五章 また明日迎えに行くよ 1
私は至って普通の家庭に生まれた。血の繋がっていない義父が暴力を振るい、母の真澄さんが泣いて毎日私に謝る。そんなありふれた家庭だ。
義父が家族を殴るのは常識だと思っていたし、真澄さんが泣いて子供に謝るのも常識だと思っていた。学校の男子もよく私の髪を引っ張る。痣をよく作っていたから痣子と罵られた。上履きを隠してきたり、チョークの粉を掛けてきたり、だから男っていう生き物はそういうものだと思っていた。そのせいもあってか小学三年生になるまで、私に暴力を振るわない緒方くんを女子だと思っていた。それを助長させたのは仲の良いの鮮川さんがいつも「おっちゃん」と呼ぶからだった。
鮮川さんはよく「やめなよ男子」と庇ってくれた。嬉しかったけど、当時の私は何でそうしてくれるのか、さっぱり分からなかった。だって義父が私を殴る時、真澄さんはいつも遠巻きに可哀想な目で見てくるだけだったから。
私の実の父は物心がつく前に交通事故で死んだらしい。だから思い出も何もない。残っていた写真も義父が全部捨てたようで私は顔も知らなかった。
義父がいない時、こっそりと真澄さんに訊いた。
「ねぇ真澄さん、どうしてあの人と再婚したの?」
真澄さんはしばしの沈黙の後、「あの人が可哀想だったから」と離婚で傷心していたあの人と傷を舐め合う内に結婚したことを語った。
苗字は真澄さんの意向を尊重して、亡くなった父の苗字のままにさせてもらったらしい。
暴力的な義父と死んだ父、どちらにもすがりつく真澄さんを私は可哀想な人だと思ったし、同時に気持ち悪いとも思った。
体育の授業でクラスの子が転んで怪我をした時、その子は泣いていた。その時も何で泣くのか分からなかった。
痛いから? 血が出たから? 心配してほしいから?
駆け寄った皆は「大丈夫?」と口だけを動かす。真澄さんと一緒だ。
殴られてゴミみたいに捨てられた後で、真澄さんはいつも義父にバレないように近寄ってきて言う台詞、大丈夫? 何て答えても何もしてくれないのに。
先生は転んだ子を抱えると「保健室に連れていくから皆さんは待っていてください」と走っていった。先生は同学年の中でも人気のある人だった。
子供の私達にも敬語を使い、いつも笑顔で、決して怒らず、優しい先生だったからだ。
でも私は嫌いだった。
私は知っている。私がどんな痣を作ってきても、先生はそれに決して触れようとはしないし、何よりも先生が私達に優しくするのは、私達のためじゃなく、親から苦情が入らないようにするための配慮だったからだ。
保健室を覗きに行くと先生は怪我をした子に言っていた。
「いいですか? パパやママに訊かれたら、また霜月さんとぶつかったからって答えるんですよ」
「でも私ぶつかってなんか……」
「大丈夫です。心配しないでください。そう言えばパパもママも納得しますから」
花瓶が割れた、ボールが消えた、筆箱が盗まれた。全部、私のせいにされた。
「男子が暴れて、花瓶にぶつかりそうになった時、近くにいたでしょ? 止めることが出来たはずです」
「皆がボールで遊んでいた時、近くにいたでしょ? ちゃんと見てればなくなっていなかったはずです」
「筆箱が盗まれた? 皆さん犯人は誰だと思いますか? 皆さんがそう言っていますし、霜月さん荷物を確認させてください。……おや、これは鮮川さんの筆箱ですね」
「知らない。私のせいじゃ……」
「先生! 俺達霜月さんが筆箱盗んでるとこ見ましたー!」
「優花ちゃん可哀想」「最っ低」「盗むとかありえなくない?」「痣子ってホント頭おかしい」「早く死んでくれないかなー」「同じ空気を吸うのも嫌なんだけど」
その度に真澄さんは学校に呼びされて、私は義父に胃液を吐くまで殴られた。
「大丈夫? 怒らせちゃ駄目よ」
確かに怒らせた私が悪いと思い、「ごめんなさい」と義父に頭を下げた。義父は更に怒った。
「謝る時はすみませんでしたって頭をこうするんだよ!」と足で私の頭を床に押し付けた。
私は何で生きているんだろ、と時々思う。
鳥に生まれ変わりたい、だなんて贅沢は言わない。せめて、壁のシミにでもなりたかった。
高学年になると、皆は異性や空気を気にするようになった。その中でクラスには私へのイジメを本格化する空気が生まれた。
気の強い女生徒を中心に形成され、気の弱い生徒は空気を読んで私のイジメに加担するしかなかった。
原因は定かではない。低学年の頃の話を誰かが持ち出したのが原因かもしれないし、私が駆けっこで気の強い女生徒に勝ってしまったのが原因かもしれない。何であれ、原因が分かった所でどうしようもない。
落書きから始まり、授業中に物を投げつけてきたり、バケツの水を掛けられたり、持ち物を捨てられたり。
先生は私がイジメられていることに気付いていたが、何もしてこなかった。
服が汚水で駄目になり、真冬に体操服で帰ったことがあった。義父が私を見ると「お前イジメられてるのか?」と訊いてきた。
頷くと、義父は大笑いし、「傑作だ」と手を叩いた。パートから帰ってきた真澄さんに、義父は面白い話を聞かせるように話した。
珍しく真澄さんが怒った。
「笑い話じゃありません! 何であなたはいつもそうなの!? これ以上咲楽を傷つけたら離婚しますよ!」
当然義父は逆上した。
誰のおかげで飯が食べれていると思っている。誰が家の家賃を払っていると思っている。全部俺のおかげだ。ドラマで聞くような、ありきたりな言葉の羅列だった。
その先はお約束コースだ。真澄さんが殴られ、私も殴られた。
体が痛いっていうのは当たり前、呼吸をするのと一緒だ。でも当然、暴力を振るわれるのは嫌だった。怖いし、痛いし、申し訳ないし。
体に力が入らなくなって自分で立てなくなっても、暴力は止まらない。意識が朦朧し出すと義父は殴るのをやめてこう言う。
「殴る方だって痛いんだからな」
殴ったことがないから知らないが、それだったらまた私は悪いことをしたのかもしれない。すみませんでした。
美術の授業で外に出て模写することになった。白い花を描くことにした。白い紙に白い絵の具を塗るのはおかしいと思い、色は塗らなかった。
先生は「色なしは駄目ですよ」と言った。私は「これは白い花です」と反論したが、先生は意見を覆さなかった。それに対して男子が塗った黒い虫には先生は「良いですね」と褒めていた。白を色なしと言うならば、その反対色の黒だって色なしじゃん、と思った。
怒られるのが怖くて、口にはしなかった。
家に帰った私は憂さ晴らしに自由帳にクレヨンで色を塗りたくった。何色も重ねられ、真っ黒に染まった塊に「このイロナシが」と何度も吐き捨てた。
手を止めると『不味い』と胃が締め付けられた。クレヨンと紙を無駄にしたことがバレればまた怒られてしまう。両親が返ってくる前にランドセルに隠した。
それがきっかけか、私は行き場のない感情を抱えた時、紙に滅茶苦茶に色を混ぜて憂さ晴らしをすることが癖になった。
その行為は中学に上がっても続いた。
中学は近くの小学校と合併になる。だから私の周りの環境は然程変わらなかった。寧ろ、皆知恵がついた分、陰湿さが増したかもしれない。
根性焼き、強制飲酒。痣子の次はゲロ子と呼ばれた。
教室にいるだけでいつも吐きそうだった。常に誰かに見張られているような視線。いつどんな攻撃がなされるから分からない恐怖。そこにいる不安。皆が自分を嫌っているように思えてならなかった。
世界には私より可哀想な人が何万といる。日本に生まれただけでも幸運の幸せものだ。だから自分が世界一可哀想な不運な人とは一切思わなかった。まだまだ底は深いと知っているから、両足で立つことが出来た。
夜、制服に付いた血の汚れを洗い流している時、唐突に涙が零れた。自分でも驚いた。一体どうしたのだろう。それを機に、私はダムが決壊したように涙を流し始めてしまった。父親が起きないように口を抑え、嗚咽した。
母親を心配させないために、学校には通い続けた。正直、死んでしまいたかった。この先、生き続けても良いことがあるとは限らない。今の生活から逃れられるなら将来なんて漠然とした不安要素を捨てて、楽になりたかった。
私にとって死とは憧れだった。憧れに憧れるだけの臆病な子供だった。
中学三年になると、知らない男の人が義父を訪ねて家に出入りするようになった。
「君が咲楽ちゃん? 結構可愛いねー」
前歯がないその人は私と会う度に体を舐めるように見てきた。気持ち悪かった。
皆が進路を決めていく中、私はどうすればいいか困り果てていた。私のことを知っている人が誰もいない高校に行って友達を作りたかったし、恋だってしてみたかった。でも高校に行くのはお金が掛かる。両親に相談することは気が引けて、いつまでも言い出せずにいた。
「咲楽、お前高校に行け」と義父が言った。嬉しかった。こんな人でも、ちゃんと私の将来を考えていてくれたと思うと、見る目が変わった。
卒業式の日、寄る所や別れを惜しむ相手もいない私は早々に校門を抜けた。気分が良かった。九年間、よく耐えたと自分を褒めてあげたかった。
家に帰ると、前歯のない人の靴があった。
会いたくないので、音を立てずに部屋に戻ろうとした。すると居間から下品な高笑いが聞こえてきた。
「中卒だとどうしても世間体が良くないからな。それに現役女子高生って肩書はそそるものがある」
背筋が凍った。ベッドに潜り込んで、外界からの情報の一切を断ち切った。
たまらなく怖かった。少しでも見直した私が馬鹿だった。
その日、家出することを決意した。
深夜にこっそりと家を抜け出した。雨が降っていた。ひんやりとした風が、服の隙間から入り込んでくる。
傘を差して、隣町の方へと向かった。行く当てはないが、とにかく遠くへと逃げたかった。
だが、ここまで上手くいっていない私の人生。家出も当然上手くいくはずもなく、巡回中の警察に敢え無く捕まった。
警察署に連れて行かれる間の車内で、私は家出をするまでに至った経緯を話した。義父の暴力、学校のイジメ、前歯のない人の話。
警察の人は親身になって私の話を聞いてくれた。
そして、身元引受人である義父の元へと私は返された。
夜中に起こされた上に態々警察署までやってきたのだから、義父のご機嫌はいつも以上に悪かった。
気付いた時には既に鳥が鳴いていた。廊下で倒れていたみたいだった。体を起こすと全身が痛かった。血の混じった胃液が髪に纏わりついている。
あぁ、いっそのこと殺してくれれば楽なのに。




