 からく


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第42話 混沌の顕現

(なぜ令嬢がここにいるのだろう)


 眼前の光景に俺は首を捻る。


 あの後、捕まってここへ連れて来られたのか。

 拉致にはここの教団も関わっていたらしい。

 実際の犯行は別の組織に依頼したのかもしれない。

 いずれにしろ、こいつらが元凶と見てよさそうだ。


 眠る令嬢の上には、紫色の結晶が浮かんでいた。

 ゆっくりと回転するそれは、黒い靄のようなものを発している。


 結晶の正体は不明だが、危険な気配がする。

 魔力を感知できない俺でも、一目であれがヤバい代物だと分かった。

 ニナが感じた邪悪な魔力というのは、おそらくあそこから流出しているのだろう。


 観察していると、黒ローブの一人がこちらを向いた。

 豪華な装飾をつけた偉そうな男である。

 男は優雅な足取りで歩み寄ってきた。


「異界の破壊者よ。神聖なる儀式の場を乱そうとするとは、如何なる了見か」


 俺は気楽な調子で返答する。


「すまないね。だけど、こっちも仕事で来てるんだ。魔王信奉のヤバい教団を潰せってさ。恨みはないけど、皆殺しにさせてもらうよ」


「我々を殺すのは構わないが、もう少しだけ待ってほしい。儀式が完成するのだ」


「儀式だって? そこに寝てる子を生贄にするのかい?」


 俺は令嬢を指差した。


 男は鷹揚に頷く。


「その娘は、心臓に特殊な魔力が宿っている。そういう血筋なのだ。彼女を生贄に捧げれば、偉大なるお方を生み出すことができる」


 俺の殺意を真っ向から受けながらも、男は態度を変えない。

 虚勢ではなく、本当に恐れていないのだ。


 それにしても気になるワードが出たな。

 拳銃を弄びながら、俺は男に尋ねる。


「偉大なるお方? それは誰なんだ」


「――魔王様だ。厳密には、かつて分裂させた魂の一つである。古代の迷宮から出土されたものを、幸運にも我々が手にしたのだ。新たなる魔王様を顕現させることこそが、我々教団の悲願である」


「へぇ、そいつはすごいや」


 俺はおざなりな拍手で称える。

 よく分からない単語を連発されても困るのだ。

 もうちょっと分かりやすい説明をしてほしい。


 そう思ってニナを見ると、彼女は卒倒しそうな顔になっていた。

 俺より事態を理解しているが故のリアクションなのか。


「……伝承によると、魔王は秘術によって魂を分けています。万が一、死んだとしても、別の魂を媒介に復活できるからです。あの結晶こそが、その分けられた魂なのでしょう」


 ニナによる補足が加わったことで、俺はなんとなく状況を把握した。


 ようするに教団は、魔王の命のストックを使って、新たな魔王を造ろうとしているのだ。

 なかなか大それたことに計画している。

 それこそ、勇者が止めねばならない案件だと思う。


 魔王にとっても、ありがた迷惑な行為じゃないだろうか。

 自分の命のストックを勝手に消費されるわけだからね。

 おまけにドッペルゲンガーみたいな存在を人工的に生み出されてしまうのだ。

 十中八九、無許可でやっているだろうし。


 そのことを指摘すると、男は平然と答えた。


「闇の勢力を増強することは、魔王様への貢献に繋がる。それに魔王様が同時に二柱も存在されるなど、楽園に等しいだろう。ただちに世界を浄化してもらわねばならない」


 これはもう駄目だ。

 思考がぶっ飛んでいる。

 とても話が通じるとは思えない。

 まだ見ぬ魔王に同情してしまうよ。


 男は教団の目的が話せて満足したのか、他の黒ローブの輪の中に戻ってしまった。

 こちらのことなど気にも留めない。

 本当に儀式だけが大事らしい。


「そうなんだ。じゃあ、頑張ってね」


 俺は黒ローブの男の背中に声をかけて、近くの瓦礫に座った。

 頬杖を突いて彼らの努力を見守る。


「ササヌエさん! 止めないんですか!? このままだと魔王が……」


 慌てるニナを諭して、俺は自分の意見を告げる。


「面白いから儀式が終わるまで眺めていようよ。前から魔王には興味があったんだ」


 魔王とは一体どんな存在なのか。

 世界の脅威として端々で耳にするものの、具体的な正体については聞いたことがなかった。

 それを無性に知りたくなった。


 もっと言えば、殺してみたいのだ。

 一旦意識してしまうと、衝動が疼いて仕方がない。


 悪い癖だ。

 仕事のことを考えれば、さっさと教団の連中を殺してしまうのがいいと分かっているんだけどね。

 こればかりは抑えられない。


 その時、マリィがナイフを両手に動き出そうとした。

 彼女から澄んだ殺気が発散される。


 俺は立ち上がりながら問いかけた。


「何をするつもりかな」


「…………儀式を中断させる。護衛が困難になるから。契約の効率的な達成のためにも、早急に排除すべき」


 マリィは教団の連中を殺して儀式を潰すつもりらしい。

 そうすれば、護衛任務に不要なリスクを課さずに済む、と。


 理に適っている。

 彼女の主張は正しい。

 何の反論もできなかった。


 故にマリィが前へ踏み出したその瞬間、俺はニナの首筋に鉈を添える。


「あっ、えっ……?」


 ニナが困惑と恐怖の表情を浮かべた。

 指一本動かせずに固まっている。


 マリィはこちらを見て硬直した。

 その目に感情の揺れが見える。


 俺はニコニコと笑ってマリィに宣言する。


「儀式の邪魔をしたら、殺すからね。仕事が失敗したら嫌でしょ? 大人しくしてくれたら嬉しいな」


「…………」


 マリィは無言でこちらを凝視する。

 俺の言葉が本気かを見極めているのか。

 もしかしたら、俺を行動前に殺せるかを考えているのかもしれない。


 一分ほどの沈黙の末、マリィは脱力した。

 彼女はそっとニナの隣に戻る。


「…………護衛に専念する。やりたいことがあるなら勝手にやって」


 どうやら諦めたらしい。


 俺は鉈を下ろした。

 もちろん、ニナをいつでも殺せるように意識したままだ。


 マリィが動かないのを見て、ニナは非難を込めた眼差しを俺に向けてきた。


「このままでは、あの女性が犠牲になります……いいのですか?」


「逆に駄目だと思うかい? 俺の仕事には何ら関係ないよ。自分の手で殺せないのが、ちょっと残念なくらいかな」


「そんな……」


 ニナは言葉を失う。

 とても信じられないとでも言いたげであった。


 俺は彼女に優しく告げる。


「助けに行きたいのなら、好きにすればいい。その代わり、命の保証はしないよ。この場の人間は皆殺しだ。たぶん気晴らしに地上の人間も殺しまくるね。それでも構わないのなら、助けに行くといいよ」


「わ、私は……その……」


 ニナは青い顔で黙り込んだ。

 握られた拳は、ぎゅっと服を掴んでいる。

 自らの無力さに打ちのめされているようだ。


 仕方ないね。

 世界とはそういうものだ。

 力がなければ、自分の意志さえ貫けない。


 二人の同行者を説き伏せた俺は、リラックスして黒ローブたちを見守る。

 この間も、彼らは熱心に儀式とやらを進めていた。

 ぶつぶつと気の遠くなるような長い詠唱を延々と呟いている。

 魔法陣も徐々に光量を大きくしていた。


 そうして今か今かと待ち続け……三十分が経過した。


(さすがに長すぎる。何を悠長にやっているのやら)


 俺はため息を吐いて内心で嘆く。


 儀式は十五分ほど前からほとんど変化が無い。

 退屈極まりない光景だった。


「……よし」


 俺は立ち上がって短機関銃を握る。


 前言撤回。

 気が変わった。


 教団の連中を今すぐに皆殺しにする。

 さすがにこれ以上は待っていられなかった。

 いつまでも時間を無駄にしたくないのだ。

 令嬢やら魔法陣のことはその後で考えよう。


 俺は黒ローブたちに狙いを付けると、短機関銃を乱射した。

 ばら撒かれた弾丸が次々と彼らを血に沈める。

 弾丸の一部が結晶に命中した。

 すると、ガラスの割れるような甲高い音と共に、紫色の光が爆発する。


 そばにいた教団の人間が、肉片となって吹き飛んだ。

 地面を転がる肉片は、なぜか干からびて変色していた。


 そんな中、なぜか無事な令嬢が目覚める。

 彼女はこちらを見て泣き叫ぶ。


「――――っ!? ――――っ!」


 口に布が詰められているせいで内容は不明だ。

 さらに手足が拘束されているので、もがくことしかできない。


 騒ぐ令嬢をよそに、宙に浮かぶ結晶が徐々に降下し始めた。

 結晶はそのまま令嬢の胸に触れて、勢い止まらず陥没していく。


「――っ、――!? ――――、――!」


 令嬢が白目を剥いて絶叫する。

 口に詰められた布が瞬く間に赤く染まっていった。

 あれは魔術的な効果ですり抜けたりしているわけではないらしい。

 物理的にめり込んでいるようだ。

 結晶が彼女の皮膚と肉を抉り、肋骨を砕く音まで聞こえてくる。


 ニナは目を閉じて耳を塞いでいた。

 涙を流して崩れ落ちている。

 マリィはそんな彼女を地上への階段まで引きずっていった。


 やがて結晶が令嬢の心臓部に埋まり込み、そこから紫色の光の奔流を噴出させた。

 地面に描かれた魔法陣が高速回転する。

 令嬢の亡骸が浮かび上がって、黒い靄に包まれていった。


(はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……楽しみだな)


 繰り広げられる異常現象に、俺は笑みを隠せなかった。

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