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一章 旅立ち 2

 緒方の家は住宅街に並ぶ一軒の変哲もない家だった。

 家に上がると「俺の両親、旅行か仕事でほとんど家にいないから」と緒方が居間へと案内してくれた。「適当にくつろいでて、着替えてくっから」と緒方は二階へと上がっていく。

 ソファに座り、手持ち無沙汰にテーブルに置いてあった新聞を手に取った。日付はやはり四月四日だった。テレビ欄を見ると、以前見たバラエティ番組が載っていた。

 溜息を吐くと、からからと後ろの方で窓が開く音がした。

 「おっちゃーん、昨日の漫画の続き貸してー……って、あれ、何で城嶋がいんの?」

 そこには部屋着なのか熊さんのTシャツにショートパンツの隣の席の女子がいた。

 「あ、隣の人」

 「隣の人って……何、もしかしてまだ寝ぼけてんの?」

 「これが夢なら早く覚めてほしいね」

 くだらない話をしていると緒方が居間へとやってくる。

 「あれ、鮮川今日も来たのか」

 「あ、いんじゃんおっちゃん、昨日の漫画面白かったから続き貸してもらうと思って」

 「部屋にあるから勝手に持ってけ」

 「おっけー。てか、何で城嶋いんの? 二人ってこんなに仲良かったっけ?」

 「仲良いっていうか、そうだな……城嶋の話聞いてやってくれよ」

 二人の視線が集まり、僕は緒方に話したことをそのまま鮮川さんにも話すことにした。

 話を終えると鮮川さんは「それマジで言ってんの?」とくすりと笑った。信じている様子は一ミリたりともないようだった。

 当たり前だ、これが最も一般的な反応だと思う。僕だって鮮川さんの立場だったら同じような反応をするはずだ。

 「でもまぁ、面白そうだからその設定で話を合わせてあげる」とニヤリと笑ってきた。

 「もしかして朝から変だったのは、その設定だったから?」と楽しそうに鮮川さんが横に座ってくる。なんとなく距離を取った。詰められる。距離を取る。詰められる。距離を取ろうと思ったがそこはもう肘置きだった。

 「態々そんな近くに行かなくてもいいだろ」と緒方が至極ごもっともなことを言ったが、鮮川さんは耳を貸す気はないようだった。

 「てことはさ、あたし達の関係も忘れちゃったわけ?」と上目遣いをしてくる。

 「ど、どういう関係だったの?」

 緊張で声が上ずってしまう。

 「お前もただのクラスメイトだろうが」と緒方が割って入った。

 「俺達三人は一年からの同じクラスで、俺と鮮川は家が隣の幼馴染だ。以上」と簡潔に説明された。

 「もー、それじゃあつまんないじゃん」と鮮川さんはツンとしたがすぐに表情を変え「そういえば城嶋が言ってる設定ってパラレルワールドって言うんだよね」と人差し指上げた。

 「あぁ、パラレルワールドか」

 緒方が腑に落ちたように声を上げた。

 「パラレルワールド?」とぼやくと「昨日借りた漫画にあったの」と鮮川さんがテーブルの漫画を捲りだす。目的のページを見つけ「これこれ」と見せてくる。

 それは漫画の登場キャラがパラレルワールドについて説明するコマだった。

 『この扉の向こうは、あり得たかもしれないもう一つの可能性の世界。もしあそこでああしていれば、こうしていればが現実になっている世界だ』

 『じゃあもしかして、この扉の向こうには……』

 『そう、死んだハルナさんが生きている世界があるかもしれない』

 「あり得たかもしれない可能性の世界……」とキャラの台詞を読んだ。

 ここがパラレルワールドと考えたら、妙に納得がいった。ここが別の世界だなんて現実じゃありえないが、既に現実じゃありえないことが起きている。

 「だとしたらここは、城嶋にとって何があり得た世界なんだろうな」と緒方が言ってきた。

 「僕にとって?」

 何があり得た世界なのだろうか。あり得たも何も、心当たりがない。

 「まぁそんなことを考えるよりも、今は元の世界に帰る方法を探す方が先決なんじゃない?」

 鮮川さんの言うことも最もだ。

 「パラレルワールドを行き来する方法って例えばなんだ?」

 緒方が言い、僕達は無言になった。そんな方法、微塵も思いつかなかった。

 重要な手掛かりであろう僕の記憶は、世界を移動したタイミングの部分が欠如してしまっている。

 一しきり唸ると、鮮川さんが「分かんない。お腹減った」と台所に移動し、ガタガタと鍋やらザルなどを取り出し始めた。

 緒方はそれにツッコミを入れることもなく「今日は何作んの?」と冷蔵庫は開けだした。

 どうやらこれがいつも通りのようだ。

 考えることも重要だが、これ以上考えても無駄な気もしてきた。

 泊めてもらうなら僕も何かしなきゃと思い立ち、「何か手伝うことはある?」と僕も台所へと向かった。

 その日は肉じゃがだった。


 緒方の家で一晩を過ごし、翌日も僕は学校へと行った。

 目を覚ました時、もしかしたら元に戻っているかも、と思ったが、何も状況は変わっていなかった。

 朝の通学路で緒方は「何か思い出したか?」と訊いてきたが、残念ながら僕は首を横に振ることしか出来なかった。

 「そうか、一先ずの目標はお前の家の住所を知ることと別世界の行き来の方法だな」

 席に着き、大人しくしていると鮮川さんがやって来た。挨拶を交わすと「設定はまだ続いてんの?」と小馬鹿にするように尋ねてきた。

 馬鹿にされても仕方ないので「まぁね」と適当に返すと「流さないでよ。性格悪いみたいになるじゃん」と音を立てて椅子に座った。

 「悪いのは性格じゃなくて態度かもね」

 「城嶋は意地が悪いね、間違いない」と僕達は雑談を始めた。

 気付くとクラスはかなり賑わっていた。もう全員登校してきたのかもしれない。

 チャイムが鳴るのとほぼ同時に先生がクラスに入ってきた。それを見計らうように各々が席に座りだす。

 「じゃあ出席を取ります」と出席番号順に名前が呼ばれていく。返事をするだけなのに、無駄に緊張した。

 「次、霜月咲楽さん」

え?

 「……霜月さんは今日も休みですか。次、鈴木さん『あ』の方」

 「吉野っちー、ちゃんと麻美って呼んでよー」

 クラスで笑いが起きていた。だが、僕はそんなことよりもあの人の名前が呼ばれたことの衝撃に一瞬我を忘れていた。

 「ねぇ鮮川さん」

 「呼び捨てでいいって言ったじゃん。で、何?」

 「このクラスに霜月さんっているの?」

 「霜月? えー……」

 「おさげで、根暗っぽい」

 「あー、あんまり学校来ない子か。それで、その子がどうかしたの?」

 「知り合いかもしれないんだ」


 放課後、僕は緒方と鮮川を連れて霜月さんの家へと向かった。

 「よく霜月さん家の場所知ってるね」

 「緒方のアイデアだよ」と僕は昨日と今日とで配られた大量のプリントを見せた。

 「プリント届けますって言ったらすんなり教えてくれた」

 事務の人からは本人でも教えられないと言われたことなのに、担任の吉野先生は一つ返事で「はい、いいですよ」と教えてくれた。

 霜月さんの家も緒方達の家と同様に徒歩で行ける範囲内にあった。緒方曰く、ここら辺の人は近いからという理由でこの高校を選ぶらしかった。

 先導して歩いていた緒方が足を止めた。僕らも習って足を止め「ここ?」と尋ねる。

 緒方は携帯の画面と吉野先生から受け取ったメモを見比べると「ここだな」と頷いた。

 そこは見るからにボロアパートだった。築四、五十年は経過しているのではないだろうか。

 錆び付いた外階段を上り、二階の一室へと行く。インターホンを押すことに戸惑ったが、行こうと言い出したのは僕なので、二人の視線を受けながら、ボタンを押した。

 ブザーが鳴り、しばらくすると中で人が歩いている音がし、ドアが開いた。チェーンで空いた隙間から虚ろな目をぶら下げた女性が覗いてくる。

 それは紛れもなく、霜月さんだった。霜月さんは僕の顔を見ると、信じられないものを見たかのように目を見開き、扉を閉めた。

 「え、ちょっ」と待って、と言おうとすると、今一度扉が開かれた。どうやらチェーンを外したようだった。

 霜月さんの全体像が露になる。上下揃った灰色のパーカーから白い手足が伸びている。

 「えっと、同じ学校の人ですよね?」と霜月さんの口からか細い声が聞こえた。

 鮮川が「同じクラスの……」と言い掛けた所で僕は我慢出来ずに「僕のこと覚えてない?」と食い気味に訊いた。

 霜月さんは眉を寄せて困ったように首を傾げた。

 「ほら、一緒に花を移し替えた……」

 「……すみません。何のことですか?」

 お腹に穴が開いたような感覚に襲われた。ショックだった。たぶん、霜月さんが重要な手掛かりになると思って期待が膨れ上がっていた分、その反動はかなり大きかった。

 無言になった僕達に「何しに来たんですか?」と不安そうに尋ねてくる。霜月さんの視線がさっきからこのプリントの山にいっていることから既に察しはついているのであろう。だが、プリントを渡しに来たのは建前でしかない。

 緒方と鮮川の視線が刺さる。

 唯一の共通点である霜月さんの存在、そう安々とこの機会を棒に振るわけにもいかない。唾を呑み込む。

 「少し、話が長くなるんだけど……」

 僕は現状を語った。その中で霜月さんが唯一知っている人だとも話した。

 最初こそ、この人何言っているんだ、という顔をしていた霜月さんだったが、話を聞き終えると「分かりました。信じます」とにわかには信じられないことを言ってのけてきた。

 「信じてくれるの?」

 「だって、信じたって言わないと帰ってくれないでしょ?」

 空気が凍った。

 「冗談ですよ。私は幽霊とかの実際じゃありえないものを信じています。それと同じです」

 僕はホッと一息ついたが、霜月さんは「ですが、私に出来ることはありません。すみません」と目を背けた。

 「先程も言ったように、私はあなたに覚えはありません。なのであなたの期待に応えることは出来ないと思います」

 「い、いや、いいんだ、大丈夫。そんな気にしないで。僕が知っている人も僕と同じ様に他の世界から来たわけじゃないってことが分かっただけでも前進したわけだし」

 それでも面目なさそうに目を伏せる霜月さんを見ていられなくなり、「そ、それじゃあね」と僕は踵を返して、階段を駆け下りた。

 少し間を開けて緒方と鮮川が降りてくる。

 緒方は「ま、そう焦るなよ」と言い、「気を取り直していこ」と鮮川が肩を叩いてきた。

 他人事だと思って……


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