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第4話 止まらない災厄

 血塗れの執務室。

 そこで俺は長机に足を載せて寛いでいた。


 目に付いた書類を手に取って、顔の前に持ってくる。

 見たこともない文字で書かれていて全く読めない。

 文字というか記号にしか見えなかった。


(翻訳機能を有する指輪も、ここまでは対応していないらしいね)


 さすがにそこまで万能ではないのか。

 読み書きに関しては、場合によっては練習した方がいいかもしれない。


 俺は血の手形が付いた書類を投げ捨てる。

 ひらひらと舞ったそれは、床に転がる死体に落下して赤く染まった。


 さて、なぜ俺が執務室にいるかというと、あまり深い意味はない。

 ちょっと休憩しようと思ったら、近くにこの部屋があっただけである。


 俺だって人間なので、動いたらその分だけ休みたい。

 その気になれば不眠不休でもある程度は活動できるものの、今はそこまで頑張ることもないからね。

 まあ、断続的に襲撃を受けたせいで室内がスプラッターな状態になってしまったが。

 清潔だからこの部屋を選んだのに台無しである。


 返り血を浴びすぎたので、服装も変える羽目になった。

 今は群青色のシャツに黒いズボンという格好だ。

 適当な部屋で見繕ったもので、簡素かつ動きやすい。


 足元だけはスニーカーのままだった。

 ブーツよりもこっちの方が履き心地がいいのだ。

 とは言え、ファンタジーなこの世界で予備のスニーカーが見つかる望みは薄いので、今のうちにブーツを履き慣れていった方がいいのかもしれない。

 端々で文明的な不便さを感じさせるね。


「……ん?」


 ふと視線を感じた。

 ニナが気まずそうな顔でこちらを窺っている。


 何か言いたいのだろうか。

 まあ、わざわざ発言を促すほどでもあるまい。

 必要なら勝手に喋ってくれるだろう。


 室内で俺の他に生きているのは彼女のみだった。

 それ以外は残らず死体である。


 ちなみに彼女こそが、俺を呼び出した召喚魔術の使い手らしい。

 ある意味では大迷惑をかけてきた元凶とも言える。


 それなのにどうしてニナを殺さないのかと訊かれれば、シンプルに俺が困るからだ。

 ここが異世界なのは確定のようだし、現地の人間の知識は必要だろう。

 ところが、現状において俺に協力的な人間がゼロに等しい。

 どいつもこいつも敵対的なので、ついつい殺してしまう。


 その点、ニナは余計なことをしないのが大きかった。

 彼女は俺が城内の人間を殺していく中でも、基本的に傍観を保ってきた。

 吐いたりして大変そうだけども、決して文句は言ってこない。


 そうでなければ、とっくの昔に死体の仲間入りを果たしているだろう。

 存外に空気を読める娘には違いない。


(或いは俺を戦力として利用するために付き従っているのかな)


 まあ、その辺りは別に興味ない。

 俺の意思に反さない限りは、何をどう思ってくれようが構わないさ。

 陰謀だろうが何だろうが好きに練ってくれればいい。

 邪魔さえしてくれなければ問題ないのだから。


 もちろん行動次第では殺すけどね。

 そばに置いておくと便利な人材ではあるものの、我慢して同行させるほどではない。

 探そうと思えば、代わりなんていくらでも出てくるだろう。


 そんなことを考えていると、ニナが遠慮がちに口を開いた。


「あの、ササヌエ様は――」


「様付けじゃなくていいよ。そんなに偉い身分でもないし」


「……ササヌエさんは、これから何をされる予定なのでしょうか」


 俺は懐から羊皮紙を取り出してみせた。


「もちろんこれだよ」


 羊皮紙に記されているのは、破壊活動のリストだった。

 この執務室に置かれていたもので、国王の言っていた工作員としての仕事の一覧である。

 ちゃんと俺に仕事を任せるつもりで用意していたのだろう。


 もちろんこの国の文字は読めないのでニナに読んでもらった。

 だいたい予想していた内容で、暗殺や拉致、施設破壊などが多い。


 ニナに確認してもらったところ、きちんと魔王側にダメージ与えるような行為とのことであった。

 嘘を言っている様子もなかったので信じてよさそうだ。


「国王陛下からの仕事を受けるのですね……てっきり拒否するかと思っていたのですが」


「前金と報酬は貰ったからね。不義理なことはしないと決めているんだ」


 俺の脳裏を、国王と貴族連中の怯え切った姿が過ぎる。

 あれは良い演出だった。

 楽しませてもらった分、きちんと仕事はこなさないといけないね。


「そ、そうですか……」


 ニナは曖昧な表情で相槌を打つ。

 あまり納得していないようだけど、別に関係のないことだ。


「し……失礼します!」


 執務室の出入り口から緊張に満ちた声が聞こえた。

 許可をする前に一人のメイドが入室してくる。


 カタカタと鳴るティーカップ。

 メイドは盆の上に紅茶を載せていた。

 顔面蒼白で、所作が非常にぎこちない。


「こんなサービス、頼んだ覚えがないけど」


「いや、あ……そのっ、お疲れかと、思いまして!」


 挙動不審に答えながら、メイドは俺の前に紅茶を置いた。

 俺はじっと紅茶を凝視する。


 一見すると何の変哲もなかった。

 ただ、違和感がある。

 具体的にどこが怪しいのかは答えられないものの、確実に看過できない要素が混ざっている。

 経験則が形成する一種の直感であった。


 踵を返して去ろうとするメイドに、俺は気さくに声をかける。


「――毒、入れてるよね? 誰に頼まれたのかな」


「え……あぁ……その、わ、私は」


「教えてほしいなぁ。ねぇ、誰なのさ」


 俺は笑顔で立ち上がる。

 その際、机に置いていた剣を掴み取った。


「ひっ、ひいいいいぃぃっ」


 甲高い悲鳴を上げたメイドは青い顔で逃げ出した。

 彼女は激しく取り乱しながら、転がるように執務室から出て行く。


 俺はその姿を見届けてから椅子に座り直した。


「…………」


 ニナが意外そうな顔をしていた。

 なぜ追いかけないのかと問いたいのだろう。


 苦笑混じりに彼女に告げる。


「俺は殺人者だけど、無差別に殺戮するわけじゃない。こう見えてTPOには配慮しているんだ。ほんの少しだけね」


 もっとも、気分次第で殺してしまうこともあるが、あえて言うことでもあるまい。

 今の毒入り紅茶のメイドも、殺し足りていない時だと危なかった。


 俺は湯気の立つティーカップを投げ捨てる。

 壁にぶつかったそれは砕け散り、床と死体を少し濡らした。


(さて、休憩が済んだらどうするかな)


 城内でもう少し暴れてもいいし、さっさと破壊活動のリストをこなすのも手だ。

 さっきみたいにチマチマと暗殺チャレンジをされるのも鬱陶しくなってきた。

 その旨をニナに伝えると、彼女はすぐさま提案を出す。


「それでしたら、勇者の武器を取りに行くのはいかがでしょうか。今後の役に立つと思います」


「俺は勇者じゃないよ?」


「私はササヌエさんが勇者の可能性を捨て切れません。勇者の力は千差万別で、魔力を持たなかったり感知できないタイプかもしれませんから」


 ニナは饒舌になって語る。

 勇者の話題になると、恐怖を忘れて力説するね。

 理想や憧れでもあるのだろうか。


 真剣な表情のニナを前に、俺は思案する。


(勇者の武器か。少し気になるな)


 自分が勇者とは思わないものの、武器という響きに心惹かれる。

 有用そうなら拝借してもいいかもしれない。


「うん、分かった。その勇者の武器とやらを見に行こう」


「はい! 案内させていただきます!」


 張り切るニナに連れられて、俺は執務室を後にする。

 向かった先は、地下へと続く薄暗い階段だった。


「勇者の武器は神代からの遺産でして、伝承によると――」


「ちょっと待って。お客さんが来たようだ」


 ニナの解説を遮って、俺は彼女を階段の奥へ押しやる。


 通路の先から兵士の集団が現れた。

 騎士とは装備が異なり、心なしか廉価版といった感じである。

 兜も着けていない。


 兵士はちょうど十人いた。

 やや少ないな。

 あと三倍くらいは集めてから来てほしかった。


 まあ、あまり高望みしすぎるのもダメか。

 ちゃんと怖気づかずに襲撃しに来てくれただけでも万々歳である。


 俺は深い笑みを湛えながら兵士たちを見やる。


「王殺しの異邦人よ! これ以上、貴様に好き勝手させるわけには」


「説教よりも手を動かそうよ」


 兵士に一人が喋り出したところで突進。

 通路に飾られていた石膏製の胸像を掴み上げて投げ付ける。


「うべぁっ!?」


 ほぼ一直線に飛んだ胸像は、見事に兵士の顔面に炸裂した。

 ひっくり返った兵士が血塗れの顔でのたうち回る。

 胸像が地面に落下して真っ二つに割れた。


「おいおい、弛んでるんじゃないか?」


 他の兵士が動揺する間に俺は距離を詰め、弱そうな二人を蹴り飛ばす。

 同時に彼らの剣と槍を奪い、別の二人の首を薙いだ。


 一人は首が裂けて倒れ、もう一人は頭部が床を転がる。

 噴水のような血が周囲を染めていった。


「あーあ、また着替え直さないと……」


 返り血に愚痴を言っていると、三方向から騎士が攻撃してきた。

 彼らは同士討ちしないよう、巧みに角度を考えて得物を突き込んでくる。


 この中では技量が高い方だろう。

 しかし、それでも俺を仕留めるには不足している。

 俺は迫る武器の軌道を見極め、左右の剣と槍でそれらを跳ね上げた。


「ぎゃっ」


「あぐぁっ!?」


「っぶべ」


 狙いの狂った同時攻撃は、三人の兵士の眼球や喉奥を貫いて死へと導く。

 もちろん俺の身体には当たっていない。

 警戒した同士討ちをやらかした気分はどうだろうか。

 訊いてみたくなるも、真相は闇の中であった。


「さて、残りは二人――おっと」


 死角から何かが飛んできた。

 空を切る音から予測して躱す。


 壁に突き立ったのは二本の矢だった。

 見れば弓を持った兵士たちが弓を手に驚いている。

 どさくさに紛れて距離を取り、俺を射殺そうとしたわけか。


「うーん、考えが甘いなぁ」


 第二射が来る前に駆け寄り、二人仲良く首を刎ねて殺す。

 仕上げに気絶していたり悶絶する兵士にトドメを刺せば、あっという間に全滅してしまった。

 やはり十人は物足りない。


 俺は呆然とするニナの横を抜けて階段を下り始めた。

 途中、いつまで経っても動かないニナに声をかけてやる。


「ほら、案内してもらわないと行き先が分からないよ」


「は、はい……っ」


 口と鼻を袖で覆って下りてくるニナ。

 端正な顔は顰められている。


 その姿に苦笑しつつ、俺は軽快に階段を下りていった。

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