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三章 人類の希望 1

《二〇一四年○月×日》

 ようやく念願だった白紙の紙束が手に入った。今日から日記を書いていこうと思う。とは言ってもまた不定期だが。

 前の日記帳がいっぱいになってからだから、約半年ぶりだ。

 もし俺が日記を書いていると知ったら、鮮川はどんな顔をするだろう。いつかバラしてみるのも面白いが、それをするのは当分先だ。知られるとしたら、そうだな、俺が死んで身辺整理が行われた時だろう。

 とりあえず、今回は久しぶりということもあって筆が乗っているため、忘れていない範囲で日記に書いてない半年分をサラッと書こうと思う。

 とは言っても、日記がいっぱいになってから今日までの間に大したことは起きていない。

 地上は相変わらずだし、塩化の解決策も見つかってはいない。

 旧東京の施設との睨み合いも続いている。

 いつ、どこで、どんな場合であろうが、人間っていうのは争いを止めるつもりはないみたいだ。何とも嘆かわしい。晴れた空でも拝めれば、手を繋ぐことも出来るかもしれないが、太陽を見るのも、人が手を繋ぎ合うのも、等しく奇跡に近いことだ。

 そうだ、思い出した。丁度二ヶ月前、田中が死んだ。死因は塩化。地上に出た際に防塩対策をしっかりしていなかったのが原因らしい。

 アホくさい死に方だ。そんなマヌケな最期、死んでもしたくない。

 田中が死んで現在班員は俺と鮮川だけだ。俺は別に構わないのだが、上からしてみたらたった二人の班は扱いに困るらしい。おかげで待機状態がずっと続いている。

 ならとっと新しい班員をよこせよ、と言いたいのだが、地上調査班が微妙な立ち位置なのも重々承知している。

 地上に出るロマンは死との隣合わせ、重要度の低さも相まって最近では地上調査隊をなくそうとする動きもあるとかないとか。まぁそんな噂話何年も前からあるから今更心配はしていないが。

 他に突出すべき点は思い出せない。思い出せないってことはさほど重要じゃなかったということだ。ま、思い出したら随時書くことにしよう。

 今日はここまでにする。


《二〇一四年○月×日》

 今日は死んだ田中の代わりに別の班から二人、俺の班に編入することになった。

山本と吉野。どっちも男だ。鮮川に言い寄らないか心配だ。

 大人しめの吉野の方は大丈夫だとは思うが、問題は山本の方だ。

 山本は黒い肌に、片言の日本語、明らかに日本人ではないのに、書類上でも日本人を自称している。更には山本と呼んでも反応してないことが多々あった。本当に背中を預けても大丈夫なのか心配だ。

 旧東京の施設は外国人が多いと聞く。まさかとは思うが……今度、諜報科の安田さんに訊こうと思う。

 怪しさは満点だが、山本の持前の明るさは惹かれるものがある。鮮川も初日から楽しそうに話していた。鮮川の場合は彼女自身の明るさかもしれないが。

 それのせいか吉野が完全に山本の影に隠れてしまっている。そこも考慮して、班に馴染めるようにしなければ。

 明日は早いので、今日はもう寝る。


《二〇一四年○月×日》

 今日は霜月が遠征から帰ってきた。いきなり「おっちゃん」と後ろから抱きつかれたものだから驚いた。下品な笑い方をする奴が多いこのご時世で、無垢な笑顔を出来るのはあいつぐらいなものだ。

 山本に「カノジョサンデスカ?」って訊かれたが、この手の質問をされるのはもううんざりだ。あいつが彼女であってたまるか。霜月も俺の気持ちを知っている癖に「釣れないなー」とかいうのもやめろ。鮮川が聞いていたらどうするんだ。

 話は変わるが、霜月は旧青森の方まで資源調査に行っていたらしい。向こうの方はもう人が住めるほど資源はないとのことだった。

 日々枯渇していく資源、この千葉施設はまだ蓄えはあるが、余裕があるというほどではない。早く資源が豊富な場所を探し出さねばならない。


《二〇一四年○月×日》

 鮮川から聞いたのだが、霜月が参加した旧青森遠征、参加者は三十数名だったのに帰ってきたのは五人だけだったらしい。何があったのかは口外禁止にされているとのことだ。

 何があったかは知らないが、一緒にいた仲間が二十人以上死んだのだ。霜月は本当に強い奴だ。帰ってきたあの日、あいつはどうして笑えたのだろう。


《二〇一四年○月×日》

 一ヶ月間、山本と吉野の動きを見てきたが、動きはベテランそのものだ。

 二人とも地上調査隊に入った時にやらされる入隊訓練しか終わっていないはずなのに、動きのレベルは何回も現場を踏んだプロ並みだ。

 余程濃密な訓練期間だったのか、腕の良い先生でもいたのか、生まれ持った才能なのか。

 この調子なら来週の久々の地上調査も安心だ。

 とは言っても、調査場所は旧東京だ。嫌な予感しかしない。他の施設の奴らと出会ってしまった時は睨めっこ何てしないでいきなり鉛のグーパンが飛んでくる。

 ここ数年、旧東京の奴らが制限ギリギリに取った上に、明らかに施設の息が掛かっているだろう賊が資源を勝手に取っていく。いくら本土条約の資源採取制限を律儀に守ったって最後に生き残るのは資源が豊富にある方なのだ。あんな二十年も前に強制的に結ばれた条約なんてそろそろ無視すればいいのに。

 旧東京の行いなんて実質的には条約を無視しているのも同然だ。警告文を送ってばかりじゃ埒が明かない。耳がないものを言葉で制しようとしても無駄なのだ。殴られた鬱憤は、同じ拳でしか晴らせない。

 それはそうと、山本はどうしてあんなに喧しいんだ? 同期の吉野はあんなに大人しいのに。

 今日だって廊下をバイクで走っていやがった。お前は不良中学生かって。だがまぁそんな風にツッコめないので、一喝したら「ダレモガトオルミチネ」と廊下のことなのか人生のことなのか、上手いことを言っていた。


《二〇一四年○月×日》

 遂に明日から旧東京だ。地上に行くのも約三ヶ月ぶりだ。

 地上に行く日の前日はやっぱり緊張してしまう。何事もなく終わる時もあるが、敵対施設と衝突が起きることも少なくはない。

 基本的には殺傷行為は本土条約で禁止はされてはいるが、殺し合いが起きないのはいつだって書面上でだ。

 初陣で俺以外全滅したあの時の恐怖は今でも忘れられない。

 初めて人を殺したのもその時だ。あの時は……と話が長くなるからやめよう。

 そういや、期間中に鮮川の誕生日がある。どうしたものか今から悩む。帰ってきてから祝うのもいいが、やっぱり当日祝ってやりたい気もする。

 去年はどうやってプレゼントを渡したのだったか。

 そろそろ寝よう。


 《二〇一四年○月×日》

 調査は打ち切り、急遽昨日帰ってきた。

 興奮剤の反動か、一日寝てもまだ怠さが取れない。二本も入れたから余計な気がする。

 敵も味方も何人死んだかも分からない。賊との戦闘は凄惨たるものだった。俺の班では山本が死んだ。

 明日も色々報告会がある。もう寝る。


 《二〇一四年○月×日》

 月例鎮魂会があった。

 鎮魂会に出席するのは田中の時以来だった。

 相変わらず辛気臭い場所で、相変わらずジメジメした場所で、相変わらずもう二度と来たくないと思える場所だった。

 遺体なんて一つもないのに、送り火を眺め続ける。宗教なんて誰も入ってないのに、お経を唱えて、冥福を祈った。

 霜月が泣いていた。鮮川も泣いていた。きっと悲しくて泣いたのだろう。

 俺はどうだろうか。山本が死んだことは悲しい。だけど、泣くほどではなかった。いや、俺しか読まない日記に嘘を書くのはやめよう。

 本当はちっとも悲しくはなかった。薄情者と指差されても仕方ないかもしれない。田中が死んだ時と同じだ。鮮川は泣いているのに、俺は全く悲しくなかった。寧ろ、俺は死人に嫉妬していた。鮮川が今、俺じゃない男のことを考えて泣いていると思うと、死んだことに同情することさえ出来なかった。

 鮮川が泣いている姿を見る度に、俺が死んだ時は泣いてくれるだろうか、そんなことを考える。自分でも笑えるほど女々しい。

 いつか、こんなことを考えずに済む日が来るのだろうか。

 帰り、鮮川が「空がいつも曇っているのは、誰かがいつも悲しんでいるからなのかな?」って言ってきた。俺はいつもの調子で「空が曇っているのは百年前の万物創造計画が失敗したせいだろ」と答えてしまった。

 鮮川は笑ってみせてくれたが、悲し気だった。

 鮮川は空が曇っている理由が知りたかったわけじゃないとすぐに分かった。彼女はきっと、誰かと悲しみを共有したかったのだ。

 それに気づけたのに、俺は「そうかもしれないね」の一言さえ返せなかった。


《二〇一四年○月×日》

 霜月が言っていた。「私たちがやっていることを続けても世界は何も変わらない。ただこの施設が延命するだけ。本当にそれでいいのかなって最近思うんだ。まぁだからって、私に何が出来るかなんて、分からないけどさ」と。

 霜月に言われるまで忘れていた。俺は元々、世界を元に戻すこと夢見て、地上調査隊に入ったんだった。なのに今じゃ、日々の役割を全うするばかりに目が向いてしまい、加工品がどうたら、再利用したらどうたら、と資源の回収ばかりをしている。自分に何が出来るのかを、もう少し考えることが必要だろう。子供の時とは違い、今じゃ地上に出ることも出来るし、知識だって増えたのだ。

 明日から気を入れ直そう。

 世界を変えるためにまず、机の掃除からするとしよう。

 鮮川へのこのプレゼント、どうしたものか。


《二〇一四年○月×日》

 チームの再編が行われた。

 この前の旧青森遠征の被害と先日の旧東京の被害がかなり大きかった。まともに活動出来るチームがほとんどなくなったので、十チームを潰して、大規模な再編が行われた。

 俺のチームからは移動はなかったが、霜月と城嶋という男が加わった。

 霜月は席替えで仲の良い人が隣になった時みたいにはしゃいで喜んでいた。城嶋は何だか冴えない奴だった。良く言って普通。旧青森遠征の五人の生き残りの一人らしく、霜月との仲も良いみたいだった。

 鮮川と何もなければ何でも構わないが。

 これで班員は鮮川、吉野、霜月、城嶋、俺の五人になった。

 地上調査可能最低人数が揃ったから、そろそろ仕事が振られるはずだ。


《二〇一五年一月一日》

 年を越した。

 昔は明けましておめでとうという言葉があったらしい。年を越したから何だというんだ。昔の人はよく分からない。だが、新年の行事というのは残っているので、調査隊も珍しく全員揃ってお偉いさんのありがたい言葉で時間を無駄にされた。まぁ新年早々に班員全員に会えたのは良かった。

 帰りに鮮川と飯を食べた。

 前回の日記を書いて以来、ずっと世界を良くする方法を考えている。だが、考えているだけで、いまだに具体案は浮かんでいない。

 このままでは今までと何も変わらない気がする。良くない。

 今年の抱負は「世界を良くする方法を見つけること」にする。

 ……少し馬鹿っぽい。


《二〇一五年四月三日》

 今日の訓練中、霜月と城嶋が急に倒れた。

 最初、何が起こったのか分からなかった。

 すぐに医療区に運ばれた。

 先生曰く、原因が全く分からないとのことだった。

 霜月も城嶋も、死んでいるみたいで不気味だった。

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