第16話 いざ街へ
日没後。
街道に沿ってひたすら歩いていた俺は、数キロ先に人工的な灯りを捉えた。
ようやく目的の街であるグラッタが見えてきたのだ。
位置からして間違いない。
馬車を失ったせいで無駄に時間がかかってしまった。
移動手段の確保は大切だな。
こんなことなら、騎馬兵たちの馬を奪えばよかったよ。
殺したり逃がしたのは失敗だった。
(さすがにこれくらいなら疲れないけど……時間の浪費だな)
騎馬兵を殺害した後も、スリリングな出来事の連続だった。
具体的には、大型の狼や猪っぽい獣などの野生動物に何度も襲われたのである。
血だらけな俺の臭いに引き寄せられてきたのだろう。
奴らは群れを成して仕掛けてきたので、その都度、銃火器と斧を使って斬り殺してやった。
ひたすら数に任せて突っ込んでくるだけなので楽な作業だ。
むしろニナが被害を受けないようにする方が大変だったくらいである。
彼女も一応は魔術師なのだが、本人の申告によると攻撃用の魔術はほとんど使えないらしい。
たとえば火球を飛ばすのにも、詠唱にやたらと時間がかかっていた。
あれでは戦力としてはとても数えられない。
他に生活魔術と呼ばれるものを使えるそうだが、そちらも殺傷能力は皆無とのことだった。
ニナに関しては、完全に召喚魔術特化だと考えた方がいいな。
それでも有用性は高いので見捨てたりはしないが。
ついでに野生動物はしっかりと焼いて食った。
貴重な栄養分だ。
絶品とは程遠い味だったものの、血肉と活力にはなり得る。
おかげで今は全身に充足感があった。
血も止まって毒による痺れも解消されている。
野性動物との戦闘が適度な運動にもなったので、非常に良いコンディションを維持できていた。
途中、ニナに「どうして毒矢を受け続けたのに生きているんですか」と訊かれたが、そんなことを俺に言われても困る。
異世界の毒物に関する知識なんてゼロなのだから。
現実として俺は死なずにピンピンしている以上、細かい道理を気にすることもあるまい。
人間なんてそういうものだ。
死ぬときは死ぬし、生きる時は生きる。
それこそ過去にはマシンガンの掃射を浴びたり、爆弾で吹き飛ばされたり、ダンプカーに轢かれたり、高層ビルから落下したり、チェーンソーでぶった斬られたりしたが、俺は未だに生き永らえている。
結局は身体の頑丈さと悪運の強さが物を言うのだ。
すっかり回復した俺とは対照的に、ニナは疲労困憊といった様子であった。
先ほどから幾度も立ち止まりそうになっている。
カンテラを持つ手が震えていた。
それでも必死に俺の歩くペースについてきている。
なぜ無傷の彼女の方が消耗しているのだろう。
基礎体力が無さすぎる。
もっとトレーニングをしないとね。
数時間の移動くらいで根を上げられたら困る。
そういえば、王城で殺した魔術師も動きが悪かった印象があった。
魔術に頼りすぎるせいで、スタミナが乏しいのだろうか。
せっかく遠距離攻撃ができるのだから、もう少し身のこなしを意識すればいいのに。
そういった点では、先ほど殺した細身の男こと鳥の亜人は優秀だった。
翼による飛行は機動力が高い。
銃火器がなければ取り逃がしていた可能性すらあった。
達人クラスの魔術師ともなれば、もっと強い人間もいそうだ。
是非とも殺してみたいものである。
色々考えているうちに街の門へ到着した。
いくつもの馬車の行列ができている。
ここで門兵によるチェックを受けてから街へ入れるようだ。
周囲から訝しげに見られること暫し。
やがて俺たちの番が回ってきた。
「ふむ……」
門兵が怪しそうにじろじろと観察してくる。
俺は自分の恰好を確認する。
全身が乾いた血で汚れていた。
返り血と俺自身の出血が混ざっている。
手には斧がある。
野生動物の肉片や毛皮がへばり付いたままだった。
(なるほど、これは怪しまれても当然か)
先に全身を洗ってから来るべきだった。
不審人物を通さないためのチェックだもんな。
観察を終えた門兵は、さりげなく剣の柄に触れながら問う。
「何の用で街へ来たんだ?」
俺は顎を撫でつつ答えを考える。
ここの領主を殺すため、というのが本音だ。
しかし、そんなことを正直に言えば、間違いなく大騒ぎになるだろう。
さすがにそれくらいは俺でも分かる。
だから俺は気楽な口調で述べる。
「観光さ。ずっと来てみたかったんだ」
「観光だと? グラッタはそういった類の名所などないが……」
俺の答えを受けた門兵はさらに怪しんでくる。
徐々に剣呑な雰囲気になりつつあった。
門の向こうにいる兵士も、こちらの異変に気付き始めている。
「……持ち物を見せろ」
「はい、どうぞ」
門兵の要求に従って、俺は斧とダッフルバッグを手渡す。
中身を確かめた門兵はおかしな表情をしていた。
銃火器なんて初めて見ただろうからね。
驚いているようだ。
「あぁ、この展開は……どうしたら……」
ニナは何か言いたそうに呟いている。
なるべく穏便に事を進めようと考えているに違いない。
最初から彼女に任せれば、上手く話ができたか。
いや、どのみち同じような展開になった気がする。
それにしても、兵士の反応を見るに、俺についての情報はまだ回ってきていないようだ。
王殺しの特徴が周知されていた場合、この時点で指摘されているはずだ。
あの出来事からまだ日が浅いので判断の難しいところだが、おそらくは情報が規制されているのだろう。
事が重大なだけに、こういった兵士たちには秘密にしているものと思われる。
やがて門兵は俺の斧とダッフルバッグを地面に下ろした。
その際に他の兵士に目配せをして、こちらへと集まらせる。
場の空気はいよいよ張り詰めたものへと移行していた。
門兵はすらりと剣を抜き放ちながら、はっきりとした口調で俺たちに告げる。
「よかろう、ここを通っていい。ただし、行き先は既に決めてある。不審者は無視できないのでな。お前たちを屯所へ連行する」




