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四章 桜花救出作戦 2

 作戦開始から三時間が経過した。死者は既に数千人にも及んでいるらしい。

 外を見ると、分厚い雲に赤く染まった空気が、この世の終わりみたいだった。

足元を流れていく崩れた瓦礫の山。取り戻した時に人間が住めるようにと、核兵器は使われてはいないが、眼下に広がる東京は既に人が住めるような状態ではなかった。

遠くで黄色い光が何度も点滅し、聴き慣れた爆発音が聞こえた。

ヘリが揺れた。

見ると、城嶋くんがパイロットに進路変更を指示していた。そんな予定はない。何かあったのだろうか。

「全員スーツの電源を入れろ」

ヘルメットを被り、顎下の電源を入れる。背中のバックパックが唸り始めた。

黒を基調としたゲルニカスーツは、奴らと戦うために開発された対イロナシ装備だ。

左手の甲を見て、時間を確認する。時刻は目標地点到達の二十分前になろうとしていた。

「当初の目標地点は襲撃される。そのため急遽、目標地点の変更と出撃時間を早める」

「何で襲撃されるって分かるんだ?」

汗臭い短髪が訊いた。

「勘だ」

冴えない出っ歯が鼻で笑った。だけど、今まで彼とチームを組んだことがある人は誰も何も言わなかった。彼は昔から異様なまでに勘が鋭く、まるで以前経験したことがあるようにこれから起きる出来事を語るのだ。

バイザーの隅、地図のアイコンに注目すると半透過された地図が表示される。更にそれを最大縮小して東京全体を表示させる。

 本丸を中心に、味方を示す赤点が土星の輪のようになっていた。味方の立ち位置から奴らの位置が大まかに推測出来るが、襲撃してくるようには想像出来なかった。

 通信の周波数を弄る。どの周波数からも阿鼻叫喚の地獄絵図を模した内容が聞こえてきた。

 城嶋くんが主力部隊に目標地点と出撃時間の変更を伝える。

 緊張してきた。スーツの中が薄っすらと汗ばんできた。視線注視でメニューを開いていき、投薬タブから興奮剤を選択する。間もなくして、背中に興奮剤が注入された。

 戦うことが怖くなり、逃げることを防ぐための機能だ。あたしはこれがないとすぐに足が竦くんでしまう。

 それからすぐだった。マップの赤い輪の一点に穴が開いた。

「動きが早すぎる」

 吐き捨てる彼。

 「全員出撃だ! 安田さんも脱出の準備をしてくれ!」

 銃器を手に取り、一気に忙しくなる機内。外を見ると、こちらに向かって真っ直ぐに黒い虫のような集団が飛んできていた。

 「目一杯に高度を上げて高さを稼いでくれ!」

 大きくヘリが揺れた。他の部隊が攻撃を開始したのか、機関銃が撃たれる音がし始める。ミサイルの爆発音がした。

 マップに青い点が出現する。

 「集合地点だ。今から十分後までに集合しろ。遅れる者は待たない」

 ドアが開かれ、風が体を揺する。

 「幸運を」

 彼が真っ先にヘリから出る。それに続くように誰かが飛び出し、他の人達が次々とヘリから飛び出していく。

 「俺のことは気にするな。早く行ってくれ!」

 パイロットの安田さんが叫ぶ。おっちゃんに背中を押され、あたしもヘリから飛び出した。

 風。浮遊感。足の着かない不安。

 周りのヘリからも次々と人が飛び出していた。護衛のヘリが轟音を上げ、奴らを撃ち落としていく。だが、数があまりに多過ぎた。捌き切れず、奴らがヘリに突っ込み、爆発。墜落していく。

 人が、鉄片が、血が降る。

 主力部隊が使う通信チャンネルが断末魔で埋まっていく。

 奴らの塊に銃口を向けると、横からおっちゃんが手を伸ばしてきた。

 「冷静になれ。ヘイトが集まるだろ。今は目標地点まで行くぞ」

 苦汁を呑み込み、目の前の光景から背を向ける。飛ぶことに意識を集中させる。ヘルメットが思考を読み取り、バックパックに付けられた飛行装置が動き出す。

 先行するおっちゃんの後に続く。飛行装置が青白い光の尾を引いていく。

 列から乱れたのか、二匹のイロナシが迫ってきた。

 「おっちゃん!」

 気付かせると、あたしは銃口を向け、トリガーを引いた。放たれる六発の銃弾。避けられる。おっちゃんの銃弾は命中したが、致命傷にはならなかった。

 目の前に迫り、振り下ろされる手刀。なんとか避けたが、無茶に体を捻ったせいで二匹目のイロナシの攻撃を避けれそうになかった。

 落ちる手刀の影。死の覚悟さえ出来ない刹那の間。上空から降ってきた一発の銃弾が、目の前のイロナシの頭を撃ち抜いた。残ったイロナシも、すぐに頭を撃ち抜かれ落ちていく。

 上を見ると、青白い光が先へと飛んでいった。弧を描かず、機械のように直線的に飛んでいくその特徴は彼のものだった。

 「あいつ、言ってんだ」

 おっちゃんが語る。

 「化け物と戦うためには、化け物にならないといけないって」

 空を飛ぶ際、慣性が働くためにどんなものでも曲線を描かなければいけない。だけど彼はそれを力業で無視する。勢いを勢いで上書きして直角に曲がったり、反対に移動したりする。以前、彼の真似をして飛んでみたことがあるが、あれは人、いや生き物がしていい飛び方ではなかった。スーツのおかげでGを軽減出来ているが、勢いを勢いで上書きする度に車に撥ねられるような痛みが全身に襲うのだ。彼は平然とそれをやってのけ、顔色を変えずに二十時間飛行する。まるで自分を痛めつけないといけないみたいに。

 イロナシに見つからないように、ビルの間を飛び、角を抜けた時だった。

「なんだよ、あれ……」

おっちゃんの言葉に釣られて見ると、そこには巨大な大腸のようなものが雲の上まで伸びていた。マップと照らし合わせる。

「あれが……本丸……」

直径五十メートル。高さは成層圏まで伸び、地下には子宮の形をしたイロナシが産み出される場所があるという。

ビル群を抜け、目標地点に辿り着いた。ARの矢印が表示され、示す方向に行く。瓦礫の影に、彼と十数名の隊員が既にいた。全員集合した場合、四十三名が集まるはずなのだが……

残り時間は五分を切っていた。

マップを見る。幾つかの赤点がこちらに来ていた。時間がないとはいえ、随分スピードを出しているようだった。集合地点を通過するような勢いだ。嫌な予感がした。

それは全員が感じていたようで、既に浮いている者もいた。

赤点がローカル通信可能領域に入った。

「助けてくれぇ!」

男の悲鳴にも似た声が通信に入った。

覗くと、五人の隊員の後続にイロナシの集団が追ってきていた。概算でその数は百を超えていた。

「連れて来やがって……」

誰かが呟いた。

敵の集団に襲われて、自分が助かりたい一心に仲間の元へ逃げ込んだ際、仲間も死んでしまって被害を増やすだけとされている。もし敵の集団に襲われた場合は潔く死ぬか、運良く逃げ切るしかないのだ。

「どうするんだ隊長」

誰かの問いに、彼は即答した。

「全員隠れろ」

妥当な判断だった。五人の隊員を助けるためにリスクと犠牲を増やすわけにはいかない。

「おい! 頼む、誰か返事をしてくれ!」

通信越しに断末魔が聞こえた。また誰かが死んだ。

あたしは他の隊員達と一緒に瓦礫の奥に隠れた。風を切る飛行音が電車のように通り過ぎていく。最後のイロナシが通り抜けると、城嶋くんはどこかに通信を入れ始めた。

「この世界の礎にならんことを」

微かにそう聞こえた。

直後、離れていく赤点が同時に消滅した。間を置いて、爆発音と建物が崩れる音がした。見ると、立ち昇る黒煙の中に建物が沈んでいく様子が伺えた。


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